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技術士協同組合は1976年設立の文部科学省認可の事業協同組合です。



CEA:Consulting Engineers Associates

森田裕之の独立自営のコラム

1973年から独立自営をしており、本コラムは1990年開始で27年目に入っています


技術コンサルタントの世界 2017.8.15.
我が家のお墓は浦和なので遠方には出かけず、最近取り換えた軽・ハスラーの足慣らしに、東京の盛り場を回ってみているが、例年より人出が多く、アジアからの観光客が目立っている。

最近、内田君からアフリカのヨハネスブルグという黒人国での、人口の3割を占めるヨーロッパからの白人の移民・働く人たちの話を聞いて、昔読んだ岸田秀さんの本を思い出し、読み直してみた。
岸田さんは沢山本を執筆しているが、私が外国・特にアメリカの仕事をしていたころに読んだ、「嘘だらけの(ヨーロッパ製)世界史」が一番インパクトがあった、アマゾンで調べると古本が沢山出ているので、読んでみてほしい。

私が出かけたアメリカは、今ラストベルト(さび付いた地域)と呼ばれている、中西部のミシガン・イリノイ・オクラホマで、日本の自動車部品の会社が工場を立ち上げる時期で、オランダ・ドイツ・フランスからの移民の子孫が工場の主たる従業員たちだった。

今読み返しても面白いのは、黒人と白人の桎梏で、人類の発生にさかのぼる仮説は、説得力がある、私の長男一家は30年くらい前に、アメリカのハリウッドの近くに移住しているが、映画の中での原住民・インディアンと移民との葛藤なんかが、岸田秀さんの精神分析を読む前と読んだあとでは、全然違う解釈になり楽しめる。

最近では、トランプ大統領が何故かオバマ前大統領の決めたことを、ひっくり返すのに躍起になっているのは、彼のDNAのしからしむる所じゃなかろうか、などと想像するのも楽しい。

技術コンサルタントの世界 2017.8.8.
平野君から矢部五郎さんの訃報メールをもらいました、私は矢部さんとは挨拶程度しかお付き合いがなかったのですが、PL問題に大分前から取り組んでおられたと記憶しています、やはり最近亡くなった先輩・本田尚士さんと同年配の独立技術士の先達でした、ご冥福をお祈りします。

第一土曜日の定例会・独立自営の先輩話で、何年かぶりに藤川君の奮闘ぶりを聞きました。
藤川君は、図研のサラリーマンの頃から組合の会合に参加してきた顔見知りで、気負った処の無い話しぶりで、最近、派遣会社を作って後輩の面倒を見ようという気分になったらしく、参加者は大いに参考になったと思います。

役所の管轄下に入る以前の技術士会は、戦後の失業中の技術者が中心になって「技術士」を自称して技術コンサルタント(・CEマーク)業のグループ活動をやっていました。
我々の組合の活動は、その伝統を絶やすことなく、失業した技術者の独立・自営を援助する活動を続けていきます。

技術コンサルタントの世界 2017.8.1.
私は最初は機械メーカーに勤め、独立以降はB−Bの技術コンサルタントの世界で長年飯を食ってきているが、技術士仲間のシビル分野の諸君と付き合っているおかげで、日本のインフラに興味があり、特に車運転が大好きなので、道路や橋・トンネル、最近のTVでの河川の氾濫、山崩れなど、国民の生活インフラの劣化が、大いに気になっている。

車や電気製品は、メーカーがユーザーに対して競争でアフターサービスを提供しているが、生活インフラは税金でメンテナンスしているおかげで、当事者意識の不足が原因とは思うが、大災害でも起きないと、心配する人が出てこない。

そこで提案だが、シビル分野の技術者・技術士は、自分の専門分野の日本国のインフラのメンテナンスに関して、どしどし発信すべきじゃないだろうか?
災害が起きてから、やり直しするよりは、民間の工場設備の長寿命化などで実施されている、予防保全・Preventive Maintenanceの技術を応用するなど、多方面の諸君の知恵を集める勉強会を、考えてみよう、既存の勉強会では、ニューシビルの会・高堂世話人が近いので、相談します。
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鐘ケ江です。
私はシビルではありませんが、「日本国の生産性向上が見込めるテーマ」は非常に重要だと考えています。
日本は、生産年齢人口が減少していくのは間違いないのですが、これを補うためには、「生産性向上」が必須であると思います。
これを海外労働力に依存して行うのは誤りであり、機械化、ソフト化によって生産性を高める必要があると思います。

一方、日本は相変わらず「デフレ脱却ができていない」原因は、プライマリーバランス(基礎的財政収支)の重要性の主張(財務省)に問題があり、
プライマリーバランスなど問題ではない、逆に、GDPを成長させることにより、財政健全化を図る案に賛同しています。
財政の健全性は、(政府負債のGDP比率)であらわされるので、GDPを増やせば健全性は高めることができる。(日本には現時点でも財政不安は存在しない!)

GDPを増やすためには「生産性の向上」と「大幅な財政出動」の二本軸が必要となります。デフレ脱却も容易にできる。
前者は、ロボット、機械化、AI化によって、ヒトが不在でも、ロボットが仕事を行い、生産性を向上させること。
後者は、社会インフラ保持、防衛・航空機・海洋産業、未来産業(サービス・IOT・未来農業(食料安保)他)への財政出動だと思います。

生産性の向上は、先進国の役割でり、これからは「生産性の向上」により人余りが顕著になり、中国やインド等人口過剰国では
生産性向上は永遠にできない、人口増による危機、先進国との生産性差別化が行われると思います。
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鶴巻です。お世話になっております。
シビル部門ではi-Constructionという呼び方でICTを活用した生産性向上技術が流行しています。
たとえば、今年の国土技術開発賞(国交大臣賞)の最優秀賞は、その最先端です。
http://www.jice.or.jp/award/detail/208

これは、一人で複数台の建設機械を操作できるものです。

以上、ご参考まで。
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森田様

お世話になっております。
日本のインフラについては、新しいものをどんどん作る時代から、いかに長寿命化にするかということで、動いています。
また、上下水道でいえば、人口がこれから減っていくために、収入も減り、張り巡らせた管路をどのように維持していくかが問題となっています。
9月のニューシビルの時でも話してみます。

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高堂技術士事務所  高堂彰二
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森田裕之です、私は新しいものも「日本国の生産性向上が見込めるテーマ」であれば、税金をつぎ込むべきだと、少しラジカルに考えている。

技術コンサルタントの世界 2017.7.22.
周辺技術の見学会が、新潟の五泉市にある、イーグル工業・www.ekkeagle.com/jp/という、メカニカルシールの世界的メーカーであり、行ってきました。
機械科の学生の頃から、軸の設計には不可欠な部品で、便覧には必ず寸法が載っているし、機械の基本であるポンプやコンプレッサーの基本部品です。
世界的な供給体制というのがまた凄くて、人間生活への食品スーパーみたいに、世界中の機械メーカーへの供給体制が組織されていました。
封止する気・液体の研究が進んでいて、技術者が沢山居て対応しているのが、印象的でした。
納入している機械メーカーの評価が面白くて、見学後の議論が久しぶりに、盛り上がったので、浦和から3時間かけて見学した、元が取れた一日でした。
以下の荒木さんの意見にヒントがあるけど、100年前に始まった基本的な工業製品の、今でも圧倒的な強みがある限り、中国の人件費が上がってくると、ものずくりは日本の戻ってきてしまうんじゃなかろうか?
モータ、ベアリング、ガラス、メカニカルシール、ハニカム、ポンプ、コンプレッサ等いくらでもありそうだね、見学のテーマとして、見学先や参加者に、100年の歴史を勉強すると言うのも、面白いと思うね。
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森田様
新潟鉄工や宇部興産&三菱化学でのお話しで昔の機械が、今でも動いている素晴らしさを改めて知る事ができました。
また、お会いする機会がございましたら、よろしくお願いします。

技術コンサルタントの世界。2017.7.15.
お盆である、暑い中、車で墓参りが忙しい、TVでは大雨の被害が報道されている、知人がいるところや、観光で行ったことのあるところが、がけ崩れで無残な様子が報道されると、悲しくなる。
トランプ大統領が、「地球温暖化くそくらえ」などと悪態をついたので、地球の反発が九州あたりに出た気がしないでもない。
卒論仲間の近隣・神社仏閣散歩で、5日に築地の本願寺と築地の構内での昼飯を楽しんだ、建築の後輩に教えてもらった本願寺の建築には、設計者の斎藤さんという方の趣味で、沢山の「妖怪の彫刻」が、柱や欄間に彫り込まれていて、面白かった。
本願寺の門前市が築地だということも、行ってみるとよくわかり、豊洲に市場だけ作っても、人が集まるようになるのかどうか?、
人が集まってくると言うことは、案外大変なことで、我々の協同組合でも、独立・自営を志望する技術士諸君が、毎月20−25名も参加するようになるのに40年位かかっている。
私は、いわゆる「べきだ論」は嫌いで、技術士を取ったら独立すべきだなどと思ったことはないが、最近の若い諸君からの問い合わせや、会合への参加を見ていると、時代の変化を感じないわけにはいかない。


技術コンサルタントの世界 2017.7.7.
急に暑くなり、TVでは九州の激しい雨の被害が報じられているが、同窓会の連中と例年の消夏会の一つで、今年は築地の本願寺を散策してから、話題の築地の構内で寿司を食べた。
建築の後輩に教えてもらった、本願寺の設計者の伊藤さんという建築家の趣味で、色んな「妖怪」が建物に潜んでいるということなので、楽しい散歩だった、伊藤さんは国立の一橋大学の校舎の設計やっているので、そこにも妖怪が居るらしい。

年に何回か銀座の交詢社で飯を食うことになっている4人で、消夏会のおしゃべりを楽しんだ、話題はグローバル社会での日本勢は、どうしてダメなんだろうねえ?というテーマになってしまう。
私なんかは40年以上独立・自営の個人で、外国とも付き合ってきたけど、あまり騙されたとかやられたという経験がない、グループでの対応というのが駄目なのかも知れないね。

トランプ大統領が、オバマさんがやってきたことを、むきになって止めていることが報道されているので、昔読んだ、岸田秀さんの「史的唯幻論で読む世界史 (講談社学術文庫)」を読み直しています。
人類の発生にさかのぼる「黒人と白人」の相克・仮説は、実に面白い。

技術コンサルタントの世界 2017.6.29.
短い言葉だけど、私の生活に大きな影響を与えている言葉に、東京ガスの「LIFE IS A GIFT]というのと、ヤナセの「車は作らない。 車のある人生を作っている」というコマーシャルと、哲学者の吉本隆明さんが「子供は10歳までに、一生分の親孝行をしてくれる」ということを、どっかの本に、綿々と書いていたのを、思い出します。
満州生まれで敗戦が8歳、10歳で日本に来たこと、車が大好きで機械科を出たけど、車関係に就職しなかったこと、男の子が3人出来て、独立して暇はたっぷりあったので、子育ての頃が楽しかった、今でも自転車の前後に子供を乗せているお母さんを見ると、「がんばれよ、今が一番楽しい時期だぜ!」と呼びかけたくなる。
車はベンツの小さいのに乗っているが、近所向けにはスズキのワゴンーRに乗ってたんだけど、車検をきっかけに、スズキのハスラーが気に入って、乗り換えることにしました、いい年していつまで車に乗るんだと、馬鹿にされそうだけど、しょうがないでしょ,今日・29日は新三郷のコストコに、初ドライブしてきました。
7月の周辺研の見学は新潟の五泉市だからベンツで行きます、車のほうがくたびれないんだよね、俺の場合。

技術コンサルタントの世界 2017.6.19.
独立・自営を志す諸君には、会議や会話で断片的には話しているつもりだが、2−3述べておく。
勤めている会社の名刺を配っても、別に差支えはないが、ぜひ自宅のメール先を(作って)仲間として付き合う気があるなら、知らせてほしい。

仲間への自己紹介には、自分の技術の立ち位置を、川上(仕入れ先)はどういう分野で、川下(売り先)はどういう分野かを、説明してほしい。
コンサルタントの存在は、B-Bに大きく依存しており、B-Cには難しいというのが、経験的な判断である。

独立してから何年かたった経験者は、必ずと言っていいほど、仕事は仲間から回ってくると言う、これは一部の真実を言っているとは思うが、本当のことは、自分も仲間と付き合い、仲間をよく理解したうえで、知り合いの会社に紹介して、役に立ったと喜ばれた経験があるのだ。

つまり、独立・自営の世界は、一方的な先生ー生徒、先輩ー後輩という関係よりも、趣味・道楽の人間関係によく似ていると、言えると思う。

技術コンサルタントの世界 2017.6.12.
第一週の「独立支援」の会は、新人が来るので、生真面目な議論が多いのだが、第二週の「発注者のエンジニアリング・ニューシビル」の会は、顔なじみの諸君が多いので、脱線することが多いが、それはそれで楽しい会合になっている。
新聞をにぎわせている企業や役所のOBの諸君からの話は、ご隠居さん世代の我々には刺激的で面白い。
私は卒論の仲間と、年に3−4回、近隣の神社仏閣の散歩をしているが、10日の高木さんのバーチャル参拝の話を聞いて、念力なんてのも脳内の微弱電流なんだろうから、パソコンからお参りするというのもありかなと、感心した次第。
私は役所が苦手で、なるべくかかわらずに過ごしたいと生きてきたが、最近役所OBの澤田君の折に触れての「明治以来の役所の話」は、大いに腑に落ちるところがあり、機械部門の先輩・笠原さんの勤めていたコンプレッサーの前川製作所の息子さんが、元官僚を代表して政治家と戦っている新聞が、面白くなった。

技術コンサルタントの世界 2017.6.4
6月3日の午後6時から、組合の総会・パーティが王子のホクトピアで開催され、筑波や山形と遠方からわざわざ参加してくれた諸君とも話が出来て、楽しい一夜を過ごしました。
圧巻は、95歳の長友正治先輩の登場で、かくしゃくとしてビールを飲み、中国との付き合い方を一席ぶって、新人諸君を驚かせていました。
今年は組合の設立ごろの諸先輩が、亡くなられたり音信不通になった方もいて、世代の交代を実感しています、当時の若手だった私や青葉君が、最長老といった年齢なんですからね。
技術士協同組合の、独立・自営の技術士の本音のところでの活動は、グループ活動の世話人諸君の地道なボランティア精神に裏打ちされていて、頼もしい限りです。
第一土曜日の午後一でやっている、独立・支援の月例会では、指名した2名の方に、少し長めの自己紹介を参加者諸君にお願いしています、先輩諸氏の本音の話が、これから独立しようと考えている後輩には、一番役に立つ情報なんだということを主張しています。

技術コンサルタントの世界  2017.5.26.
29日は、年に一度のイベント、独立開業セミナーがホクトピアで開催、10名の参加者に9名の先輩・委員が対応して、朝早くから夜の飲み会までお付き合いをした。
参加者が事前に提出した独立プランをベースに議論が進められ、シビルや専門分野別のグループ討議で、若くして独立した先輩の具体的な経験などが、参加者には非常に新鮮だったようだ。
このようなイベントに参加して、これから新しい人間関係を作って、ひとはたらきしてやろうと考えた参加者諸君に、敬意を表したい。
色んな勉強会があるので、ぜひ顔を出してみてください。
6月3日の午後は、月例の独立・支援の研究会に続いて、夕方6時ごろから、組合の総会・パーティがあります、年に一度のイベントですが、伝統的には総会は簡単に済ませますから、最近参加するようになった新人の諸君は、名刺を沢山持参して、独立・自営の現役先輩諸君と交流してください。

技術コンサルタントの世界 2017.5.15 
連休の我が家は、私の43回目の決算資料を会計事務所に届けるための、伝票作りと、妻の展覧会出品の絵の仕上げで忙しく、13日には両方が終わってほっとした日曜日を過ごしている。

TVを見ていると交通機関も大混雑だし、衣替えの季節でもあり、なにかと一年の変化・チェンジが集中している。

第一土曜日・6日は定例の独立・支援の会だが、最近は20名くらいの参加者があり盛況だし、第二土曜日の、発注者のエンジニアリングの会、ニューシビルの会も20名くらいの参加者があり盛況です、13日にはしばらくぶりに石川君が顔を出したので、飲み会にも付き合ってもらい「雑談」をしました。

私の組合会合の楽しみは、新人諸君に「独立・自営の面白さ・お楽しみ」をどうしたらうまく伝えられるかというテーマで、機会があれば、それなりに毎回工夫を凝らして、話をすることにしています。

もう一つの楽しみは、新人から月日のたった諸君が、しばらくぶりに顔を出して、元気で独立・自営を楽しんでいる話を聞くことです、昔の知り合いの噂話なんかも大好きで、元気な大先輩の話はもちろん、最近亡くなった、本田直士さん、黒沢豊樹さんの昔のさっそうとした、我々のあこがれの的だった頃の話で盛り上がったりするのです。

技術コンサルタントの世界 2017.5.1.
定例会ー月末土曜日15時ーのJEF会議室での業務委員会・上野世話人に、久しぶりに榊君・原子力(東芝OB)が出てきて独立したと言ったので、井戸田さん・JEF専務のサウジの原発購入の話や東芝の話、小さい話では、私が愛用している六城君の  http://www.rokujo-radium.com/ ラジウム鉱石の枕の話などで盛り上がりました。
私の同期の古田君・化学は、広島で被爆して背中に火傷跡・ケロイドがあり、被爆者手帳を持っているが、健康そのもので子供3人、孫6人の家族が居る元気な爺さんである、広島や長崎の被爆者手帳の持ち主の健康調査をしたら、面白いんじゃないだろうか?

井戸田さんとは、30年くらい前からのお付き合いで、アメリカやドイツでの見本市視察団の旅行会社を井戸田さんが経営していたころから交流があります、技術士はもっと主張すべし、という意見の持ち主で、何時でも新聞社を呼んで書いてもらいますからとはっぱをかけられています。
そういわれても、日本の技術士の実態は、大方は会社員だし、独立・自営者は、若い人はごく少なくマイナーだし、年配者は会社の定年後の人が大多数で、纏まりがつかないのが、アメリカのPEとの違いなんです、中西部(トランプを支持したrust stateと言われるmichigan,ohio,illinois州)のPEに何人かの付き合いはあったけど、we are the security of public welfare (我々の存在が、公共の福祉を担保しているんだ)と、はなはだ態度がデカかった記憶がある。(このテーマは日本とアメリカの国の成り立ちの違いから、おおざっぱに言うと、公共事業は日本は役所がやっているが、アメリカでは民間なので、税金を使うために、公共の福祉を担保するPEの存在が、不可欠になるのです)
井戸田さんはそういう情勢をよく理解したうえで、我々にはっぱをかけているんです。

技術コンサルタントの世界 2017.4.22.
20日には、満州の幼稚園の同期生に一年ぶりで会い、銀座の木村・パン屋の3階で飯を食い、松坂屋のリニューアル・オープンを散歩してきた。
子供のころからの自分をよく知る奴に、特に定期的ではないが会って、雑談をするのはなかなか味のあることで、他人が見る私のことを、忌憚なく言ってくれるので、有り難いことである。
組合の例会では、毎回独立・自営の希望者の自己紹介を色々聞いているが、後あとまで記憶・印象に残る自己紹介というのは、聞くことができない。
コンサルタントを雇う人の身になって考えてみれば、立派な経歴書やホームページなどのアピールはともかく、会って話をすることで、付き合ってみようかどうか、判断するのじゃなかろうか。
人柄なんて言う漠然としたことが、案外大事な付き合いの条件なんだろう。


技術コンサルタントの世界 2017.4.15
私は工場見学が好きで、スケジュール最優先で参加しているが、12日には周辺研の見学で、沼田にあるスポーツ器具・バスケやバレー、体操などの体育館の装置のメーカーである、セノテックという会社の見学に参加しました。
私は職業柄、工場の仕入れ先、販売先のエンジニアリングというテーマに興味があり、小学校のPTAの会長をやったこともあるので、興味深い会社でした。
普通、中小のメーカーはB-Bが普通ですが、この会社はB-Cと考えたほうが良い、一般の子供や運動部のアスリートが直接扱う道具だから、安全性などに神経の行き届いた、設計や製造・物ずくりがアピールされていました。
ただ性格上、営業のイニシャチーヴが強そうだということは、案内してくれた人の解説によく表れていて、これはこれで面白かった、今よくTVに出てくる、幼稚園の経営者みたいな人を相手に商売をしてきたんだと思うと、少し気の毒な気もしてきた。
帰りに福島の村山から参加している、世話人の伊藤君と話していて、同じ業界でゼビオ・XEBIOの経営者の諸橋さんがオーナーの、裏磐梯にあるダリの美術館・http://dali.jp/ を思い出して、伊藤君に凄いコレクションだから、一見の価値ありだよと、解説した。

技術コンサルタントの世界 2017.4.8.
昨夜の現役経営者3人との晩飯会での話題で、面白かったことは、会社にとっては女性の方が男性より組織の人として優秀だということらしい、そういえば技術士にも女性の合格者が増えているという話を聞いたことがある。

それから、TVでは日本のもの作りというと、必ず職人の手作業による作品が世界に冠たるーー、というような場面を写すので、国民に誤解を与えているが、統計に出る物作りはとっくに、アジアに移転しているということで、何故か、聞いて納得したのは、機械が物を作っているので、今物を作る機械メーカーの売り上げは8割がたは、外国に売れているということらしい。

そういえば、先日会った高橋宏太郎さん・大和製缶OBは、20年以上前から、タイ国で日本から中古の缶詰め製造機械をもっていって、コンビーフの缶などを作っている会社の社長をしている技術士だ。

もう一つの話題は、どうやら若い人があまり結婚しなくなったのじゃないか、という話題に花が咲いた。
人類の歴史は増え続けてきたんだと思うが、ターニングポイントにあるのかどうか、面白いねえ。

技術コンサルタントの世界 2017.3.29.
中学生の2年半に、新聞配達少年をやったおかげで、連載小説を読んだり、先輩後輩の付き合いなんかを含めて、社会との付き合いも早くからあり、今考えてもいい経験だったと思う。
日経・産経以外の新聞だったせいか、新聞がリベラル好きに薄く染まっていて、同世代の友人たちが、出来のいいやつに限って、安保反対を叫ぶ時代だったんでしょう、私はなんとなく反発して保守・反動の大人になりました。
今でも、ことあると、あまり考えずに少数派に賛成する癖があり、家族からは敗戦後の2年間、満州での生活が余程ひどかったので、性格がねじ曲がったんだろうと言われています。
最近、イギリスやアメリカの政治が、脱リベラルに変わってきているのを見て、そうだろう・そうだろうと気分を良くしていましたが、日本のアナクロな保守の事件が明るみに出てきたおかげで、なかなかうまくいかないものだと、がっかりです。
少数派に属するという性格は、役所や会社員には向いていないでしょうが、独立・自営業者には、向いているらしく、独立以来、気分良く仕事をしてきたと、感謝しています。
少数派意見の一例は、サウジが原発を、日本・中国連合グループから買うことになった、というJEFの井戸田専務の話を聞きましたが、私は「それは電気を作るとか雇用を作るとかいう建前じゃなくて、原発=原爆が作りたいのだろう」と勘繰ってしまうのです。

技術コンサルタントの世界 2017.3.21.
先輩の思い出、
黒沢豊樹さん・電気部門は、私が合格して技術士会に出かけて、青技懇でも独立・自営を希望するグループに参加して、先輩諸氏の話を聞くだけではもどかしく、自宅や事務所に押しかけて、実態を観察するという、今では考えられない失礼な後輩どもだった頃に、新宿の花園神社の近くの事務所ビルに、機械部門の新井澄夫さん(協同組合の前理事長)との共同事務所で、仕事をしていました。
技術士会では、ロボット研究会のリーダーを機械部門の柴田勉さん、和田忠太さん達と運営していました。
黒沢さんは、技術士仲間と組んで仕事をするのに優れていたという印象が残っています。

本田尚士さん・化学部門は、そのころ銀座のど真ん中、泰明小学校の隣のビルのワンフロワーを事務所にして技術コンサルタントをやっていました、当時の人では最高の学歴・陸軍士官学校(幼年学校)の中途で敗戦、早稲田の応用化学のOBと輝いていました、確か幼年学校のOB会の事務局も引き受けておられたと記憶しています。
仕事の営業なんかしたことがないと「うそぶいて」いたことを、鮮明に覚えています、察するに士官学校のOB達には、無数の経営者が存在していたはずで、先輩諸氏に可愛がられていたんだと、今では思います。
数年前に、急に故郷の鹿児島に帰るんだと、後輩どもを驚かせました、鹿児島は明治維新以来、軍隊や警察に人材を大量に供給してきた歴史があり、西郷さんも最後は鹿児島に帰郷したということもあり、そういう伝統の力は凄いと、感心した次第です。
  一昨年には、私が高千穂の温泉巡りをして、鹿児島空港に戻る前に、国分町の本田さんの隠居宅に寄って、近況報告をしましたが、足は弱っていたようですが、口は相変わらずで、安心したのですが、残念です。

技術コンサルタントの世界 2017.3.18.
私が技術士会の青年技術士懇談会によく参加していたころの、独立自営の先輩だった、黒沢豊樹さんと本田尚士さんの訃報が、相次いで連絡があった。
当時、本田さんは銀座の泰明小学校の近くのビル、黒沢さんは新宿の歌舞伎町の入り口のビルに事務所を構えて、我々青技懇の独立希望者たちの希望の星だった。
今日はたまたまプラ業界のコンペックスの会合があり、何人かに話したが、誰も本田さん、黒沢さんのことを知る人が居なくて、世代の違いを痛感した、孫はお爺さんが何をした人か知らないんだ。
折しも、本田さんの紹介で就職した技術士会の事務局の籠原君が、名古屋の市役所に転職するというメールが来ていた、世の中は動いているんだね。

技術コンサルタントの世界 2017.3.11.
月初めの土曜日の定例会・独立支援の会では、毎回独立前・後の2人の諸君に話をしてもらっているが、独立前に色々考えているんだと、感心することが増えた、我々の世代の単純で独立心だけは旺盛な連中とは雲泥の違いで、頼もしい。
私は出来るだけ出席して、コメントを述べたり、後からメールでコメントしたり、役に立てばとコンタクトしている。
毎回20名くらいの参加者があり、初めての人が3−5名出てくる会合になっているので、独立して何年かたった先輩諸君も、たまには出てきて後輩の話を聞いて、コメントしてやって下さい。

技術コンサルタントの世界  2017.3.3.
2月25日のJEF会議室での、業務委員会の雑談で、資格者・会計士や弁護士の独立が難しい時代になってきたという話がありました。
技術士の独立・自営の援助を40年間試みてきたが、会計士・税理士や弁理士は役所がらみの定型業務があるから、独立しやすいのだという常識があったような気がするが、最近は需要と供給のバランスが満たされたのか、新規参入が難しい時代なんだそうです。
技術士の場合は、独立・自営の数が圧倒的に少ないこと、若い人は独立よりも転職することで、独立への欲求不満を解消してしまうらしく、独立した諸君は大抵落ち着いて続けていると、私は観測している。
 トランプさんが大統領になってから、以前の事業との間の「利益相反」には、マスコミや反対派が鵜の目鷹の目で、ほじくり出そうと懸命になっているのが報じられている。
我々も、あまり他人事じゃなくて、役所・会社の定年後の身の振り方にも、この「 利益相反」が大いにかかわっていることを、独立・自営を希望する諸君は意識すべきである。
なにしろ、コンサルタントの中身は大方役所・会社に勤めていた時に取得してきたもので、役所の場合「天下り」などという1000年以上歴史のある言葉が、まだ生きているのだから、先輩に教えてもらうのもいいし、大いに工夫してください。
私のケースは、勤めていた会社が会社更生法を出して潰れたので、会社の客先が私の顧客になってくれて、幸運なスタートでした。

技術コンサルタントの世界 2017.2.25.
車検に出していた車が戻っているので、乗り心地を試す意味でも、23日の周辺研の工場見学が、筑波にあるSMC・空圧の自動化部品にあり、出かけてきました。

SMCの製品は、プラスティックの成型機のメーカーで技術者をやっていたころからの、なじみの部品で、成型工場の自動化装置には欠かせない会社だったので、ここ40年くらいの発展ぶりには、驚き感心するばかりでした、5千億の売り上げで1千億の利益ですから、堂々たる大会社です。
工場では、素材のダイキャスト成型から、プラスティック成型、機械加工、熱処理等すべて自社内でやっていて、1500人の技術者が、世界のユーザーの技術開発に協力しているとのことです、
最近の周辺技術研究会の見学で見た、TOTOの浴室工場、ミツトヨの計測器工場、日立の制御盤の工場など、日本の国内でものずくりをやっている会社は、世界中どこへでも売れる、圧倒的な製品の力を持っているんだと、感心して安心した次第です。

ドライブは順調で、行きには野田からの有料橋を渡って筑波に行き、帰りは境大橋を回り、16号で帰宅しました、関東平野の夕暮れドライブは最高

技術コンサルタントの世界 2017.2.21.
月例会の参加者の増え方を見ていて、今年から海外の市場開拓や、大学やNEDO,JSTを経由して独立している先輩諸君に話してもらう機会を作る、相談をしている。

大がかりな話では、JEFの井戸田さんが仕組んだ、原発の技術者を中国やサウジアラビアの原発の建設、メンテナンスの技術指導は、我々の間では有名な話だが、多分ほかにも、日本では必要なくなったが、発展途上の外国には技術コンサルタントとしての市場・マーケットが、沢山あるに違いない。

技術コンサルタントの世界 2017.2.11.
お正月から、本屋に沢山出ているトランプ大統領がらみの本を、たくさん買い込んで読んでいる。
私が独立した73年から20年間通った、中西部(ミシガン、イリノイ、オハイオ)で沢山出会った経営者を思い出している、家族を大事に公私混交していて、仕事に家族を巻き込み、アメリカに移民してきた先祖を尊敬していて、子供らに先祖の名前を付けている、オランダ・ドイツ・イギリス・フランスからの移民の子孫だった。
私は、これから20年くらい、アメリカは景気がすごくよくなるという予感がしている、私自身はもう仕事をする年じゃないが、たまにはロスアンゼルスの息子のところに出かけて、観察してみたい気がする。
これから独立・自営をやってみようという諸君は、自分の業界の未来に関しては、情報収集を惜しみなくやって、市場の開拓を始めてもらいたい、案外政治・経済の動向が重要だから、分野の違う友人との付き合いも、忘れないように。
追加. 重要参考文献, 「大転換」 長谷川慶太郎著 徳間書店

技術コンサルタントの世界 2017.1.29.
役所の天下りや、東芝の危機、三菱自工の燃費インチキ表示など、岸田秀さんの言う「自閉的共同体の病」は直らない。
私は、組合のグループ活動には、大抵顔を出しているので、参加する諸君が、大方新聞をにぎわせたことのある組織のOBであることに気が付いているが、独立・自営をしている現在、話題にすることもないお付き合いをしている。
組合というグループ活動を始めたころ、「自閉的共同体の病」にかからないように運営するのは、どうしたらいいのか考えた時期があった。
技術士の諸先輩が、色々なグループ活動をやっていた、定年で会社を離れることを余儀なくされた人たちが、会社の代替としてのグループ活動を、組合活動に求めるのは当然の成り行きであったが、私は自分もそうだったような比較的若い頃から独立・自営を始めていた諸君が、利用しやすいグループ運営を心掛けてきた。
私は、「自閉的共同体での生き方」の正反対の生き方が、「独立・自営の生き方」であると思う。
我々は特に声高に自分の立場を主張することはないが、独立・自営の生き方を貫くことによって、後輩の育成にグループとして対応したい。

技術コンサルタントの世界 2017.1.25.

森田裕之です、最近ひょんなことから(アフリカの、ヨハネスブルクに7回も技術指導に出かけた内田君から、黒人国で移民してきた30%の白人が、政治・経済を握っていて、最近は中国人が10%くらい移民してきたという面白い国だ)という話を聞いて、昔々独立・自営をスタートしたころに、よく読んでいた、岸田秀さんの本を読みなおしています、人間がサルから人間になったのは、アフリカの黒人の女性だったという定説に発して、黒人の奇形・白子(肌も目(サングラスがなかったしね)もアフリカの太陽に耐えられず、洞窟でしか暮らせないので、黒人に苛め抜かれて、北のヨーロッパに移民した)である白人の、アフリカで健康な黒人に苛め抜かれた先祖の復讐が、アメリカの奴隷制度だ等々、オバマに対する潜在的復讐が、トランプ圧勝(プアホワイトの投票)かと思うと、世界史の精神分析もまんざらじゃあないね。

歴史を精神分析する (中公文庫)
一神教 VS 多神教 (朝日文庫)
官僚病の起源 ーこれが現在の大企業病・東芝、三菱の分析として一番優れている、ー長崎の三菱OBの野村君が同意している。
史的唯幻論で読む世界史 (講談社学術文庫)

これらの本は、私の外国コンプレックスを吹き飛ばし、自信満々でグローバルな技術コンサルタント業に、入れ込むことができた精神安定剤だった、これから独立する諸君の参考になると思い出し副読本として推薦します、アマゾンの中古本がお勧めです。

技術コンサルタントの世界。2017.01.17.
正月には、私なりに組合の主たる活動である、後輩のための「独立・支援のイベント」を反省し、今年はどうするか、色々考えた。

昨年の会合の記録を見て思い出しても、参加する半分以上の諸君は、会社の定年前後の人で、組合の世話役たちが、比較的若い時に独立・自営を果たした連中である、というところに、なんとなく齟齬・矛盾が出てきたのではないかと、反省した。

そこで今年は、定年前後の諸君が、転身しやすいコースは何だろうと、考えた結果、JSTやNEDOのような準役所的なところへの転職、そこから何年かして独立、というコース、出身大学や業界の付き合いの大学の研究室との付き合い期間を経ての独立、海外での技術協力への参加、JETROやJICAとの付き合い方などが、浮かび上がってきた。

これらのコースを歩んで独立・自営業者に落ち着いた技術士諸君が、組合には沢山いるので、これからは、毎月の第一・第二土曜日の午後の会合には、上記の経験者に出てきてもらって、名刺交換して、何時でも相談に乗ってもらうような関係を作ることにした。

直近では、とりあえず、海外関係は中村君(技術士会の海外委員長)、NEDOについては岸君・日立・OBが紹介してくれます。

技術コンサルタントの世界 2017.1.7.
正月特番のTVのホンマでっかという番組で、ごみの分別不要を主張して(実際に我が町浦和でも実現したが、)有名になった武田教授が、アメリカの次期大統領トランプさんが、「地球温暖化くそくらえ」といったのは正しいと発言し、隣に座っていた藤井厳喜さんという評論家が同じような意見を述べていました。
昔、アメリカのゴアさんという元・副大統領が、地球温暖化の研究の集大成の本を出して、大方の議論については、誰でもわかっていて、あとはその時の「政治」がこれをどう取り扱うか、にかかっていると考えられている。
日本ではTPPでも地球温暖化問題でも、真面目に取り組んで、優等生的な答えを追求するのが常識とされているが、世界にはもう少し乱暴だけど、ダイナミックな政治が生きていて、変化を求める国民の要求に対応するんだなと、野次馬的に、今年は面白い年になるかもしれないと、にやにやしている。

技術コンサルタントの世界 2017.1.1.
開けましておめでとうございます、今年もよろしく。

30日の餅つきは、お天気に恵まれ、快晴、微風の快適な一日で、100人くらいの参加者が、入れ替わり立ち替わり、台所のお手伝いや、餅つきの力技を試みたり、あんこ・納豆・大根おろし・きなこ・海苔餅を楽しみました。

53歳になる長男が幼稚園の時に、大宮の氷川神社で買いそろえた道具一式も、大分くたびれてきたけど、世代交代して息子や孫共が上手に使っています。
参加者も世代交代が進んで、子供や孫の世代に変わり、それでも10歳くらいまでの幼児が庭を駆け回るのは、良い風景だと、気分が良くなりました。

2016年での我々の仲間内での最大の出来事は、バングラデッシュで、技術指導の仕事をしていた田中さん・鉄研OBが、レストランで食事中に殺害されたことだった。
技術士会の海外業務委員長の中村君が、餅つきに現れたので、話題になり、特にシニア諸君の自覚、環境や外部のリスクばかりでなく、自分自身の健康を含めたリスクを、自覚して海外に出かける時代なんだと言うことになった。

餅つきに来てくれる諸君も、世代交代で、5−6人の若い、始めて来ましたという人もいて、伝統というものを実感した次第。

技術コンサルタントの世界 2016.12.19.
先週は「忘年会ウィーク」で、銀座・交詢社、技術士会の近所、津田沼の駅ビル、王子の東京一安い店、で一年を振り返りました。
独立・支援という基本コンセプトで運営しているいろんな勉強会は、それぞれ人数も増えて盛んになっているのを、忘年会で再確認して次第です。
私の年末には、もう一つ大きなイベントが残っていて、50年近くやっている、30日の餅つきです。
今年も昨日頼んでいたもち米が20KG 届いたし、息子どもも張り切っているので、やれそうです、皆さんも気軽に顔を出してみてください、初めての人は、北浦和の浦和高校の正門の近くですから、電話してくれればすぐわかります。

技術コンサルタントの世界 2016.12.14.
独立・自営業者の団体である、技術士協同組合の主な活動の一つである、5月に開催する「新規開業セミナー」のステアリング・委員の間で連絡メールが始まった。

本来、技術士の独立・自営は、年齢、専門、業界、経験、家庭環境などによって、異なるファクターが多すぎて、大勢の参加者に共通に役に立つノウハウがあるわけではない。

つまり、通常のセミナー・講演会と違って、参加者一人に対して、色んな分野の先輩が寄ってたかってアドバイスをするというやり方しか、本当の独立・支援にならない、というのが真実なんだと思う。

そういった意味では、月の初めの土曜日の午後一にやっている定例会では、独立前・後・の2人のメンバーの少し長めの自己紹介は、独立・自営の希望者には、色々な諸先輩の話を聞くことで、自分の生き方を自分で模索・実行していく為の、参考になる有効な方法であると、40数年継続してやっている。

技術コンサルタントの世界 2016.12.7.
4日(日)には、半日、荒川の河川敷でやっていた、子供の自転車イベント・バイクロアに出かけて、日向ぼっこをしてきました。
日ごろ、自転車の幼児を2人、3人乗せてふうふう言っているお母さんを見ると、「人生今が一番幸福でいい時なんだから頑張れ」と、言いたくなる爺・私なので、私の次男の洋平が主宰しているバイクロアは、そういうファミリーに楽しい一日をプレゼントしたという意味で、意義あるイベントだったなと、思っています。
子供のいない男女や、我々のような老夫婦は、楽しそうなファミリーのおすそ分けをしばしいただいて、久しぶりで気分爽快な日曜日でした。

技術コンサルタントの世界 2016.11.28.
経済学にサプライサイドとデマンドサイドがあるように、技術コンサルタントにも、クライアントのメーカーサイドとユーザーサイドへの対応がある。

私は、中小の機械メーカーで10年色々な経験をして独立して、コンサルタント業を始めたが、当初はコンサルタントという意識がないまま、沢山のユーザー会社からの依頼で、いろんな仕事をしつつ、メーカーでの技術者の役割と、ユーザーでの技術者の役割の違いが、判ってきた。

普通、世間の会社は、B-B(会社間)の場合は、メーカーでありユーザーでもあるのはご存知のとうり、段々コンサルタント業者としてのクライアント対応が自覚出来てきて、いつの間にか40年以上たってしまった。

最近独立を希望する諸君に、「発注者のエンジニアリング」という考えかたをアドバイスしているのは、なるべく早く、私が時間をかけて分かったことを理解して、自分自身の市場開拓をすすめてもらいたいからである。

技術コンサルタントの世界 2016.11.23.

18日の周辺技術研の見学は、プラス株式会社 前橋工場(デスク、椅子、オフィス用品の製造工場)でした。
文房具の会社だと思っていたら、大きなデスク・イス・壁を、木材や鉄板、プラスティックスといった原料から加工して組み立てしている、大きな森の中にある、大きな工場でした。

20日から、イタリーから里帰りしている妻の友人2人と、長野の善光寺に出かけました、
初日は善光寺・宿坊の薬王院に泊まり、21日は渋温泉の金具屋という古い旅館に泊まり、善光寺では朝の勤行で、数珠で頭をなでてもらい、真っ暗な地下室を歩いてきました。
イタリーでも、カトリックの寺院で似たようなイベントをやっているそうで、人間の考えることは似たようになるのか、面白いものだと、思いましたが、日本のほうが温泉のお楽しみ付きで、楽しいとのことです。

技術コンサルタントの世界 2016.11.16.
15日のコンペックスでの講演は、テルモという体温計の会社の技術者の話で、
痛くない注射針とか、薬液入りの使い捨て注射器という、薬と人間の間の機械や器具の分野の会社で、これまでになかったものを開発するという、エンジニア冥利に尽きる、面白い会社で、
売り上げ5000億というのも、先月見学したノギスからスタートしたミツトヨと同じくらいで、世界的なグローバル企業という点でもよく似ている、日本を代表する凄い会社でした。

コンペックスという勉強会は、プラスティック分野の技術屋の集まりで、私が30年くらい前に、現在は故郷の岐阜に引退している高嶋さんを中心に、化学会社のプラスティック担当のOB諸君をステアリング委員にお願いして、月例会にした会合で、技術士会の会議室で毎月講演会を開いているが、技術士以外の諸君にも、参加を開放しているという特色があり、盛会である。
プラスティックは川上は化学、や機械の会社、川下は自動車や電機、住宅の会社と非常の幅が広いのが特色で、講師に事欠かない、組合の会合でも異色で、たいてい2−30名の参加者があり、これから独立する諸君は名刺をたくさん用意して参加されることを、お勧めする。

技術コンサルタントの世界 2016.11.11.
千葉の長生村にある双葉電子に「ドローンのデモ」の見学に行ってきました、周辺技術研・伊藤世話人と、ロボット研・石井世話人の7名が、OBの橋立君のお世話で参加しました。
何よりの驚きは、そのスピードで確か200キロだそうです、コントローラー・プロポ(双葉製)を操る人は、世界大会の優勝者だそうで、模型飛行機やドローンには世界中に愛好者が居て、各地で競技会が開催されているんだそうです。
運転免許の講習会も年中行われているそうで、メーカーの領域を超えて、ユーザー・発注者の開拓・指導も会社の仕事にして、世界企業になっているんです、凄い会社だ。
渡良瀬川漁協の役員でもある石井君には、養魚場でのカワウ被害や近隣農家の鹿・猪など動物被害というテーマがあり、森林業の技術士の大輪君には熊・猪の追い払いのニーズがあり、シミュレーターの運転を試みていた。
日本では農林業とか運搬業という平和産業しか思い浮かばないが、デモを見てそのスピードを実感すると、これは兵器だなと感じ、恐ろしいポテンシャルを持つ技術であることを、思わざるを得なかった。

技術コンサルタントの世界 2016.11.1.

10月の28日に、ビックサイトの複数の見本市を歩き回って、へとへとで新橋の駅に着いたら、三笠宮の号外が配られていました、その時何故か本田尚士先輩のことを思い出しました。
本田さんは、長年技術士の後輩どものあこがれの先輩であり、面倒を見てきたけど、勲章貰っていないんじゃないかと、気が付きました。

本田先輩は、私が独立・自営を開始した1973年ごろには、銀座の泰明小学校の近くのビルの一角に、技術コンサルタントの事務所を構えて、技術士会でも理事とか副会長を歴任していて、あこがれの先輩でした。

当時の先輩諸氏は、敗戦後、戦地や外地から帰国して職を失って、やむを得ず独立・自営して生き残り、技術士という看板を肩書にコンサルタントをやっているシニアの皆さんが、部会に出かけると沢山居ました、その中で本田さんは若くて、就職したことがないとか、戦争中のエリート学校の幼年学校(士官学校)出身であるとか、何しろ輝いていました。

私がまともにお話をしたのは、数年前に故郷の鹿児島・国分に帰郷すると宣言したときに、大反対の議論を仕掛けたときでした、勿論そんなことは聞き入れられず、帰郷されました。
私は、昨年、霧島温泉巡りをした時に、国分のお宅に2−3時間お寄りして、お話をしました。
足が弱っているようでしたが、頭は相変わらずで、先輩が居るというのは有り難いことだと、改めて感じ入りました。

技術コンサルタントの世界 2016.10.22.
20日の周辺研の見学先は、宇都宮のミツトヨの工場見学だった。
技術者の基本アイテムの一つ、ノギス・ハイトの世界的なメーカーで、私は大分前に大学の後輩の川崎剛志君の案内で、川崎の本社や宇都宮の湯葉の工場も含めて見学している。
お坊さんだった、天才的な創業者の痕跡が至る所にあり、工場にお寺があり幼稚園を経営しているとか、見学者に小さな仏教辞典や湯葉をお土産として配るなどユニークだけど、石から切り出した定盤や鋼板の加工・熱処理など機械加工や計測部品は、おおよそ社内で作られている風景は前に来た時とあまり変わっていない印象だった。
会社の状況の説明によると、売り上げ利益ともに凄い大会社になっているのは、ユーザー・発注者であった日本企業・メーカーのグローバルな展開によって、世界中の会社がお客になってきたということらしい。
15名の見学者が参加したけど、余程感心したらしい技術士が、もう一度会社員になるならぜひミツトヨさんに就職したいと話していた、会社OBのシニアが多かったので、そんな気になる連中が居るとは思ったけど、洋の東西を問わず、こういう会社はあるんです。
昔アメリカ・ミネソタ州の会社で3Mという世界的な接着剤の会社の見学をしたけど、田舎の地元の人たちが従業員で、キリスト教の精神で経営しているとのことで、ミツトヨの仏教の精神と企業の経営という点で、相通ずるような雰囲気があったことを思い出した。

技術コンサルタントの世界 2016.10.15.

ノーベル文学賞がボブ・ディランというのには驚いた、アメリカかぶれだった私の若かりし頃のヒーローだった。

貼り付けー

Blowin' in the Wind
ボブ・ディラン
How many roads must a man walk down
Before you call him a man?
How many seas must a white dove sail
Before she sleeps in the sand?
Yes, and how many times must the cannon balls fly
Before they're forever banned?
The answer, my friend, is blowin' in the wind
The answer is blowin' in the wind
Yes, and how many years can a mountain exist
Before it's washed to the sea?
Yes, and how many years can some people exist
Before they're allowed to be free?
Yes, and how many times can a man turn his head
And pretend that he just doesn't see?
The answer, my friend, is blowin' in the wind
The answer is blowin' in the wind
Yes, and…

貼り付け終わりー

今は、「Those were the days 」という年寄りが、若い頃よく行った酒場を思う歌が、身に沁みます。

技術コンサルタントの世界。2016.10.10 
技術士受験対策を「セミナー業者」と違う「先輩セミナー」という立場でやっている、青木正博君・機械部門・特許庁から久しぶりにメールをもらいました。

貼り付けー
森田様

 ご無沙汰しております。

 さて、下記の通り実施を予定しています。

 お時間があれば、ご参加いただければ幸いです。

<Net-P.E.Jp 2016年全国大会@東京>

●開催日時:2016年11月12日(土) 12:30〜
●場所:Kビル会議室A室
     (http://www.e-kaigi.jp/access.html)
青木

貼り付け終わりー

私は以前に、青木君に呼ばれて挨拶に出かけたことがあるが、私は技術士は独立の手段である、という偏見の持ち主なので、あまり受験対策というような活動には興味がないので、組合の関係者で関心ある人が居たら、顔を出してみて、青木君によろしくと挨拶してきてください。

技術コンサルタントの世界 2016.10.3.
独立・援助を話し合う第一土曜日の月例会には、なるべく若くして独立した技術士諸君に、少し長めの自己紹介をお願いしている。

10月1日では、平野輝美君に話してもらったが、参加者は大いにためになっただろう、我々の仲間内では、若くして始めた人がエリートなのである、定年・年金で形だけは独立・自営だと主張する諸君とは、一線を画するものとして、仲間内の内々の評価が全然違う、ということをネット会員諸君も認識してもらいたい。

企業内技術士で独立・自営を希望している諸君は、1日に私が説明したように、自分の技術分野の「川上・川下」「左右の隣接」分野の諸君を、できれば独立希望の会合の中で見つけて、切磋琢磨するのが、理想的環境である、言い方を変えると「発注者のエンジニアリング」という立場を勉強することだ。

シビルの鶴巻君あたりが主導・世話人して「新・日本列島改造論」を始めてみないか?

技術コンサルタントの世界 2016.9.26.
独立して一番気になるのは、半年後の自分や周辺、社会や世界がどうなるかだ、私も人並みに株をやったことがあるが、株も半年後の世界を予想してやるかけ・ばくちである。
勤めていると、半年後のことはおおむね予想が可能で、考える必要がないが、辞めたとたんに、誰でも最大の関心事になる。

組合のいろんな会合は、すべて独立・支援が目的で運営されている、独立したい人、定年が近い人が先輩の経験話を聞きに参加して、自己紹介をすることになっている。
形だけは独立自営の看板を出したはものの、先輩の話を聞いてみようという人も、沢山参加している。

24日の15時からやった業務委員会・上野世話人(最終土曜日の3時ーが定例会)JEFの井戸田さんから、面白い話を聞いた。
日本に仕事の無くなった原子力部品の会社のグループが、中国の原発プラント会社と組んで、サウジアラビアに原発プラントを作り、サウジが自力で原発を作り、周辺国に原発ー電力ネットワークを普及させて、周辺の石油産出国の国のリーダーになってもらうようなコンサルタントを始めたとのことである。
石油やガスが地球からなくなるのかとか、原発の電気は本当に安いのかという疑問はあるけど、サウジの王様を説得したとのことなので、大したもんだと感心しています。

技術コンサルタントの世界 2016.9.18.
今月・9月から、第3土曜日の午後は、ロボット研究会・石井世話人、とプラスティックボンベ研究会・米森世話人の定例会が発足した。

独立・自営の役に立つことを目指す勉強会が、自然発生的に定例会になっていく過程が、私には面白くて、自分のスケジュールの最優先課題として、参加している。

ロボット研では、目・カメラと脳・コンピュータ、手足・メカに関して、かなりの雑学を仕入れなくてはいけないし、ボンベ研では原油・ガスという資源の話から、ガソリン・化学品・プラスティックという工業製品、そのまた二次加工した消費者向けの製品などの技術的課題、つまりいろんな分野の技術士諸君の参加が可能だし、それがないと役に立つグループ活動にならない、という、技術士協同組合にふさわしいテーマの追求なのです。

独立始めた人、これから独立しようと考えている人は、自分の専門の縦横のマトリックスのどこかでかかわりが出てくるから、第3土曜日の午後に、ホクトピアの会議室に顔を出してみてください。


技術コンサルタントの世界 2016.9.8.
5日(月)は、微粒子研の見学会で越中島にある鹿島建設の研究所に行きました。
ジオラマ風に作った、街のビル群への風の分析とか、地震対策のゴム・鉄板の柱とか、ガラスビルの構造解析とか、大きなテーマもさることながら、部屋全体の微粒子ゴミ対策と、スポット的なごみ対策など、結構細かいことにもゼネコンというのは気を使っているんだと、感心しました。
飲み会の時には、隣に座った鹿島の技術者に、オリンピックの競技場や、魚市場の移転の話で、「税金使うんだったら、役所の発注者のエンジニアリング、基本設計とか使用者の意見が最初にあるべきなのに、due processが順番どうりに進められていないんじゃないの?」と質問したら、「本当にどうして設計事務所が最初なんでしょう」と同感の意を表明していました。
マスコミはゼネコンから色々教えてもらったほうが良いと思うね。

技術コンサルタントの世界. 2016.8.31.
私は組合のイベントでは、工場見学が一番好きで、いつも最優先で参加している。
最近では、プレファブの積水ハウス、車のガソリンタンクの八千代工業、高圧電源のフューテックス、明日の日立・大甕工場があります。
私は、日本のメーカーの凄いのは、ユーザー・発注者のエンジニアリングに徹底的に協力して物作りをしているところにあると感じている。
私はオールドエンジニアなので、高圧電源がガスや油を使わない、クリーンなセラミック状のブロックであることにびっくりしたが、それよりびっくりしたのが、3D成型機の電子ビーム電源として、成型加工にまで技術的に突っ込んだ電源の開発をやっていたことである。
技術士が現在に生きる技術の専門家であることは、言うまでもないが、私の思い込みは、独立・自営業としての技術コンサルタントは、自分の専門の技術分野の前後・左右の分野にも、相当突っ込んだ見識が求められていると信じている。

技術コンサルタントの世界 2016.8.23.
最近、大阪は東住吉の事件にかかわる報道が相次いだお陰で、PL研究会の世話人の鈴木将成君のメールや、弁護士の乗井さんからの「お礼とご報告」というお手紙など、20数年前に私が弁護側に提案した「事件の機序」が警察・検察の出した機序よりも「蓋然性が高い」ということになって、青木さん、朴さんが釈放されたとのこと、目出度いことです。

鈴木君や私は技術屋ですから、特許の先願のように、誰も言わなかったシナリオ・機序を提言したことが、価値があると自負しているんですが、実際に現場を再現して火災を起こしてみるとか、大学の先生や自動車メーカーに判断を仰ぐとか、沢山の積み重ねを経ての戦いに勝利したと、言うことでしょう。

私はせっかくなので、冥途の土産話じゃなくて、組合の会合で後輩諸君に、大いに「自慢話」として喋らせてもらうつもりです。

東住吉事件はここをクリックしてください

技術コンサルタントの世界 2016.8.17.
今週はお盆である、我が家でも、アメリカ・LAの長男一家の嫁さんと男の子・16歳の孫が来日して、横浜の嫁さんの実家と我が家では、親戚連中が色々イベントを企画して忙しい。
私は、休みになったら読もうと積んである本が沢山あるのだが、ぼけてきたせいで全然はかどらない、そのくせ本屋大好きの癖が抜けないので、できれば毎日でも本屋を散歩したいのです。
そういえば、我が町には本屋をはじめとして、姿を消した店が沢山あり、いわゆる自営業というカテゴリーは、見かけは独立・自営だが本社のあるフランチャイジー・コンビニみたいに組織化されているという話だ。
技術士の独立・自営については、毎月25名くらいの諸君の自己紹介を聞かされているが、私のように他人から指図を受けるのが大嫌いなタイプは、案外少なくて、ドレスコード事件のようなイベントがあると、色分けがはっきりして面白い。

技術コンサルタントの世界 2016.8.4.
本屋に田中角栄のコーナーができている、どうやら今、日本人は再び日本列島改造を予感しているのじゃなかろうか?

私が技術士資格をとった1970年、独立した1973年は列島改造の真っ最中で、技術士会の青年技術士懇談会では、シビルの諸君が、独立・自営を希望する若手のグループ活動のリーダーシップを取って、田中角栄著・日本列島改造論を勉強する月例会を開いて、喧々諤々の楽しい議論をした。

しからば、今・現在の日本列島改造論とは何があるんだろう、私はドライブ大好きなので、高速道路を無料にしてもらうと、大いにありがたい。
私は機械屋のはしくれとして、ロボットの活用と、ドローンの応用に大いに興味がある。
エネルギー問題では、ガスパイプラインの敷設を日本の隅々までやることと、メタンハイドレードの開発に希望を持っている。

技術コンサルタントの世界 2016.7.25.
今年になって、永六輔が亡くなり、大橋巨泉が亡くなり、私より少し上の兄貴分の世代の訃報が続いた。
1973年の石油ショックの時に、勤めていた会社が潰れたときには、部下を含めたグループで生き残りを図るか、一人個人でコンサルタントを始めるかの「選択」に迫られたが、当時よく読んでいた少し上の世代の文化人の五木寛之、永六輔、大橋巨泉、野坂昭如が、徒党を組まずに、個人で生きていくことを、身をもって示していたのに、大いに影響を受けて、一人で始めることに決めた。
40人くらいいた部下の諸君は、半分は残るが半分は再就職先を決めてやらねばならず、半年くらいかけて業界を走り回り全部の再就職先を決めてから、自分のことを始めた。
お陰で今でも、昔の部下とは交流があり、世間を狭くしないで済んだのは、彼らのお陰だ。
ただ、彼らと違うのは、彼らはおしなべて、政治的には革新派で、赤じゃないがピンクの思想を支持していたように記憶している、ここは満州での強烈な記憶のある反共主義者の私とは、相容れないところであった。


技術コンサルタントの世界 016.7.10.
今週は、組合関係の行事がたて続けにあり、6日の周辺技術研の見学会は、狭山にある八千代工業という、本田のプラスティック部品を作っている会社の見学会があり、LPGのボンベの試作もやっていて、20名の参加者があり盛会だった。
7日は千葉工大でMNB研究会のステアリングがあり、今後一年間の計画を議論した。
8日はコンペックス研が技術士会の会議室で開催、私の同級生の帝人・OBの宇都宮君のトンネル天井の崩落事件とケミカル・アンカー(ボルトをコンクリートに埋め込む硬化剤)の関連についての話で、タカタのエアーバッグや地震と杭の話にも広がって、活発な意見交換がありました。
9日は発注者エンジニアリングとニューシビル研がホクトピアであり、海外専門と思っていた、大坪君・JALOBがなんと四国88か所のお遍路さんを歩いて達成した話と写真を見せてもらい、びっくりしたが、世界をぐるぐる回ってきた日本人が、やっぱり日本が一番好きなんだという結論は、納得。

技術コンサルタントの世界 2016.7.4.

国井君からのメールで、

貼り付けー

森田 様

もう、ショックで夕食も喉を通りません。

田中 宏さんには随分とかわいがってもらいました。
まさか、今、バングラにいたとは思いませんでした。

貼り付け終わりー

私は数年前に、田中さんが技術士会の立場で、私から独立・自営の技術士に関してのヒヤリングをしたいと、秋葉原で晩飯をおごってもらったことがあった。
同年配の田中さんが、バングラに仕事で行っていたということに驚くと同時に、世界の情勢がただ事じゃない時代に入ってきているんだと、思わざるを得ない。
グローバルな世界の心配をするよりも、日本の生産性の向上を、新・日本列島改造論を考えよう。

技術コンサルタントの世界 2016.6.30.
今日は組合の看板を掛けてもらっている、御茶ノ水の大治弁護士事務所に行き、年間の家賃を払い、大治さんに昼飯をごちそうになり、雑談して帰宅した。

大治さんは、私の浦和高校の同級生で、東大が多数派を占める浦高OBでは、私の稲門、大治さんのKOは案外異色で仲良しである、独立したのが同じ年で、3年後に私が協同組合を作ったときには、大いに助けてもらい、ついでに彼の事務所に登記してもらった経緯がある。

私は水泳もそうだが、会計士さんも務めていた会社がつぶれた時に知り合った事務所と40数年付き合っているし、顧客も何軒かは始めたころの会社と今でもお付き合いしている、恵まれていると言っていいだろう。

独立・自営には興味があり、あこがれもあり、組合の会合には出てきているけど、会社が面倒が良いので、いつの間にか定年まで勤めてしまった、定年になったのでやっと自宅事務所で看板を出します、というような、ある意味で恵まれた人が居る、私はそれもまた人生さ、ということにしている。

技術コンサルタントの世界 2016.6.20.

先週は、微粒子研の見学会・講演会、MNBの講演会、セキュロボのステアリング委員会と、組合のグループ活動の色々な側面について考えさせられた一週間だった。
独立・自営を支援する会は、組合設立以来の組合活動の原点であるから、40年以上第一土曜日の午後一番に、かならず最近独立した先輩・技術士に話をしてもらうことになっている、この会合は最近必ず、25−30名の参加者を得て、活発である。
MNB研究会は、年に2回の講演会を開催しているが、17日には連携している千葉工大・尾上研の120名の教室が満員になる盛況で、MNBのメーカー・ユーザー・大学・コンサルタントが複数参加してくれた。
15日には、微粒子問題研が、習志野にあるアシザワ・ファインテックという機械メーカーの見学を企画して、見学後に吉原君が講演をしました、30名くらいの参加者でした。
18日には、セキュリティ・ロボット研究会がホクトピアであり、ステアリング委員が7名で議論しました、この研究会は未だインキュベーションのステージで、前途不明の状況です。
私は、組合メンバーのイニシャティーヴによる研究会には、最優先で出席することにしており、うるさい最年長参加者として、役目を果たしたいと思っている。

技術コンサルタントの世界 2016.6.15.
14日には、総会で仲佐君から教えてもらった、皇居の東御苑を妻と見学してきました、そこでも小堀遠州・庭園デザイナーの名前が出ていました。
最初の技術士会の事務局長の高田一郎さんが定年後の仕事ということで、小堀遠州が残した古文書を、翻訳する仕事を四谷の遠州の記念館でしていて、何回かご飯を食べながら、遠州流の作庭術の話を聞きました、確か茶道発生の頃に、茶室と庭が一体に設計されたということでした。
茶室から始まって、お寺や神社の庭も、水戸の偕楽園も確かそうだったと記憶している、小高い山に、池、岩と流水と苔と植木、がワンセットになっているんだね、農・林の技術士が入っていけそうな分野の気がする。
見物人の半分は白人で、日本人が極めて少ない印象だった、今欧米ではある種の日本ブームがあるんじゃないだろうか?
made in Japanという優れた工業製品を生み出すばかりじゃなく、古くからの伝統的なものと、近代的な生活インフラが混在している魅力が、欧米の先進国の連中を引き付けているんだろう。

TVで、オーランドのテロ事件を報じている、その少し南にエヴァーグレース公園という、湿地帯で文明を排除した(橋・ダム・道路を破壊)野生の公園がある、1000年前の関東地方はこんなところだったのかなあと、思ったことを思い出した。

技術コンサルタントの世界 2016.6.7.
今日は同期の連中7名で、川崎大師のお参りして、散歩してきました。
数か月前には、池上本門寺の散歩をしたばかりなんだけど、どうやら近隣の神社仏閣には、案外行ったことがなく、80歳のシニアにはもってこいの企画であることが判ってきました。

中にはまだ、来週からイタリアにオペラを見に行くんだというような、面白い趣味のやつもいるけど、大方は飛行機に乗るのはもう嫌だし、外国の名所に出かけるのはしんどいという心境なんです。

我が家でも、暮れの餅つきには、アメリカの孫娘がボーイフレンドを連れて来て2週間も遊んでたし、息子が先週休みを取って、九州・四国の古墳巡りをして昨日帰国したし、8月には孫息子と嫁さんが10日程遊びに来るとのことです、てなことで、どうやら日本が世界から訪れたい国のナンバーワンになっているらしい。

日本が発展途上国だった私の若かったころと、成熟した先進国の現在で、逆転していることが沢山あるが、最近びっくりしていることでは、独立・自営を支援する組合のグループ活動に、若い3,40歳代の参加者が急増していることだ。

私は30歳台の初めに独立したが、まあ社会では変わり者だった、今ではごく当たり前の人が、独立志向を胸に秘めずに、周辺に宣言(declare)する時代らしい。

畏友青葉君は
「森田さん 時代は急速に変化しています。アメリカのようになるのではありません。日本は「共存共栄」 で、会社も個人も、自分で切り拓く時代が来るのです。サラリーマン物語とか、 社畜物語とかいう時代でなくなったのです。団塊の世代の失業者に迎合することがないように、シニアは注意を喚起する必要があります。青葉堯」
と、いつものように、私にアドバイスをしてくれる。

技術コンサルタントの世界 2016.5.31.
独立・開業セミナーに参加した若い人からのメールの一部を貼り付ける、

貼り付けー

「技術士協同組合を知り、独立開業という選択肢があること、そこで様々な分野や方法で活躍されている方がいらっしゃることを知り驚くと同時に、嬉しさとやる気がこみ上げてきました、今では組織に属さず独立自営で仕事がしたいと強く思っています。」

貼り付け終わりー

セミナー終了後のパーティでも、対応した8人の組合員のうち、私以外のメンバーに40,50歳代の若い人が居るのを見て、「技術士会で会う独立・自営と称する先輩諸氏は、会社の定年退職後の方ばかりなので、そういうものだとばかり考えていました」という参加メンバーも出てきました。

私の経験でも会社が潰れたおかげで、33歳で独立できたのは運が良かったと、今では思います、若いほうが試行錯誤に耐える時間があるというものです。

技術コンサルタントの世界 2015.5.23.
21日の独立開業セミナーは、王子駅前のホクトピアで参加者15名、組合メンバー8名が、事前に出されていた独立希望の諸君のプランをめぐって、一日中議論し、パーティをして解散した。

今年の特色は、参加者の若返りで、30,40代の諸君が半分以上になり、女性の参加もあり、時代の変わり目を実感した、会社定年後の第二の人生の相談じゃない、まともな職業としての技術コンサルタント業が議論できるようになったことは、大いに喜ばしい変化でした。

参加者の一番聞きたいことは、技術コンサルタントとしての市場開拓・お客を見つけることで、先輩に聞きたいことはこの一点に集中していた。
長年後輩の育成に関心を持ち続けてきた私としては、世の中には独立希望者をお客にする人も色々居るから、人付き合いには気を付けたほうが良いよ、というようなひねくれた意見を申し上げたりした。

技術コンサルタントの世界 2016.5.9.
月例会7日の独立・支援の会合には参加者20数名、新人が5名も出てくる時代です、最近独立した小沼君がユーモアたっぷりに、その奮闘ぶりを自己紹介してくれて、色んな年代の参加者に好評でした。

私は毎回同じことを挨拶しているが、技術コンサルタントの仕事は、本人の試行錯誤からしか市場の開拓はありえないので、人材派遣業者や技術士仲間がやっている人材紹介機関なんかを、あてにしないほうが良い。

最近のニュースで気になったのが、アメリカの大統領選挙の候補のトランプさんで、私はこの人は「独立・自営の人だ」と、今のアメリカに出るべくして出てきた人物だと思っている。

イギリスの植民地だったアメリカが、独立戦争を始めたきっかけは、独立・自営の農民や小規模の自営業者のグループが、武器をもってガヴァナー(イギリス派遣の領主)に立ち向かったのがスタートなんだ。

定年退職後に、技術士資格があるので、独立・自営を始めてみようと、様子を見に来た諸君も、独立・自営という立場は、結構奥行きの深い意味のある立場なんだということも勉強してください。

技術コンサルタントの世界 2016.4.25.
地震と建物に関する私の疑問に、鶴巻君がコメントをしてくれました、鶴巻君には無断で掲載します。
貼り付けー

森田様

鶴巻です。お世話になっております。
以下、土木工事に関してコメントいたします。

普通は、設計図通りに配筋します。
理由は下記のとおりです。
 ・配筋完了時点(コンクリート打設前)に発注者による配筋検査がある
 ・図面通り配筋したことを写真に残す必要がある(全体は無理で部分的ではありますが)
 ・配筋を手抜きしたとしても全体コストは大きく変わらない
 ・手抜きしようとすると、手抜きした図面(配筋図)を新規に作成する必要がある
 ・図面通り配筋していなかったことが判明したときのリスクが大きすぎる


つまり、鉄筋の手抜きをするよりもそのリスクやコストが大きいということです。
手を抜くならもっと他の手段を選択すると思います。
建築でも施工管理はちゃんと行うので、一緒のはずです。
姉歯事件も施工業者は設計通りの配筋をしただけです。

むしろ、問題なのは設計水平震度(設計上の地震力)を決める時の地域係数です。
これは、建築も土木も共通です。
ザックっというと太平洋側の地域はその係数が高くなっています(=1.0)。
震度7でも建物が倒壊しないことを目標にしています。
しかし、太平洋に面していないところは地震力が小さくなるように係数が定められています。
今回の熊本も係数が小さく設定されています。
おそらく、熊本県内でも現行の建築基準法どおりに設計した建物は、震度7では倒壊する可能性が高くなります。

地域係数は地震の詳細がわかる前に設定した数値です。
頻繁に発生するプレート境界型地震(東日本大震災の地震、東海・東南海地震等)をふまえて、太平洋側に面していない地域を小さくしようと設定したものです。
今の基準では活断層による直下型地震でもこの係数を適用していることが問題です。
1000年オーダーで見れば、日本国内のどこでも直下型の大規模地震は発生する可能性があります。
直下型地震に地域差があるはずがありません。
直下型地震にもこの地域係数を適用したことが、(国交省の)最大の問題点だと思います。

技術コンサルタントの世界 2016.4.20.
連日熊本・阿蘇の地震のTVで、避難所生活を強いられている住民の生活が報道されている、本当に気の毒だと思う。
私は敗戦時に8歳、満州でソ連の兵隊に家を追い出され、日本に帰国する前に約2年間、まったく同じような避難所生活を経験した。
違うのは、周辺は中国人の町で、現在の九州の皆さんのように、日本国中から援助の手が差し伸べられるわけでもなく、それぞれの個人や家族が自力で飯を食いつつ、帰国の船を待つ生活だった、今考えると親たちの苦労は、想像を絶する。
子供である我々は、学校もなく、15−6のリーダーのもとに、勉強から遊びまで、何でも教えてもらった。
大人になると、八路軍(毛択東の軍隊)に志願して入隊して、親にお金を送金してきたという若者が評判になったりした、若い女性は稼ぐのに不自由ないということが、子供心に不思議だった。
大人になってからも、少数派に属さないと落ち着かない気質は、この敗戦後の2年間に出来上がってしまったらしく、へそ曲がりのおじいさんになっている。

技術コンサルタントの世界 2016.4.10.
寒い日が続いたので、今年は花見が何回もできて楽しかったが、年度末でもあり忙しい。
このところの組合関連の会合・独立支援の会で、隣に座った独立希望の参加者が、帰り際にしみじみ「指図されるのが嫌なんですよねえ」と笑ってました。
1973年に石油ショックがあり、私の勤めていた会社が潰れたときも、更生会社やユーザーの先輩方が、私の身の振り方を心配してくれて、いろんなオッファーを頂いたが、技術士で独立・自営の先輩方を見ていたので、指図を受けたり、指図をしたりしないで飯を食っていくには、これしかないんだと、スタートした。
以来、毎月独立・支援の会で、後輩諸君の自己紹介を聞き、その後の付き合いを通じて、誰でも職業を通じて何回かは、独立・自営のチャンスがあるものなんだなあと考えている。
技術士という資格をとったけど、先輩は何をやっているんだろうと、様子見に来る現役のサラリーマン諸君も、ぽつぽつ現れるようになった、我々のようなシニアの昔話なんかどうでもいいが、直近の先輩の独立話をなるべく話してもらうように、世話人が苦労しているので、会社員諸君も顔を出してみてください。

技術コンサルタントの世界 2016.3.30.
「ドレスコード強制事件」のお陰で、いろんな立場の諸君からメールをもらい、それぞれの人の立ち位置が判り、非常に面白かった、独立・自営とグループ活動という矛盾点も浮き彫りになって、これから独立・自営をやってみようという諸君にも勉強になったと思います。

私よりは一回りは若い当事者が、老化現象としか思えない言動をしていると、複数の諸君から聞き及んで、私自身の出処進退のことが心配になり、何人かの人には正直なところを言ってくれと、依頼中です。

技術コンサルタントの世界 2016.3.23.
目がかゆく鼻がムズムズと、花粉の季節に体が反応している、その割に寒い日が続き、桜の花持ちが良いと報道されている。
年齢的にも立場上からも、独立・自営を始めたばかりの諸君から、相談めいた話を聞くことがある。
私は、自分が他人に指図されるのが嫌いで独立・自営を始めたので、他人にも指図しないことを心掛けている、もちろん他人の独立話は面白いので、第一土曜日の独立支援研究会での、新人諸君の自己紹介は、いつも楽しみに聞くことにしている。
経験的には、自営業の市場開拓は自分でやるしかなく、派遣業者や登録業者を避けて、自分のHPにどうしたら潜在顧客がアクセスするか、というのが、肝心なことなんだね。

技術コンサルタントの世界 2016.3.7.
5日の新規開業支援研究会では、20数名の参加者があり、鹿児島から参加した若い人や、名古屋が自宅の名刺の人も居て、ようやく全国的に知られてきているんだと、実感した。

我々は、後輩からお金をもらうような資格受験者の予備校的活動には興味ないし、後輩からピンハネするような資格者の派遣事業にも興味がない、これは組合スタート時における先輩諸氏のコンセンサスである「野武士の会」の伝統によるもので、敗戦後の失業者のなかから技術者がグループを作って、「技術士」という名前を考えて看板にして、技術コンサルタント業を開拓したことを受け継いでいる。

結論から言うと、独立・自営業は、教育や勉強からは生まれない、先輩の真似をするのが唯一の方法なんだということから、40年前から毎月第一土曜日の午後一に、最近独立して飯が食えるようになった技術士に、話を聞く会を開催・続けている。

19日には、橋立君の紹介で双葉電子・茂原工場に、ドローン・模型飛行機の見学会がありました。

この会社は制御部品のメーカーで、B-Bに徹していているのに、ドローン・模型飛行機の飛ばし方・運転技能の技術者を沢山社内に養成して、コンテスト・イベントに参加して賞を取るようなメンバーが沢山居るという、不思議な会社である。

私は、技術の開発・進歩はメーカーの独占ではなく、ユーザー・発注者側に種が沢山あるんだと、独立した当初から主張してきた。

メーカーに居たころに、お客さん・ユーザーから教えてもらって、新しい試みをやった経験から、独立した技術コンサルタントの仕事のあり方を試行錯誤して頃の話である。

双葉電子ではトラッククレーンのクレーン部分とその制御部品をメーカーにOEMで納めているとか、プラスティックやダイキャストの金型のモールドベースを量産して金型メーカーに売るとか、徹底して、エンドユーザー市場に手を出さない、というビジネスモデルを世界的に展開しているということだった、面白いねえ。

技術コンサルタントの世界 2016.2.16.
独立・自営を始めて何年か経ち、何とかやっていけそうだと自覚した頃の、「他人に指図されない気分の良さ」を思い出すような議論が、最近の会合やM/Lで交わされていて、気分が高揚してくる。

残念なのは、参加したりM/Lを見ている組合関係者は独立・自営の人や独立を希望する人ばかりで、技術士に興味を持つ若い人や資格者達に届いているとは思えないことである。

私が始めた70年代から90年代は、日本の発展途上国時代でバブルの発生と崩壊を繰り返していた、いま中国がバブル崩壊を始めたらしいが、我々のいつか来た道で、野次馬としては興味尽きない。

月初めの土曜日午後一の王子・ホクトピアでの「独立・支援の会」には、なるべく近年独立・自営を果たし、発信続けている諸君に、喋ってもらうことになっているので、年齢を問わず「独立・自営の技術コンサルタント」に興味のある諸君の参加を希望しています。

技術コンサルタントの世界 2016.2.2.

賀状で先輩方の数が減ってくるのは、いかしかた無いとはいえ、少し寂しい。

私が独立した1973年頃には、技術士会設立したころからのメンバー、戦地や外地からの引揚者や企業経営者が沢山いて、まともな会社員のほうが少なかったような記憶がある。

私が出かけたグループ会合は青年技術士会という、あわよくば独立したいという月例会での議論は、思い出してもエキサイティングであった。

私は勤めていた会社がつぶれて、独立する2−3年前から、毎月5−6人のグループで独立・自営の諸先輩方の自宅訪問を続けたのは、非常に役に立った。

あらためて先輩が後輩に独立・自営に関するアドバイス・著書なんかは、実際あまり役に立つはずがないが、先輩の生活をじっくり観察することは、後輩にとって一番役に立つ勉強じゃないかと思う。

今でも長い目で見て良かったなと思う先輩の助言は、自宅でやれ、お金のかかる事務所なんか借りるな、というのと、なるべくマルチクライアントに徹して、一か所から沢山お金をもらうな、ということかな。

技術コンサルタントの世界 2016.1.21.

いつも見ている池田信夫さんのアゴラに、「日本のサラリーマンはSMAPである・http://agora-web.jp/archives/1667132.html」 という論文があり、面白く読んだ。

我が組合の設立以来の月例会・第一土曜日の午後一番は、独立・自営を希望する後輩のために、先輩が自分の経験を正直・率直に話をしてもらう機会を設けている。

色んな先輩の話を聞いたほうが役に立つことが、独立・自営を考えている諸君に伝わってきたらしく、いつも20名以上参加者がある会合になっている。

私は自分が30歳代で独立したので、参加者の大半が企業定年者前後の年齢の諸君であることに、不満があった、しかし考えてみれば、私の場合は勤めていた会社が、1973年の石油ショックの時に会社更生法を出して潰れたので、運よく独立できたんだと、考えるに至った。

技術コンサルタントの世界 2016.1.11.
9日土曜日には、今年最初の定例会・独立支援研究会がありました、技術者が独立して飯が食えるようになるというのは、その人の人生の大きな決断であり転機でもあるので、誰だって軽軽には行動には移れないテーマである。

10年くらい前までは、5−6名の参加者で、メンバーの家庭の事情まで丸見えになるような、よく言えば親密な付き合いの会合だったが、最近は2−30名の会合になり、必ず3−5名の新しい参加者があるという勉強会になっています。

独立・自営は先輩の話を聞くことしか、効果のある勉強法はありません、人それぞれのキャリアーや環境の違いを考えると、本を読んだり他人のアドバイスを受けることは、あまり効果のある方法とは思えないでしょう?

その後新年会をやりましたが、年の初めの勉強会で、独立して10年たった内田君の正直な自己紹介は、参加者に大好評だったことが判りました。

私は、組合の存在理由は「後進の育成」ですから、今後ともシニアとしての昔話は抑制して、最近独立した諸君を見つけて、話をしてもらうように努力したいと思っています。

技術コンサルタントの世界2016.元旦

皆さん,明けましておめでとうございます、今年もよろしく。

我が家の昨年の締めくくりの行事、30日の餅つきには、延べ100人以上の参加者があり、風のないぽかぽかとした晴天にも恵まれ、楽しい一日を過ごすことができました、来てくれた皆さんありがとう。

この一年を振り返ってみると、団塊の世代の諸君が定年を迎える時期になったらしく、色んなグループ活動に新人の参加が目立ち、活性化してきて喜んでいます。

私のようなシニアのやっていることは、何十年も前に始めたことばかりで、新味がありませんが、良く言えば「継続は力なり」というように、これからの若い諸君には役に立っているのかもしれません。

今年は、外部の団体・大学からの働きかけもあり、組合メンバーによるグループでの対応も視野に入れてみようと、思っています(グループ活動あまり得意じゃないんだけどね)。

技術コンサルタントの世界 2015.12.24.
19日・第3週土曜日のセキュロボ研・梶世話人では、農作物を保護するための、害獣を追い払ったり、罠に追い込むシステムを、監視カメラやドローンを使って、無人で出来ないものかと、議論しています、農家を見学したり、役所や大学の先生の話を聞いたりしています。

22日には、鈴木将成君に陪席して、PLの事件を担当している弁護士さんに話を聞いてきました。
農業用のポータブルなブロワーの破裂した事案で、私は射出成型品である羽根車の、成型時のウェルドラインが、しっかり溶着していないために、繰返し応力が疲労限度を超えて、突然破壊したのではないかという「機序・シナリオ」をお話ししました。
ウェルドラインとか、破壊強度・疲労限度(繰り返し応力)というような、技術用語の解説が重要なんです。

私は組合の研究会は優先して参加していますが、独立・自営に興味があって、様子を見に参加している諸君は、積極的に先輩のやっているグループ活動に陪席して、世代交代をしてもらいたいものです。

技術コンサルタントの世界 2015.12.18.
17日に、周辺技術研究会・伊藤世話人の見学会で、小川町にあるエコデザイン・株 www.ecodesign-labo.jp/ ,オゾン発生装置メーカーに行きました。
この会社は、長倉正昭会長が創業したオゾンの専門メーカーで、沢山あるアプリケーションの試作や開発に特化している面白い会社でした。

私は何十年も毎朝プールに出かけるけど、昔は塩素で殺菌していたけど、最近はオゾン殺菌なんです、アメリカの孫は毎日プールに行きますが、アメリカ人は極端に清潔好きなせいか、オゾンも濃いらしく、髪の毛が脱色して黄色になっており、金髪の日本人みたいで、私は気分が良くない。

長倉さんは、我々が千葉工大の尾上研でやっている、MNB(マイクロバブル)やAPP(大気圧プラズマ)に興味を持って参加する技術屋さんで、工場に水を浄化して循環するトイレを作って2つ置いてあったけど、アイデアマンなんでしょう。

私はこの小川町には、忠七飯という有名な料理屋や、近くの神川の岩盤浴・温泉とか、武蔵・弐の宮・金鎖神社(私が勝手に技術士の神様にしている)参詣という私のリラックス・コースがあり、大好きなエリアなんです。(武蔵一之宮は大宮の氷川神社)

技術コンサルタントの世界 2015.12.6.
今週は、3日の上智大・機械科の忘年パーティ、4日の千葉工大・尾上研の講演会・パーティ、5日の組合定例会・独立支援研究会と、たて続けに会合があったが、どうしても大阪の事件・再審の話に期待されているように感じて、期待を裏切るような、私の意見をべらべらと喋りました。
簡単に言うと、最近、大阪の政治的環境が変わったということです、技術者が「どや顔」をする話ではありません。

私の楽しみである、第一土曜日の月例会での、2人の長い自己紹介と出席者の短い自己紹介は、今月も神戸からわざわざ出てきてくれた、37歳の坂東君の試行錯誤の話は、自分が始めたころを思い出してしまい、ほろりとさせられたし、大分前から顔を出していた大島君の状況報告も、彼にはパソコンを始めたころ、組合仲間のシニアがグループでいろいろ教えてもらったことを思い出し、これまた感慨無量であった。

自己紹介を聞いていると、情報関係の諸君が圧倒的に多くて、世の中の流行というものが我々の会合にも素直に反映されていることがわかる。

独立・自営業という商売は、誰でもいつでも始めることができるが、近未来の政治・経済の予測と、自分を取り巻く世界での、自分の客観的な立ち位置や、周りにどう思われているか冷静な判断が不可欠なんです、本を読んだり先輩の話を聞くのも、決して悪くはないけど、試行錯誤で自己流を確立するしか、正解はないでしょう。

技術コンサルタントの世界 2015.11.25.
「大阪・放火殺人事件」が新聞に出たのをきっかけに、事件にかかわった組合のPL研究会の鈴木将成君をはじめ、奥野さんなど昔からのメンバー以外の曽我君、葦が原君、河村君からもメールが来てみて、あれはユーザー・使用者の技術者の琴線に触れるテーマだったんだと、当時を思い出している。

当時、鈴木君からPLの本質は、「機序・シナリオ」を見つけることだ、と教えてもらい、火事ならば現場を見て、火元・着火点を見つけたら解決なんだと、教えてもらい、色々な事件に顔を突っ込んだ。

PL・product liabilityというものだから、世の中ではどうしても製品のメーカーのエンジニアが責任・担当するものと考えるのは、しょうがないことだが、この事件のように、火事でなくなった娘さんの義父が、直前にスタンドで満タンにして帰宅した(車庫に入れた)、という記述があり、車庫の室内にお風呂の焚口があると聞いていたので、直ちに、我が家の車の注油口からよだれの垂れたような跡があるのを思い出し、スタンドのお兄さんが機械が止まっても、3−4回寸動させて2−3L満タンに追加する習慣があることを、思い出した。
通常では、漏れた油はすぐに蒸発してしまい、火の気がなければ全く問題が無いのが常識だ。

私は、たまたまこの事件以前に、フォードのピントという車の事故・火災のPL問題をきっかけに、独立・自営の技術コンサルタントとして、車のガソリンタンクを鋼からプラスティックに変更するプロジェクトにかかわっていて、車のメーカーや部品のメーカーの技術者諸君との付き合いもあったので、かなり正確にこの火災の「機序」を復元出来たのではないかと思った。

おおかたの技術士諸君は、ものを作るプロセスでのエキスパートではあるが、それがどう使われているか、使われなくなるまでの「機序・シナリオ」を描ける人は、案外少ない、ここは技術コンサルタントの大きなマーケットなんです。

技術コンサルタントの世界 2015.11.16.
技術士資格が、独立・自営の技術者に、不可欠な資格であると思い込んで、40年にもなるが、協同組合の活動の大きな流れは、「後進の育成」である。
40年もたつと、独立希望の諸君の様子が大きく変わってきていて、前半くらいは、会社に勤めるのが苦手の連中が大勢を占めていて、私もその一人であったが、当時カッパブックスから、田中角栄首相の「列島改造論」というベストセラーが出現して、シビル関連の若い人たちが中心になって毎月勉強会をやり、この中から10人以上、若い技術士が独立・自営を始めたブームがあった。

最近、月初めの土曜日の「新規開業技術士支援研究会」には、毎回20数名の参加者があり、活況を呈していて、参加者の自己紹介を聞いていると、私の時代の独立希望者と違って、会社・役所でもしっかり役割をこなして、評価されていて、定年まで勤めることも選択肢であるという優秀社員が、独立・自営とはどんなものかと、様子を見に来ている諸君が、多いことに気が付いた。

時代が変わったことに変わりはないが、日本が発展途上国だった6−80年代に、私はアメリカの顧客やPEと沢山付き合ったが、今の若い諸君をみていると、あの頃のアメリカのPEを思い出してしまう、日本が成熟した先進国になったということなんだろう。
最近まで、会社定年後のシニアしか姿を現さなかったが、今年あたりから、20代、30代の若者が、独立したいと第一土曜日の新規開業支援研究会に出てくるようになったんです。

技術コンサルタントの世界 2015.11.9.
組合発足以来続けている、第一土曜日の午後一の、独立支援研究会の11月7日には、大企業出身で、技術開発のやり方を教える大学の先生に転身した I 君と、役所に セキュリティのコンサルタントとして「天上がり」経験者の Y 君の話が聞けました。

この研究会は、私自身が独立して、そこそこ飯が食えるようになって、考えてみれば、独立・自営ということは誰にも教えてもらえないし、参考書があるわけでもないので、独立している技術士の諸先輩から話を聞いたり、観察して、自分で考えるしかないんだと気が付いて、スタートした。

昨年くらいから、いつも20−25名くらい参加する人気ある研究会になり、古くからの組合員の仲間内では、不思議で理由がわからないと会話をしています。

思い当たると言えば、昔アメリカのPEの団体の年次大会を見学に行ったことがあるが、あの頃のアメリカのPEの活動の幅の広さに、今の日本が追いついてきたんじゃないだろうか?

技術士資格者の身の振り方の幅が広がったことを実感した。

技術コンサルタントの世界 2015.10.27.
今日は、先週の有馬温泉にひき続いて、お台場の大江戸温泉・http://www.ooedoonsen.jp/daibaに、イタリアから帰郷中の友人たちと行ってきました。

イタリアはローマ時代からお風呂の本場だと思っていたけど、日本の温泉のほうが全然楽しいというのが、毎年お墓参りに帰京する、イタリアの友人たちの評価で、特にこの大江戸温泉のスタイルは、いま全国の温泉地に似たようなスタイルを生み出していて、ビジネスモデルとして優れたものなんでしょう。

日本には、外国発生だけど、その国の人が日本のほうが好きになるというものがたくさんある、料理やお菓子なんかもそうだし、おもちゃや下着・服や靴なんかも世界的になる会社がたくさん出てきている、人間の感性に触れる製品が特に強いんじゃないか、自動車なんかもそうかもしれない。

技術の面でいうと、私の分野のプラスティックでは、製品の表面の加飾技術が今後の世界に生き残るネタだと主張する技術者の講演を聞いて、さもありなんと感心した。

技術コンサルタントの世界 2015.10.6.
俗な言い方で、外国に出稼ぎに行くのは、若くないと駄目だと思っていましたが、今アジアの各地に出かける海外業務を開拓しているのは、会社の定年後の諸君が大多数で、最近のシニアは元気なんだと、感心しています。

私も、1960年代から70,80年の初めくらいまでは、主にはアメリカだったけど、外国に出かけて仕事をしました。
独立・自営を始めたのが73年だけど、勤めていた時の仕事の付き合いの延長で、アメリカの会社からは、最初から技術コンサルタントとして、仕事を出して貰ったのは、運が良かったと、今でも思います。

1976年から続けている第一土曜日の「独立・支援の会」に参加する諸君の中には、「独立何とかなりました」,という嬉しいメールをくれる人もいて、私の励みになっている。

技術士資格を持つ個人の技術コンサルタント業は、マニュアルが有るわけでもなく、半分は当人の個性・キャラクターが買ってもらえるのかどうか、半分は市場の開拓力で、誰にも教えてもらえないのが、ほかの士・資格との違いです。

勿論、やっちゃいけないことや、やんなきゃいけないこともあるにはありますが、これは組合のいろんな勉強会に顔を出して、先輩と付き合ううちに、自然と判ってくるというものです。

技術士の試験の性格から、自分も世の中の人も技術の専門家という立場に立っていると考えているのは、当然で、間違いではありませんが、技術コンサルタントという立場は、もう少し広い分野や見識を備えている、などということを、先輩と付き合いながら身につけてください。

技術コンサルタントの世界 2015.9.24.
VW・ボッシュのやったディーゼルエンジンの排気のインチキシステムの話に興奮して、組合の仲間や卒論仲間のオールドエンジニアからメールをもらいました、ひどい話です。
VWはもちろん、関係している会社のエンジニアは知らなかったのだろうか?

昔、アメリカにPEという資格者の団体を調査に行ったことがあるが、私は独立していたので、ロッキードの社員のPEに、「会社の中でのPEはどういう役割があるんだい?」と質問したら、「俺がいることによってロッキードはPublic Welfareに反することはしない担保になっているんだ」と、胸を張って答えた。

私は、技術士は独立するための手段としか思っていなかったので、ショックだったが、それ以後は会社員の技術士も自分なりに認めることにした。

VW・ボッシュのような世界的な大会社には、社内にいくらでも資格者・技術者がいるだろうに、いったい彼らは会社のインチキをどう考えているのか、聞いてみたい。

技術コンサルタントの世界 2015.9.13.
12日(土)のニューシビルの会での、技術士の大先輩・長友正治さん(94歳)の講演は、20名ほどの出席者にさぞかし大きな衝撃を与えたことだろう。
 
旧満州に生まれて現地の大学を卒業後、航空機や重機械の設計技術者として働き、兵隊さんとして敗戦を迎え、日本に帰り、重機械分野の会社に勤めてから技術士業に入り、技術士仲間では中国との付き合いの懸け橋として、大勢の後輩に中国の業務を紹介した功績のある先輩です。

過去の経歴はともかく、出席者は小一時間、レジメも作ってこなかったという長友さんが、メモを見ながら、よどみなく喋り、質問にも的確に答えたという94歳に、びっくりしたに違いない。

私も満州生まれで、敗戦後の経験が違うことによって、長友さんとは中国に対する考え方が、かなり違うが、現状の分析や、これからの政治的な付き合い方などには、納得するところがたくさんあったような気がする。

技術士の海外との付き合いに関しては、これから一年くらい、経験者の意見を聞く機会を作りたいと思っている、喋ってくれそうな人を是非紹介してください。
次回は、26日のJEF会議室での業務委員会で、大坪君に喋ってもらいます、興味ある人は参加してください。


技術コンサルタントの世界2015.9.2.
月末の土曜日 3.00−5.00は、業務委員会・岡世話人である、当面のテーマは海外業務の開拓にrついて勉強することにしている、場所はJEF・日本技術者連盟、赤坂溜池の駅を降りたところのアドレスビル・5Fでやっています。

8月29日には、技術士会の海外業務支援の委員会の中村君に、技術士会としての取り組みについて解説してもらいました、私のような1970年からの会員には、会の利用の仕方や良い点・悪い点がよくわかりますが、新しい諸君はこれから試行錯誤の会との付き合いが始まるわけです。

これからしばらくの会合に、海外業務の経験者・先輩に声をかけて、喋ってもらいますから、海外業務に興味ある諸君は、ぜひ顔を出してみてください。
会議室のJEFには、アジア各国の技術者のグループからの情報が入ってきており、最近では井戸田専務理事の発案で、日本語・技術用語での技術指導を実現するには、どうしたらよいか、という研究課題が、提案されています、。
グローバルというと英語必須という「思い込み」・常識を、ぶち破ることが可能なら、面白くなるとは思うね。

技術コンサルタントの世界 2015.8.29.

8月27,28日は、藤田君のお世話による、箱根のパビーラという温泉・会議室・宿泊施設で、千葉工大の尾上教授主催の、MNB・APPのステアリングメンバー11名参加による合宿がありました。

昨年の11月に心筋梗塞で倒れた尾上教授が復活して、温泉に入り、カラオケで尾崎紀世彦を歌い、晩飯・朝飯をちゃんと食べていたので安心しました。

技術コンサルタントの世界 2015.8.20.
LAの14歳になる男の孫が5−19日来ていたので、あちこち連れて出かけたり、親族と会わせたり、忙しかった。

自分から日本に行ってみたいと、提案したとのことなので、日本が母国であることを自覚する時期なんだろう、爺さんとしても張り切って浅草、明治神宮、東京タワー、横浜ベイブリッジ、桜区プールを連れまわし、2人の息子(叔父)が富士山のキャンプに連れて行ってくれた.

LAの長男夫婦は、30年くらい前に、私がアメリカの会社のコンサルタントを沢山やっていたころにそのルートで渡米して、20年くらい前からは日本の企業の現地採用の勤め人をやっている。

私は車の運転が好きなので、毎年息子のところを拠点に、レンタカーでアメリカ中を走り回ったが、数年前にがけから転落する事故をやり、息子にドライブを禁止されて以来、アメリカには興味がなくなって、行かなくなった代わりに、孫どもが日本に来るようになっています。

もう少し若かったら、シェールガスの発掘現場の見学と、その近くでのガス化学工場や発電所の見学ツアーでも計画して、「アメリカの製造業大復活」という私の近未来仮説を、見に行きたいところである。
パイプラインや冷凍してガスを運搬しないで、タイヤや自動車の部品を作り、現地に巨大なユーザーマーケットを持っている国は、アメリカだけなんだよね。

シェールガスの発掘は「技術」の問題なんだということが、判らない人が多くて、存在するところは世界中にあるけど、経済的に発掘できる人は、限られた人たちなんだと、判断しています。

技術コンサルタントの世界 2015.8.8.
今日は、第二土曜日の2つの研究会合同の、イヤシロチ見学会ということで、最近よく使う会議室のあるホクトピア近くの、王子周辺の、神社仏閣・公園の散策に参加しました。

いつもホクトピアの8階から見ている駅の西側の山が、こんもりとした古墳みたいだな、と話していたけど、このあたりの建築物は江戸時代からのもので、日本橋から歩いて一日目の宿で、牧場があったり森林があったりで、「田舎」だったんだろうな、という印象です、もちろん明治以降は王子・十条の製紙会社の地元として、発展したのでしょう。

神社も町中の神社らしく、王子神社・王子稲荷神社というローカルな神社が幅を利かせており、それぞれ門前町を作っている、明治以来のお土産屋があり、しっかりインターネットにも乗っているらしく、若い子ずれを含めた男女が、沢山来ていた。

参加者13名あり、帰りに餡蜜屋で、ところてんを食べました、新人がたくさん来ていたので、私は「実際に独立・自営を始めると、神社仏閣と占いが好きになるよ」という経験を語りました。

話は発展拡大して、神社仏閣を国が認めず、禁止しているような国は、発展しないし未来がないね、ということになりました、たまには「イヤシロチ見物」も良いねえ。

技術コンサルタントの世界 2015.7.30.
東京駅で友人と待ち合わせした時に、八重洲の本屋をぶらぶらしました、驚いたことに、平積みされている本の、大部分が中国・韓国との付き合い方の主張・評論にかかわるもので、今の日本人の琴線に触れる話題なんだと言うことが、良くわかった。

表紙と前書きを見る限り、知り合いの副島隆彦さんの本のみが、中国のシルクロード構想・(中国とアラブとヨーロッパを、シルクロードに鉄道・道路・パイプラインなどのインフラで結ぶ大陸が、次の世界を制覇する)に好意的な少数派で、平積みされている多数の本は中国、韓国、駄目・駄目論でした。

私は機械メーカーに勤めていた60年代、独立した70,80、90年代には、日本の会社のアメリカ進出の仕事を経験してきており、アジアには観光旅行以外行ったことが無く、技術士の先輩としては、今後の技術士・技術コンサルタントのグローバルな市場開拓には、役に立たない。

知り合いだから肩を持つわけではないが、私は子供の頃から「少数派」が好きで、中学の時の新聞配達少年からスタートして、就職も独立も、同年輩の人たちからは『少数派」を選択してきたし、仕事の上でも、出来るだけ『少数派の立ち位置」を獲得するのに腐心すると言う『へそ曲がり」なキャラクターなのである。

言うまでもないが、本の中身に関しては、私は『駄目」そうだろうなあ当然ー論です。

技術コンサルタントの世界 2015.7.25.

久しぶりに、新三郷のコストコに出かけ一回りしたが、買うものは無い、若いカップルや子供ずれが、カートに山盛り買い物をしているのを見て、家庭を作ったり、家族を育てているのが人生の華のある時期なんだなあと、見とれてしまった。

コストコは7−80年代にアメリカで仕事をしたときには、機械や電気の部品を買いに行ったり、パーティ用の食品の纏め買いなんかでよく利用した、日本に出てきた時は、幕張までよくドライブして買い物をした。

こういうアメリカ発の流通革命のお陰で、我家の親戚で小売店・お店をやっていた所は軒並み店をたたみ、町並みも変わってしまったところが、日本国中沢山ある。

アメリカにはREPと称して、複数のメーカーの商品(機械など)を地域(州)を限定して販売してサービスの責任を持つと言う、独立した技術コンサルタント業者が居て、何人かと付き合ったことがあるが、私は自分が独立することになった時に、大いに参考になった。

技術コンサルタントの世界 2015.7.8.
「帰郷の念」

私より一回り下の団塊の世代の諸君が、会社の定年になった昨年くらいから、技術士の自己紹介で、故郷に帰りたいとか、帰ったという話をよく聞くようになり、いささか興味が湧いて、機会を見ては帰る話を聞いたり、帰ってからの顛末を聞いたりしてみた。

ちなみに私は、満州生まれで10歳まで居たが、まったくその気が無く(大体故郷だなんて思っていない)、むしろ世界で一番行きたくない国である。

結論から言うと、帰郷した諸君は、あまり故郷からは歓迎されていないし、当人もハッピーとは思えない。

もともと、発展途上国だった日本の田舎の秀才達は、東京の学校を卒業して、東京の会社に就職して、東京近辺に借金して家を建て家族を養ってきた。

田舎の問題は、親・墓・定年後の稼ぎ・暇つぶしで、どれ一つとっても難問である。
意外なのは「歓迎されない」と言う、思いがけない真実で、私は新しくシニアに仲間入りした諸君に、「望郷・帰郷の念が湧いてきたら、これは森田の言ってた人間の老化現象なんだ」と考えて、対処してもらいたい。

技術コンサルタントの世界 2015.6.30

搾り出し・ものぐさ精神分析・岸田秀

私が独立・自営を始めた頃、岸田さんの最初の「ものぐさ精神分析」が出版されて読んで以来、岸田さんの本は全部読んでいるが、私の物の考え方に大きな影響を与えています。

精神分析の手法が、人間関係のみならず、集団・グループや国の権力構造や外交にまで、当てはめることができると言う判りやすい理論で、最初に「私自身の思い込みの分析」、例えば、対人関係、人間の好き嫌い、独立・自営への思い入れ、外国との付き合いの好き嫌い、等などをやってみると、満州に生まれて8歳で敗戦、2年間のモラトリアム期間(帰国待機)を経て帰国、という4−5年に人格が形成されたらしい。

私は最近、高齢者の免許の書き換え講習に言ってきたが、指導員に『森田さんは、同年輩の皆さんの中では、抜群の運転能力と身体能力をキープしているが、若い人に比べると、半分の身体能力です、気をつけて謙虚に運転して下さい」と言われました、良いこと言うねえ、参りました。

技術コンサルタントの世界 2015.6.23.
「現場の力」

自他共に許す、すれっからしのシニアである私の、今一番興味あるのは見学会です。
工場見学でも、公共インフラでも、今の日本の現場は世界に冠たるもので、現場の人もグローバルな世界の様子をよく知っていて、頼もしい。

TVでも、事件があると必ず現場を映して解説してくれる、現場の人に喋らせる。
会社でも役所でも、多分現場の意見を方針に反映させることが、最優先なんだろうと推察している。

ただ、私のような組織に属せない一匹狼的な性格の人間からいうと、現場から組織を動かそうとか、本部から現場を動かそうと言う、面倒くさいことが出来ない欠陥がある。

政治家なんていうのが、私と反対の人たちだと思うのは、沖縄問題、拉致問題、北方領土問題など、辛抱強く現場の人たちの意見を聞いて努力していて偉いなあ、といつも思っている。

ただ、70年前に負けた戦争なんかは、対峙していた現場が始めてしまったらしいけどね。

技術コンサルタントの世界2015.6.15.
11日はコンペックスの例会で、マイクロリアクターの話を聞いて飲み会、12日は業界の仲良し5人で新橋で飲み会、13日は組合のニューシビルの会を終わって王子で飲み会、と続いたので、妻にバカにされています。

このところ、地方の人や若い人が組合の主張する独立・自営論に興味を持って、様子を見に会合に出てきたり、連絡してくることが増えており、面白いなと思っている。
同時に、老後は故郷に戻って暮らしたいと言うシニアも居て、にぎやかなことである。

講演会は海外の経験談に興味があり、マスコミの常識と違う話が特に好きだ、近未来の兆候の話も大好きで、株をやっているわけではないが、世の中に沢山出ている予測本とは違う、自分勝手な仮説をでっち上げるのが趣味なのです。

飲み会でも、結構社会の風潮が垣間見えてくると言うもので、立派に育てた子供が、何時になっても結婚せず、家から出て行かないと言う悩みを持つシニアが、沢山居るとか、故郷の親が弱ってきて、行ったり来たりが大変だ、という諸君も案外沢山居る、と言うことなど判ってくる。

技術コンサルタントの世界 2015.6.8.森田裕之

6日には39回の総会・パーティがありました、40名の参加者があり盛会でした。

神戸・坂東君や福岡・田口君という最近独立した若い人の参加もあり、大いに盛り上がりました。

総会には来なかったけど、名古屋の木村・斉藤君など地方の諸君が、我々技術士協同組合の活動に興味を持ってくれるのが、最近の傾向なのか?
我々としては、どう対応したらいいのか、考えなければいけない。

私は、技術士の独立・自営は先輩から直接・間接(観察)に教えてもらう以外の方法は無い、と見切っている、勉強したら出来るものではない。

組合の創設は、そういう場を提供していた、先輩の野武士の会(敗戦後の失業技術者)がベースになっている。

技術コンサルタントの世界 2015.6.4.
総会の季節です、私の会社も決算を終えて、貯金を下ろして税金を払ってきました、文句言いたくなるような、すがすがしいような気分です。

組合も先輩方に奉加帳を回して、グループ作りをした40年前から、「独立・自営」を看板にしてきたので、技術士資格者は何万人も居ると思うが、技術士協同組合員の名刺の表示や看板は、世間では自営業の技術者として認められていると、言ってくれた人が居て、私は嬉しかった。

MNBとATT研究会でお世話になっている、千葉工大の尾上先生か、11月に倒れられてから、半年たって完全復活されました、倒れた時からリハビリの経過を聞きましたが、人間の体の不思議さが、今更ながら沢山判り、驚いています、食事の質と量と体重や各数値の関係、いわゆる計測は何もしていない我々が、それなりの素人判断で飲んだり食ったりしているわけだが、死にかけた人の話は面白いし、役に立つ。
6日には組合の総会があります、古い付き合いの諸君には久振りに会いたいし、最近参加した諸君には、古い諸君を紹介したい、この商売では先輩と付き合うと、大いに役に立つと言うものである。

技術コンサルタントの世界 2015.5.24.
連休が明けて、会計事務所に出金伝票を袋一杯届け、医者で薬を袋一杯貰い、上野のマグリット展に出かけ、幕張のドローン展を歩き回り、周辺技術研の見学会・ジェコー株・
http://www.jeco.co.jp/product/index.htmlに参加して、23日は組合の例年イベント・独立開業セミナーで7名の参加した諸君と一日お付き合いをした。

マグリットは昔ヨーロッパで見たときは、不思議な絵描きだなあと言う印象だったが、今回ゆっくり見たが、我々の妄想を正直に絵にした人だったんだと、納得できた、我家の妻が絵描きなものだから、赤い手帳の私を連れて行くと無料になるので、よく出かけます。

ジェコーと言うトヨタ系列の2部上場の部品会社は、100Mx100Mの工場に、隅々までびっちり機械が並んで、看板方式で部品を作っていました、日本の国内で生き残っている会社の凄みをじっくり味わってきました。

開業セミナー参加の諸君は、自分の計画をステアりングメンバーの先輩達にコメントしてもらっていました、組合のホームページや出版物で予習して来たらしかったが、私の口癖である、技術専門家と技術コンサルタントの違いの具体的な話の理解が、よく出来たと、終わってからの飲み会で、何人かに話しかけられました。
独立・自営業が会社員の延長線上じゃないということがわかっただけでも、セミナーに参加した意味があったというものでしょう。

技術コンサルタントの世界2015.5.11.
なんとなく連休が終わり、来週は一年分の領収書と出金伝票の整理をやらねばならない、8日の会合・コンペックス・内田世話人(化学・プラスティック業界の技術者グループ)では、日産OBの大場さんの電気自動車の話を聞きました、私は自動車大好きでエンジンのぶるぶる言うのか大好きなので、当分は電気になりそうも無いと、嬉しくなりました。

9日は発注者のエンジニアリング・藤田世話人では、澤田君の監視カメラの話を聞きました、2回目だけど、話題性十分な最新のテーマなので、面白かった。

9日後半のニューシビル・高堂世話人では、話題の免震偽装の話を根本君が解説、これから独立する新人の塚原君が、これから自分がやっていこうとしている分野の話をしてくれました。

去年ぐらいから、組合の1週、2週の土曜日の定例会の参加者が増えてきて(団塊世代の定年前後の諸君)先輩としては、大いに張り合いがあるというものです。

独立前に色々考えている事は、良くわかるが、所詮『畳の上の水練なので」、世の中中々自分の思うとうりにはいかないぜ、というのがいやみなシニアの弁です、とはいえ
そういう先輩方の前で、自分の計画や夢を聞いてもらうと言うことは、いろんな意味で意義のあることですから、ネットワーク世話人の菅野君に、遠慮なくアピールしてください。

技術コンサルタントの世界 2015.5.5.

5月2日の新規開業支援研究会に参加した、これから独立・自営を始めようという希望を持った諸君には、石川君の話は大いに参考になったと思う。

石川君は大手の電機メーカーで役員の手前くらいの管理職で定年になり、組合に参加して15年間技術コンサルタント業をやり、稼いだ分は趣味の海外旅行につぎ込んで、十分楽しんだので(沢山の写真を見せてくれた)、第2の定年を考えている、と言うことだった。

これまで石川君のように、一回目の定年でしっかり考えた人は、第2の定年について明確に『宣言」出来るんでしょう、仲間内ではあまり聞いたことが無かったので、大変新鮮に聞きました。

私を含めて、若い頃から独立・自営をやってきた諸君には『目から鱗」のテーマで、今後最近独立してうまくいき始めた諸君ばかりでなく、技術コンサルタント業の定年と言うテーマにも、話してもらえそうな人を探すことにしましょう。

技術コンサルタントの世界 2015.4.26.
独立・自営の技術士のよりどころとしての、技術士協同組合の構想を持って、先輩の所を奉加帳を持って回った頃、技術士会発足の頃の先輩・シニアがまだ沢山居ました。

事務局長の高田さんという南洋庁からの引揚者・役人OBの方も、会うたびに少しずつ技術士の歴史を教えててくれました、私が技術士は独立・自営のための資格だなどと、生意気なことを、あちこちでわめいていたので、気にかけてくれていたのでしょう。

敗戦後の兵隊さん、失業者、外国からの引揚者達がグループを作って、技術士という名前も試験も自前で考えて、世間に問うたのが始まりだったのです。

アメリカのPEの全国大会に、現在のJEFの井戸田さんと青葉君と一緒に参加して、PEがアメリカの大不況時代・1930年代に、失業技術者のグループから生まれたことも知りました。

役所が公共事業に発注者として税金を使うために、技術士資格を利用したのは、先進国にPEなどの実例があるので、国の制度として利用したのです。

先進国での資格技術者と、後進国での資格技術者とでは、いささか役割が異なっているが、独立・自営の技術コンサルタントの存在は必要不可欠であり、これからの日本は、グローバル世界にこういう人材を、沢山供給していく責任があると思っている。

技術コンサルタントの世界 2015.4.19.
周辺技術研究会の4月の見学先の、日本油機・http://www.nihon-yuki.co.jp/index.htmlと言う会社の見学をしてきました。

10人に満たない小さい会社ですが、プラスティックの成形用の部品・スクリューポンプに特化して50年くらいの歴史を持つ、業界でも有名な会社です。

独立・自営という我々技術士とよく似たビジネス・モデルなので、親近感があり、参加した諸君は大いに参考になったと思います。

見本市の季節がやってきました、色んな業界の見本市は、毎年出かけて出品のブースを見ていると、大体の様子が判り、大局的な判断の材料になるので、技術士としては欠かせないイベントです。

アメリカやヨーロッパの見本市に情報収集に出かけた4−50年前の日本のエンジニアだった我々の世代から見ると、現在の日本の会場では、半分くらいが外国のヴィジターと思われ、日本のグローバルな状況・立場がまったく変わったんだ、としみじみ考え込んでしまった。

技術コンサルタントの世界 2015.4.9.
「桜区のプールの窓の花見かな」、私は独立・自営を開始した1973年ごろから、たいてい毎朝泳いでいるが、ここ12−3年は桜区のプールに通っている、荒川の近くの新しい区で、その名のように、桜並木が周辺や道路にびっしりあり美しい。

最近、大塚君のグリーンウェイが売り出した、家庭用の『水耕栽培」の器具を買ったので、2−3日前から、自分で焼いたパンに使うレタスが自前で採れるようになった、これがなかなかうまくて気分がよろしい。

組合結成以来続けている、第一土曜日の独立・自営支援の会に、今月は20名も参加するようになった、団塊の世代が定年になるころだから、当たり前とはいえ面白い。

私は敗戦の年は満州で8歳で、10歳で帰国したが、経験からか以後のことはすべて「行き当たりばったり」で、結婚・就職・転職・独立も全部「出たとこ勝負」の夢も希望も無い人生を送ってきた、客観的に言うと「リアリスト」なのかもしれない。

それでも何時の頃からか技術士は「独立・自営」が一番いいぜ、という信念のごときものが、心の中に居座っているので、後輩の諸君にお説教をしているのである。

技術コンサルタントの世界 2015,4.4.
2日のコンペックスの会合では、プラスティック・マグネット通称プラマグの歴史を、協会の芳賀さんという私と同年輩の方に講演いただきました、冷蔵庫のドアや車の障碍者マークのワッペンでおなじみの製品ですが、見えないところでは、モーターやセンサーに沢山使われている、日本が誇る部品の一つです。

日本の工業のマップで世界に誇る特色は、原材料のメーカーが最終商品のところまで技術の研究体制を広げている所で、私は見学で日清製粉の研究所に行った事があるが、粉物(たこ焼き・ピザ・パン・たい焼き等・等)の研究室がズラーと並んでいて、女性の研究員が色んなテーマで研究していた。

プラスティックの材料メーカーは大抵大手の化学プラントだが、必ず材料の成型加工研究所が併設されており、成形加工機械がずらっと並んでいて、顧客の技術的な問題の相談に乗ってくれるシステムがある。

工作機械のメーカーも、研究所ではあらゆる工作機械がずらっと並んでいて、ユーザーの機械加工の問題解決サービスを売り物にしている。

私は、技術士が独立・自営を始めるにあたってのポイントの一つに、「発注者のエンジニアリング」と言う切り口・立場があるように思う、技術士が専門家としてサービスできる分野の市場開拓を始めるわけだ、サラリーマンをやりすぎた諸君が、パートのエンジニアが独立・自営業なんだと『誤解」しているのが、私には気に食わないことの一つなのである。

技術コンサルタントの世界 2015.3.21.
このところ、発注者のエンジニアリング研で議論したいテーマの出来事が、新聞をにぎわせている、東洋ゴムの免震ゴムの話と、タカタのエアーバッグの話で、共通するのは事故が起きてから、調べてみたら性能が悪いと言うことじゃなくて、設備している製品が規格に達していないと言うことのようだ。

免許証の書き換えの研修会への呼び出しとか、高齢者の検診の呼びかけとか、お前さんは年寄りなんだよと言う、お役所的な親切な通知があり、結論は同年輩ではなかなか元気だが、若い人に比べると身体機能が断然劣っているので、用心して暮らしなさい、と言うお説教をいただきました。

11月に病気で倒れた千葉工大・尾上先生が復活したので、4月からMNB(マイクロナノバブル)研、APP(大気圧プラズマ)研が復活します。

養魚場を襲う河鵜を追っ払うと言うテーマで議論してきた、セキュリティ・ロボット研が、4月から多分第3週の土曜日の午後に、王子のホクトピアに会議室をとって、ceaの研究会として継続することになった、興味ある人は様子を見に参加して下さい。

技術コンサルタントの世界2015.3.16.
私の第2土曜日は忙しい、午前中は技術フォーラムの月例会があり、決算の月なものだから、どうしても10年前にスタートした頃からの、回顧が頭の中をぐるぐるめぐってしまう。
グループ活動は10年くらい経たないと、世間の評価が確立しないものなんだろうが、理屈ではそんなものだと思っても、客観的にみたらたいしたことは無いのが、現実と言うものだろう。
午後は、発注者と言う立場と、受注者と言う立場の技術者の意見を、色んな分野の専門家に聞く・研究する会合が始まって3回目・藤田世話人になった、だんだん参加者が増えてきて面白くなりそうである。
3時からはニューシビル研・高堂世話人があり、監視カメラ・分析の専門家のびっくりする話が聞けた、映ってしまったら「変装」は意味ないみたいだ、この分野は大技術革新が進行中なんだね。

最近、少し先輩の坂本さんが小論文を送ってくれたり、会合で先輩が声をかけてくれたりするのが、非常に嬉しい。
独立・自営を開始した30台の前半くらいから、これまでのプロフェッショナル・ライフ(職業生活とでもいうのかね)に関しては、全部先輩を観察したり、教えてもらったものだから、そろそろおしまいの年齢・ステージになっても、先輩のことが気になるし、会いたい気分が無くならない。

技術コンサルタントの世界 2015.3.7.
不思議なことに、先週のバイオチップによるケミカル発電所の見学に続いて、今週の6日のコンペックスの講演が、バイオプラスティックの最新動向というテーマの話を聞きました。

大手の化学会社のOBの話だから、冷静な分析で、昔と同じで石油・ガスが有限でいつかはなくなるからと言う前提で、大手の会社がわかっていて、お遊ぶでやっている事業と言う風に聞こえた。

最近の独立・支援研究会での、私の新人諸君への提言である「大きなものの見方」が出来ないと、技術の専門家というだけでは、独立・自営業者として長いこと生きていけないよ、と言うテーマの一つである。

今日の定例会・独立支援の会も20数名の参加者があり、団塊世代の諸君がいかに沢山いるかが判る会合だった、なるべく色んな人の話を聞くのが役に立つので、少し続けて参加して、自分なりにやり方を考えると言うのが、オーソドックスだけど、多くの先輩方がやってきたことである。

技術コンサルタントの世界 2015.2.24.
19日には、周辺技術研の工場見学で、白岡にあるバイオマス燃料の発電装置(高橋製作所)をみてきました。

埼玉技術士会の皆さんの紹介・案内でした、原料に木材業界の廃棄物ということで、地方の役所や政治家への市場開拓に努力していると言う印象でした。

技術的には、単純に燃料としてじゃなく、蒸し焼きにして一度炭にして、水素を発生させて電気を起こすと言うプロセスで、化学式の発電装置が売り物です。

私の意見では、発電の燃料の歴史から、木材・石炭・石油・ガスの運賃を含む値段によって、今日の石油・ガスの時代になってきたので、石油・ガスが有限で代替原料を考えるべきであると言う意見・運動は、あまり信用しない方がいいという意見である。

20日には、コンビーフ缶をタイで製造して、世界に売っている高橋宏太郎さんと、千代田化工のOBで、外国取引の契約書のコンサルタントをやっている松本俊次さんと、半年振りに昼ごはんを食べました、3人は1973年頃の同じ頃に独立・自営を開始した技術士仲間で、高橋さんがたまに日本に帰ってくるときに、食事をすることになっている。

21日には、ロボット研究会・梶世話人が、浦和駅前のパルコであり、養魚場の河鵜を追い払うロボットの開発を議論してきたが、他にも色々テーマが出てきたので、組合の定例の会合にして会議室を確保し、参加を呼びかけることにした。

技術コンサルタントの世界 2015.2.16.
最近、ナノ・化学研究会の世話人の伊澤君が、シニアの会と言うグループを作って、活動を開始したので思い出したが、私が独立した1973年ごろに、独立・自営のすべては先輩に教えてもらうしかないな、と言うことに気がついて、若かった私が技術士会で知り合った先輩方を集めて、シニアの会と言う月例会をスタートしたのが、技術士協同組合の原点である。

当時の独立・自営の先輩方は、今考えても個性的な人たちで、特に面白い先輩は、自宅訪問して、その秘密を捕まえてやろうと思ったりした。

反面教師だと、ああはなりたくないなあ、と思った先輩も勿論居たのだが、最近私が独立支援の会合で新人諸君にイラついて喋る態度は、あの頃の先輩とそっくり同じで、いやみな爺そのものである。

世の中ではとっくにシニアのレッテルを貼られている、団塊の世代の会社の定年前後の諸君が、独立・支援の会に急増しているが、技術士のグループではまだまだその上の世代のシニアが活躍しているので、若くして独立する技術士諸君と張り合うよりは、自分より年上のシニア世代から色々教えてもらった方がいいと思う。

技術コンサルタントの世界 2015.2.7.
最近読んだ本によると、2000年位前の地球は温暖期で、今より10メーター位海面が高かったらしい。

当時の覇権国・中国側である、九州の福岡・長崎あたりや、山口・島根・鳥取・福井に住む日本人は船による交易で、飯を食っていたらしいと言う仮説で、中国の古文書によると,倭の国の(刺青とふんどしで有名な)海人族といわれていたようだ。

造船の歴史や遺跡の発掘などから、我々の先祖の生活が浮かび上がってくる、昨年妻の友人を訪ねて、京丹後市に出かけて、ついでに福井や琵琶湖の周りをドライブしてきた。

丹後半島の海辺で沢山の舟屋という、今でも自分の船で学校に行き、買い物をして、勤めに出かける、海人族の子孫が沢山居ることを知ってびっくりしたし、大消費地の京都の吸い物の昆布だしや、有名なさば街道なんかも、日本海側の運送業者や商社としての海人族に支えられていたんだと感心した。

船での輸送は、国中に運河を張り巡らせると、今でも通用する大・省エネルギー・テーマじゃなかろうか?

技術コンサルタントの世界 2015.1.29.
森田裕之です、諸君はとっくに知っていたでしょうが、宇都宮君・化学に、シェールガス原料によるガス化学産業の変化について、教えてもらいました。

アメリカのブローをやっている知人が、半額になる強化PEで、オールプラの自動車になるんだと、張り切っていました。

日本の新しい公共投資の筆頭は、メタンハイドレードの発掘と、全国にパイプラインを敷き詰めることじゃないかねえ?

エンジンも主流はガスエンジンになるだろうし、今年の勉強会のテーマは、ガスのエネルギー革命の関連テーマで決まりだね。

宇都宮君のメール貼り付けー

森田さん

ポリエチレンの原料であるエチレンがシェールガスからだとナフサからの3分の1から5分の1という記事があった。
ネットで「石油化学から天然資源化学へ」で検索すると旭リサーチセンターのレポートが出てきて27ページから30ページに関連記事がある。
シェールガスはメタンが大部分、エタンが少し、プロパン以上はもっと少ないので、ナフサクラッキングにくらべ優位性があるのはエチレンまでの
ようだ。プロピレンの場合メタン→メタノール→プロピレンのような触媒反応も一部実用化されているが、2工程かかるのでナフサに比べ優位性はそれほどでもないと思われる。
ベンゼン環を含むものはなおさら優位性にとぼしく中国では石炭化学でやろうとしているみたいだ。
C1(カーボン1個)ではシェールガス圧倒的に優位、C2エチレン誘導体、ポリエチレン、エタノール、アセトアルデヒド、エチレングリコールでもかなり優位、
C3,では優位性少なくC4(ブタジエンなど)、C6以上ベンゼン、テレフタル酸などは全く優位性なしといったところでしょうか。
いずれにしても日本の化学工業は大幅見直しが必要になりそうに思う。信越はアメリカで塩ビをやっているから、一層優位になるでしょう。

宇都宮

貼り付け終わりー

技術コンサルタントの世界 2015.1.25.

年賀状で先輩・黒澤さんに、技術士会のスタートの頃の話を講演して下さい、とお願いしていたが、5月の総会か、独立支援研究会の拡大(年に一度の)シンポジウムあたりに、実現するかもしれない。

私も技術士会に参加始めた頃(1970年の始めごろ)には、独立・自営の先輩方のなかに、技術士会設立した頃の方が何人もいらして、お話を聞いたものです。

時代が、敗戦後の外地からの引揚者や兵隊さんのOB,失業者の中から生まれたことは、間違いない事実だと思う。

私が当時の青年技術士懇談会の仲間と、組合の設立を発想して、奉加帳を持って回った時に、快く賛同してくれた先輩方は、独立・自営の皆さんだったことも、現在の組合の活動・勉強会の基本で、要は「独立・自営の後輩を育成する」と言うテーマを追求している。

技術コンサルタントの世界 2015.1.19.

17日のJEF・会議室での業務委員会にでてきた、JEF・専務の井戸田さんが、日本の部品工業は世界一であることは、世界が認めているのだから、世界に日本の部品産業のバイヤースガイド(buyers guide)をネットで発信したらどうだろうか?、普通日本のメーカーは自社の顧客向けに紙の本のバイヤースガイドは、年に一回発行しているが、業界全部とか、日本全部というのは、膨大になってネット検索以外は、考えられないが、組合のメンバーが分類・編集してくれませんか、と言う提案があり、議論になった。

組合のメンバーは、色んな業界で飯を食っているのだから、自分の属している業界の会社に、『動画プラス、バイヤー・発注者に知ってもらう自社の製品ガイド」を、JEFに投稿・
http://wkx21c.org/ してもらって、これを集大成・編集して世界のバイヤー・発注者に見てもらうようなプロモーション活動をする、と言うような結論になった。

私の業界はプラスティックの業界だが、ここでのグループ活動は色々あるが、まずはコンペックス・内田世話人に相談してみようということになります、色んな業界にはそれぞれ既存の工業会・見本市・新聞・雑誌などあり、それぞれが紙の情報からネットの情報へと、転換を図っているが、見本市なんかをずっと見てきたシニアとしては、こういった団体活動は斜陽・縮小の時代になったなとの感慨がある。

月の第4週の『業務委員会・岡世話人」では、JEF(の会議室で)との共同作業を議論していくので、色んな業界に生息している会員・メンバー諸君の、積極的な参加を期待している。

話はずれるが、私の経験から言うと、日本の部品工業の強さの秘密の一つに、原材料メーカー(は普通大企業)金属・化学・機械等のエンジニアのサポートが非常に大きい、事が知られて居ない。
日本の会社のエンジニアの特性として、常に発注者サイドに顔を向けて働いているのである。

技術コンサルタントの世界 2015.1.12.
正月に亡くなった従兄弟の葬式が10日にあり、組合発足以来の独立・支援の会に、少し遅れて出席しました、その後の新年会まで10人くらいの諸君と、付き合いました。

正月は暇だったので、人間の物語・ストーリーということを考えていました、従兄弟は土浦の電気屋の3男でしたが、多分就職ということはしたことが無くて、地元で塾を経営したり、プレファブ住宅メーカーの代理店をやったりして、多分地元には多大の貢献をした一生だったと、理解しています。

長いこと独立・支援の会合で、自己紹介の長いのから短いのまで、数限りなく聞いてきたが、独立して長く続けているような諸君の自己紹介・物語は、たいていが面白いというか、印象的だったような気がする。

正月にもらったcea諸君のメール・賀状の中で、強烈な印象を残したのは、何年かぶりに突然電話してきた、梅原君の情報・玉子の黄身と白身を逆転させる機械の開発完了、とこれに早速反応した、市場開拓・営業コンサルタントの河北君のメールでした。

毎月の第一土曜日の午後一番から開催している、独立・支援の会合には、必ず最近独立して、飯が食えるようになった諸君の長い自己紹介と、これから独立したい諸君の短い自己紹介をやることにしている。

私のような古くからのシニアの諸君には、あまり昔の自分の独立話はしないように、会の運営を心がけている、時代の変化も有るだろうし、これから始めたい人には、直近の先輩の話が、一番参考になるだろうと思われるからである。

5月23日(土)には、年に一度の「独立養成講座」をやりますが、講師陣には若い頃から独立・自営を始めた人、定年後に技術士事務所の看板を上げて始めた人、取り混ぜて、受講者に対応することになっている。

日本の電気代を安くする、というテーマは言い古されていて、先端技術大好きな技術士諸君には、「フン」と言われそうだが、今年は我々が世の中に提案できそうなテーマを、構築できれば、やってみようと思う、ケーブラッシュの増田さんの情報、6−70度の低温熱のパラフィン・ベローズポンプによる回収、帝石のパイプライン、東邦大学・鈴木教授の超高圧水の発生装置などがあるが、興味ある人は参加して下さい。

技術コンサルタントの世界 2015.1.1.
明けまして、おめでとうございます。
30日の我家の餅つきは、一日中快晴の天気に恵まれ、延べ6−70名の参加を得て、無事に終わり、いつも来てくれる諸君に加えて、最近独立支援の研究会に参加した新人が4名も顔を出してくれました。

実際の行事は、餅つきも台所も、我々夫婦の親族や次男・三男の家族・関係者が進行してくれるので、私はもっぱら食べることと、お酒を配ったり、会話を楽しみました。
新人の諸君には、どうして私が組合を作って、「技術コンサルタントの世界」というテーマで、ホームページの巻頭言を40年も書き続けているのかという話を、最近の小保方さんの話題に引っ掛けてやりました、我ながらしつっこいとは思うけど、勤め人を永年やりすぎた諸君には、判らないらしいので、しょうがない。

いつもお正月は、近未来を予測する類の本を買い集めて読むのが恒例になっているが、これまでの実績は、日本の未来を楽観する見方が圧倒的に勝ってきていて、悲観派の論者は減ってきてはいる、私は別に投資のために読むわけではなく、単なる好奇心の延長と、自分の目測とのすりあわせというような、永年の習慣になっている。

今年の展望といっても、もともと組合は技術士資格者の中でも、きわめて少数派の独立・自営者のグループ活動なので、大きな話があるわけではない、うまくやっている先輩を後輩がよく観察して、自分なりの生きていく道を確立することに、少しでも助けになれば良いんじゃないかと思う。
月例会はそういった意味で、組合に参加している100名位いる独立・自営の先輩がかわるがわる出てきて話をしてもらう、という新人には重要な行事をやっている、ということだ。


技術コンサルタントの世界 2014.12.27.

休日の23日には、今年最後の忘年会があり、銀座に出てぶらぶら散歩しました、一寸元気な爺さんを目指した一年でしたが、面白かったし、悪くない年だったと思います。

24日からは、家の中の整理や掃除とは思っていたのですが、気分が乗らず、相変わらずプールに行ったり、図書館に行ったり、パソコンの前で居眠りをしていたので、25日には妻に誘われて、森ビルでやっている、ティム・バートンの世界・http://www.tim-burton.jp/を、福島の親戚と一緒に見に行きました。
ティム・バートンの映画は見ているし、LAの息子の所に行くと、皆が知っているハリウッドの有名人なので、色んなキャラクターにもなじみがあって、懐かしかった。

我家の年中行事の最後を飾る30日の餅搗きは、今年も何とかできそうなので、天気予報が気になっていたが、どうやら悪くなさそうなので、道具を取り出し、仕込みの材料を手配し始めました。

長男が幼稚園の頃に、今ある道具を買い揃えてスタートしているので、45回位やっているが、一回だけ雨降りで延期したことがあったけど、30日の天気はいつもいいことになっています。

組合の会合などで名刺交換をした皆さんは、是非見物がてらに来て下さい、場所はJR・北浦和で降りて、浦和高等学校の正門の前まで歩いたら、電話してくれれば迎えに行きます。
実際の作業は、2人の息子やその友人達がやってくれるので、私はもっぱら掛け声と接客で朝から飲んでいます。

技術コンサルタントの世界 2014.12.21.
第2土曜日の午後の恒例の会合では、新しい研究会・勉強会のテーマが出てきた、新規開業の会合に参加した新人諸君は、それほど時間的な負担も無いことだから、積極的に世話人を志望するとか、ステアリング委員に参加してみて欲しい。

18日には、千葉工大・尾上先生の紹介の、東邦大・鈴木先生の研究室を見学してきました、ガス燃焼室のエネルギーを集中して、水パイプ内に衝撃波を作り、金属板の曲面成形や、船のバラスト水の清浄化などの応用実験をしていました。
岩石の粉砕実験も経験されたとの事なので、私はシェールガス発掘やメタンハイドレードの粉砕に応用できるのではないか、と提案してきました。

19日には、私は昔付き合ったことがある、川口にある小原歯車の工場見学が、周辺技術研究会のイベントとしてあり、9名が参加しました。
標準歯車の在庫・即納体制が出来上がっていて、グローバルにも体制が出来ている、きわめて優秀な会社です。
私の判断では、1.歯車技術の追求などという技術者的な方向をとらなかった、2.私の経験では、アメリカでは標準歯車は、コストコのような巨大自動倉庫で売っていましたが、小原の川口がその役目を果たしていて、8割がたが巨大な倉庫在庫のスペースでした、世の中の在庫を最小限にするという常識に反対して成功していました。
3.自動車会社の量産注文には、対応せず、産業機械レベルの数量にのみターゲットを絞っていること、も立派なやり方だと感心しました。
それでも、売れ筋には、中国のメーカーが競争をしてくる時代になってきているそうです。

私は、現在、日本国内で物作りをしている会社は、もうそれだけで優秀な経営者の会社だと、改めて感心しています。

技術コンサルタントの世界 2014.12.10
在・ミラノのアニメーター・湯崎芙紗子さんは、妻のクラスメートで、NHKの子供番組に粘土がむくむく動くアニメを供給していて、毎年日本にやってくるのに付き合って、温泉めぐりをしている。

今年は1,2日に福島の玉子湯という硫黄の温泉に行ってきました、雪が降りなかなかの風情でした。

5日には、伊澤君の提案による、シニアの会の第一回の会合を、銀座・交恂社でやり、副島隆彦門下の石井君に「何故日本だけ、植民地にならなかったのか」という、明治の賢人達のグローバル対応について、話しをしてもらいました。

シニア9名、福沢諭吉が何故銀座に交恂社を作ったか、という話まで聞いて満足したというメールを何人か貰いました。
13日のニューシビルの会では、石井君に少し角度を変えた話をしてもらうことになっています。

6日の独立・支援の会合で、私は技術のエキスパート・専門家と、技術コンサルタントは少し違うんじゃないかなあ、ということを、大きな声でつぶやきました。
このことは、書いたり、主張したりするようなことではないので、独立希望の諸君や独立したての新人諸君に、お話しはすることにしています。

技術コンサルタントの世界 2014.12.1.
11月28日に、APP研の見学会で、尾上教授のご紹介による、東邦大学・鈴木研究室の・http://www.sci.toho-u.ac.jp/env/lab/3245/index.html見学と、鈴木先生の講演を聞いてきました。
私は、中でも、〈衝撃波工学分野〉の、● 連続型衝撃超高温・超高圧発生技術の開発の機械に大いに興味を抱きました。
中身については、組合のM/Lやメンバー諸君に沢山メールを送ったので、ここでは省略するが、 私は日本近海にあるというメタンハイドレードの氷を採掘するための技術に利用できるんではないかと考えた。

22日のJEF会議室でのhttp://wkx21c.org/・技術動画の投稿・審査委員会では、6−7名のcea・組合の諸君が協力してくれて、世の中にも知られてきたらしく、役所からもJEFの担当者に、期待しているというコメントが来たらしい。
色んな分野の会社のPRだから、審査のサイドももう少し色んな専門分野の諸君の参加・協力が欲しいところである。

技術コンサルタントの世界 2014.11.21.
工場見学に特化している周辺技術研究会・伊藤世話人の11月例会で、東松山にあるボッシュの見学に参加してきました、14名参加者があり、技術士は3名あとはこれまで見学を受け入れてくれた会社からの参加者です。

私は工場見学が大好きで、スケジュール最優先で見に行くことにしています、ボッシュは旧・ジーゼル機器でジーゼルエンジンの噴射装置の世界的なメーカーです、世界中に工場がある会社だから、為替の変動などに対応して、設備や従業員をいかにフレキシブルに対応するかというのが、経営の最重要テーマだということが、よくわかりました。
こういう工場が日本に残れるような政策の一つが、最近の日銀の黒田総裁のバズーカ・円安政策だったんだと、良くわかりました。

地元で一番の会社ということで、東松山の人たちも、この会社の状況に一喜一憂しているということも判り、改めて工場見学は勉強になるなあと、痛感した次第です、技術専門家から技術コンサルタントを目指す、新人諸君も是非見学会に参加して、見識を広めてください。

技術コンサルタントの世界 2014.11.11.
第一土曜日の定例会で、団塊世代の最近参加し始めた人が、
「技術士、独立・自営のススメ」という、我々が出した本
を知らなかったので、情報として載せておきます。

10年近く前に出した本だが、これまで第一土曜日に参加する人は、大抵読んできているらしいので、会合ではもう少し突っ込んだ本音の話を、聞いてもらおうと心がけている。
若くして独立した人、定年から始めた人、が正直な所、本音の話をしてもらうように、お願いしている。

技術コンサルタントの世界 2014.11。5.

11月1日の独立・支援の会、第一土曜日・13−15時での、平田君・塗装の話は、出席者諸君の参考になっただろう。

塗装分野の技術コンサルタントには橋本肇さんという大先輩が居て、新宿の歌舞伎町に事務所があり、茨城に研究所を持ち、沢山の従業員を抱えていた、若かった私たち(青年技術士懇談会)には、憧れのコンサルタントだった。

平田君は私より2回りくらい若いが、10年位前から独立自営を始めて、塗装の不良率改善をテーマに、ブログ・ホームページを活用した営業・市場開拓に成功している、若手のホープである。

10月25日15時ーの業務委員会・第4土曜日(会議室はJEF)も何回か続いたので定例会らしくなってきた、投稿される技術動画の評価・審査の仕事があり、色んな分野・業界からの投稿を、専門分野を表示する技術士が取り組むのにふさわしいと考えて、組合の諸君に呼びかけている。(私は組合諸君の市場開拓に利用したら良いと思う)

JEFのサイトを見て、興味を持ったら、第4土曜日の15時ーにJEFの会議室・赤坂溜池の地下鉄を出た所の、アドレスビル・5Fに来て下さい。(11月29日15時ー17時)

10月28日には、プラスティック見本市・幕張に出かけて半日歩き回りました、私のようなシニアにはありがたいことに、展示ブースは沢山あるけど、例年通り、あまり変わり映えが無くすたすた歩いて、何人かの知り合いと挨拶をしたり、コーヒーを何杯か飲んで来ました。

技術コンサルタントの世界 2014.10.29.
幕張で開催されているプラスティックの見本市に行ってきました。

1961年に最初に就職した川鉄をやめてぶらぶらしていた時、浦和の実家の直ぐそばの小さな機械屋さんが、大きな機械を見本市に出しているのを発見して、面白そうな機械を作っているんだなあと、機械設計をやらせてくださいと売り込んで、就職して以来、この業界で50数年ご飯を食べてきたので、かなりグルグル歩き回るのだけど、疲れないし楽しい。

知り合いの会社で、コーヒーを飲みながら、若い諸君に最近の話を色々と聞くのも、シニアにとって大切な時間でした。

シニアになって、工場見学が一番面白くて勉強になる、大抵の会社は世界につながっているので、世界の状況はネットやパブリシティより断然早いし、深い。

その次が見本市だろう、同業他社の様子は営業の若い人が一番よく知っている、最近技術士になりたての新人諸君に繰り返し話しているが、発注者のエンジニアリングというコンセプトでの切り口が、世の中・業界を理解する一番わかりやすい方法なんです、見本市は色々教えてくれます。

技術コンサルタントの世界 2014.10.15.
11日の技術フォーラムの月例会では、原田理事長が欠席だったので、私が司会をしました。
新入会員に、エネルギーの福本君、農業の土屋君が参加してフォーラムの活動に興味を表明していました、会社員OBの諸君は、グループ活動への溶け込み方が上手なので、あまり心配はしていません、先輩のシビルの領域を広げる活動をしてくれると、有り難い。

14日には、交恂社の講演会で、帝国ホテルに行って来ました、「日本の進むべき道」と言うテーマで、桜井よしこ、西室泰三・日本郵船社長、古森義久・産経新聞、山内昌之・東大、宮家邦彦・キャノンという、どちらかというと保守派の論客達でした。

外国との付き合い方の議論なので、保守もリベラルもあまり関係ないんだね、遠いアラブや東欧の話よりも、「中国とどう付き合うか」、に話が絞られてきて、経済的な面から、自由・民権・民主主義と言う政治的な面から、現在の覇権国アメリカからの見方、オバマと言う最低の大統領で世界がどれほどの混乱に陥っているか、と言うような大きな話を久振りに聞いて、すっきりしました。

独立・自営業者の弱みは、自分のやっていることが、マクロに客観的にどういう意味があるのか、判っていないような気がする、飲み会などで仲間と忌憚の無い議論が出来るように心がけてはいる。

技術コンサルタントの世界 2014.10.7.
1961年の7月に、6月に貰った川鉄のボーナスを懐にして、御嶽山の山小屋に10日ほど泊まって、帰宅して近所の知り合いの30名ほどの小さな機械屋さんに、設計者として就職した若い頃を思い出している。

最近、色んな会合で会話した若い独立した諸君、国井君・機械設計、関君・機械、メールのやり取りだけど、沖津君・化学、秋元君・化学たちの意見に感心して頼もしく思っている。

4日の独立・支援の会の、力武君・情報の講演は圧巻だった、コンピューターの先端技術、バイリンガル、独立・自営、と言う3重苦を抱えて、元気よく生きているのは、感動的だ。

単純な自己紹介の会合だと、8割がたが定年後の諸君で、それぞれ立派なことを述べてくれるが、私はあんまり面白くない。

私は子供の頃から、指図をされるのが嫌いなお陰で、上司を持ったのは、川鉄での一年間だけだった、懐かしい気がしないでもない。

技術コンサルタントの世界 2014.9.26.
1970年頃、私が技術士会に参加して、機械部会や青年技術士懇談会に出てみると、先輩はほぼ独立・自営業者で、設計事務所、試作業者、コンサルタントを看板にしていた。
先輩の話を聞けば聞くほど、技術士という資格は、独立・自営するための手段である、と思い込むにいたった。

国家資格に認められる以前の技術士会の設立メンバーの中には、敗戦後に職を失ったり、軍隊からの失職者、外地から引き上げてきた技術者が沢山居ただろう事は、飲み会などでの話の中で、ひしひしと感じられた。

アメリカでの仕事を沢山やった時期があり、PEとの付き合いが出来て、PEの年次大会にも参加して、アメリカの技術者の制度の勉強もしたことがある。

日本の技術士会をPEの会に変更したときには、総会で反対演説(と言う程大げさじゃなかったけど)をしたが、会員の賛成は得られなかった。

cea・組合での私の後進の育成という役割は、敗戦後の失業・技術者の相互扶助の細々とした伝統を、受け継いで次世代に残していくことにある。

技術コンサルタントの世界 2014.9.17.
10日は、埼玉技術士会の見学会で、越谷にある日本エレベーターの工場見学に行きました、一時新聞をにぎわしたシンドラーとかヨーロッパの会社や技術とつながっているらしく、長いシャフトはスイスからの輸入品との事でした。
公共事業がマーケットで、議事堂や役所、お城や博物館、図書館なんていうのが、沢山の納入先の写真に出ていました、面白い中小企業です。
県の技術士グループ諸君は、半分くらいはシニアで顔見知りが居て、声をかけられ挨拶に大忙しでした。

12日のコンペックス研究会には、ボストンのハーバードやMITの先生を経験した、蝦名さんというドクターが、ボストンの街・学問と観光という、思いも寄らない組会わせの話を講演してくれました、後の飲み会で隣に座ったので、私のアメリカ体験の話を聞いてもらって大いに盛り上がりました。

13日はニューシビル研で、久振りに発明家・鐘ヶ江君の面白いシートセンサーの話や、小林君のTV業界の視聴率がベースになっている番組の作り方で、コマーシャルと言う視聴者には、あまり関係の無い時間に如何に振り回されているかと言う、聞いてみれば納得できる裏話を聞きました。
技術士仲間は、よくよく話を聞いてみると、面白いことやっていたり、考えていたりして、定例会はいつも楽しみである。

技術コンサルタントの世界 2014.9.8.
技術士資格者への『独立・自営」を支援する研究会は、組合の設立の目的でもあり、1976年来毎月第一土曜日の午後1時半から2時間くらい、最近独立した先輩の話を聞くことを続けている。
日本の社会を変えてきた、団塊の世代の技術士諸君が、話す方と聞く方の大半を占める時代に突入した。
私の世代では、独立・自営というと、比較的若い、会社の定年前の技術者が、世間的には少数であるが、グループを作って、色々な業界で生きていく道を切り開いていくと言うイメージがあった。
技術士事務所という看板は、先輩方が専門家としてコンサルタントとして、間違いの無い立派な人たちだという実績を、世間に広めてくれたと、今更ながら感謝に耐えない。
最近の諸君の自己紹介を聞いていると、会社の定年後も勤められるだけ勤めた後の『シニアの暇つぶし」、お金には困っていないし、お役に立つようだったら、声をかけてください、と品の良い諸君が多い。
今の所組合は、グループ運営の原則から言うと、出来れば若い人、ハングリーで市場開拓にがつがつ活動する人、小グループの世話人を引き受ける人が不足している。

技術コンサルタントの世界 2014.9.3.
千葉工大・尾上教授の所でやっている、マイクロバブルとプラズマの研究会が合同で、藤田君に世話になって、8月28日箱根のパビーラ本田というリゾートで、昨年に続いて2度目の消夏会をやりました。

委員会もそこそこに、カラオケが始まり、メンバーそれぞれの世代の歌があり、同期の連中の集まりとは違う楽しみがあった。

29日は銀座の交恂社で、18日とは違う同期の連中との雑談会があり、元気な爺さんとは何だろうという共通の話題が論じられました。

30日は技術フォーラムの3ヶ月に一度の講師の話を聞くイベントがあり、野本君の紹介で佐々木隆馬・技術士さんという北本の公園の管理をしている「虫」の専門家の話を聞きました。
子供の頃は誰でも虫が好きだったわけで、半分ぐらいは判る話、半分は新鮮な話で、改めて一度は、佐々木さんの公園に孫を連れて行ってやろうと、思いました。

今年の夏は、日本が亜熱帯になったかの様相で、大災害が頻発して、ニュースを見るのが嫌になる日が続きます。

技術コンサルタントの世界 2014.8.28.
ミラノ在住の妻の友人2人と四国の松山の温泉に行ってきました、広島から船で瀬戸内海を少々見物したり、レンタカーで46番・浄瑠璃寺と51番・石手寺を見物し、お遍路さんと話をしたり、ふなや旅館という古い温泉宿に泊まって、いさにわ神社と言う道後温泉の守り神にも挨拶をしてきました。
湯崎芙紗子さんは、アニメの世界では有名人で、粘土がムクムクと動く手法を発明して、NHKでも子供の時間のイントロによく使われているから、見た人も居ると思う。

18日には、大学の友人達6名で、銀座に集合して、「消夏会」ということで、昼間にビールを飲み、散歩をしてコーヒーを飲み、機嫌よく帰宅しました。
同じ年配の友人は、自分を鏡で見るより正確に自分の姿を見ている気がして、一年に何回かは会いたくなる、不思議な縁というものだ。

技術コンサルタントの世界 2014.8.11.
猛暑である、一日中クーラーのお世話になって、気息奄々としている、我ながらひ弱になったと思うが、台風の激しさもそうだが、気候が熱帯性に変化したのじゃなかろうか?

定例の第2土曜日のニューシビルでは、中央大の国生先生の、大洋上の巨大なソーラー筏の提案を聞きました、大分前から話には聞いていた提案だけど、なかなかスポンサーがつかずに、試作までいたっていないとの事、身につまされる話でした。

その後の発注者のエンジニアリングは、役所と業者の話から、自動車と部品の話などに展開して面白くはなってきたけど、どんな纏め方になるか、本を書くか、研修会・技術者教育の企画として世の中に提案していくか、色んな分野の技術士に話を聞いてみたい気がする。

私はメーカーに10年居て独立・自営を始めたが、色んなユーザーから声がかかって、専門家と言うよりは、発注者・受注者に対しての技術コンサルタントという立場があるなと判断して、今日まで生きてきた。
これから始める新人諸君も、思考実験・シミュレーションしてみることを、お勧めする。

技術コンサルタントの世界 2014.7.27.

26日(土)には、技術フォーラムの新人研修会があり、11名の諸君の参加を得て、王子のホクトピアで半日お付き合いをしました。

技術フォーラムは自治体の監査業務の技術的な側面の業務に特化しており、NPO参加者の教育・陪席の体験などを実施して、質の高い技術コンサルタントの育成に力を入れている。

これまでは、技術士のなかでも、いわゆるシビル分野の諸君の仕事だと考えられてきたが、私はこれからは民間の経験ある技術士諸君にも、参加してもらい、業務の範囲を拡大してもらいたい。

参加メンバーは組合の第一土曜日での「独立・自営セミナー」で会った事のある顔が多いのと、案外若い会社員現役の諸君も来ていて、会社大好きだった我々世代とは、大分世の中変わってきたんだ、と嬉しくなった次第です。

技術コンサルタントの世界 2014.7.20.
17日には、卒論の仲間の村木君の墓参りに、青梅に出かけた、彼は40歳の始めごろに肺がんで死んだのだが、同じ年頃で100名卒業した機械科の同級生が4名死んでいる。
 
いずれも、今考えれば日本が発展途上の猛烈な成長期(バブル膨張期)で、誰が命令したわけでもないのに、勝手に猛烈に働いた連中が、くたびれて死んじゃった、と言うのが、私のようなひねくれものの、当時の見解でした。

18−19日には、ナノ材料研の年次大会が、米沢の山形大学であり参加しました、プラスティックの産/学の会合で歴史があり、昨年岐阜に帰郷した、100歳の高嶋直一さんが会社を定年になった頃に、私や雑誌の編集者だった石坂さんと言う変わり者達が、発起人になって作った化学会社OBのグループ活動でしたが、最近は会社や大学の現役のエンジニアが多数を占めています。

以来、グループリーダーは伊澤慎一君(旭化成)で、今年から西さん(東大ー東北大)に変わったけど、伊澤君がシニアの会というのを作って、年寄り向きのイベントを考えることになりました。

伊澤君は私と同じ年齢で、満州引揚者だけど、私と違って中国大好きで、大学で教えたり、企業のコンサルタントもやっています、長年の論敵です。

今回、幹事が気をきかせて、最年長の我々を同室に寝せてくれたので、中国の話になりました。

今回初めて、伊澤君が中国人に好きな人が沢山居るけど、中国は嫌いだ、と長年の主張を変えたので、私には気分の良い旅行になりました。

帰宅して、暫くぶりに午前中プールに出かけて、パンを焼いてフレンチトーストを食べ、パソコンの前で居眠りしながら、返信を考えると言う気分の良い午後を過ごしています。

技術コンサルタントの世界 2014.7.16.

5−14日にはLAの郊外の町のニューポート コーストという海岸から少し入った、丘陵に開発された住宅地に住む、息子一家の所に行ってきました。

午前中はプール、午後は昼寝と読書、夕方は買い物と、と言う生活をしてきたのですが、やや飽きてきた頃に、帰国となり、なかなか良い夏休みでした。

田原総一郎・潮出版社、「日本を変える!、若手論客20の提言」

池田信夫・白水社、「空気の研究」

橘 玲・集英社、「バカが多いのには理由がある」

丹羽宇一郎・PHP新書、「中国の大問題」

池内 紀・青土社、「ニッポン周遊記」

息子夫婦は上智大卒の風来坊で、ミシガン・シカゴを皮切りに、20年位前から、ここが気に入って住んでいるので、我々夫婦も毎年出かけているが、世界中から元気な国の会社や若者・学生が集まって来るのを見ていて、90年ごろ当初の日本や台湾が元気だったが、今では様変わりで、アラビアや中央アジアの国々、インド・パキスタン、ベトナムなどの新興国の会社や若者・学生や食べ物屋が沢山出来ている。

相変わらず、タイヤの減りが早いだろうと思わせる運転で、片側6−7車線のハイウェイをガンガン走る車を見ていると、この国の元気なことには感心してしまう、TVでメキシコからの密入国者の問題が論じられていたが、若者・子供がどんどん移民してきて、シェールガス革命でエネルギー輸入が無くなり、製造業が中国から帰ってくると(中国のバブル崩壊が始まったらしい)、どう考えてもアメリカの世界の覇権国は揺るがないのじゃなかろうか?

技術コンサルタントの世界2014.7.5.
私が機械メーカーに居た頃に、私が設計したゴムの成形機械の市場開拓・販売をやってくれた、機械商社・ダイハンの森社長から声がかかり、30年ぶりで銀座で晩飯を食べました。

お互いに似たような年配で、元気に現役で働いていることを喜び、付き合いを再開することにしました。

独立・自営業者の付き合いは、会社の社長との付き合いや、個人業者の付き合いや、学生の頃からの付き合い等、色々あるけど、元気で生き残っているだけで、会うと嬉しくなるものだ。

3日には、仲田君のアレンジで、セキュロボ研で藤沢の湘南台と言う所の、野菜農家の見学と意見を聞きに行ってきました。

都会の農業者は農業者の中では特別な立場にあるということが、良くわかる見学会でした、私は敗戦後に父親の田舎で、引揚者・疎開者として、農家の子供達と戦ってきたお陰で、田舎、農業は興味が無く、むしろ嫌いですが、爺さん婆さんから子供まで、一家そろって働くと言う立場には、羨ましい気がしました。

5日から14日まで、LAの息子夫婦の所に出かけます、定点観測的な面と、私なりの近未来予測のリサーチが出来れば良いなと思っています。

技術コンサルタントの世界 2014.6.30.
24日に見学した、周辺技術研(伊藤世話人)でのオプナスと言う秩父市の会社は「かぎ」の会社で、有名な大手の会社のある業界で、ユニークな商品計画で存在価値のある会社だった。

鍵と言うものは、国民性に深く関係していて(泥棒の個性と競り合っているとでも言うか)きわめて国内的な商品だと言うこともわかった。

きわめて日本的な自販機(と言う商品)の鍵とか、貸家・貸し部屋の鍵とか、電気・電子部品を使わないメカ部品で、ユニークなマーケットを作り上げている、立派な会社だった。

谷口君(機械)が、島根から最近良くつれてきて参加している、ものずくりのグループが、帰り際に、周辺技術研究会は、毎月見学に特化していて、お金を取らないし最高だ、と叫んでいた、業界団体や学会は結構お金を取るんだそうです、事務屋に技術屋がたぶらかされているんだ。

技術コンサルタントの世界 2014.6.20.
18日には、サンケイホールでの技術士会の総会で、長年会費を払ったからか会長表彰をしてもらった、機械部会の後輩の諸君が推薦してくれたらしく、感謝・感謝である。

私が、技術士会に入った1970年から73年に独立・自営踏み切った頃は、当時の事務局長の高田さんや、銀座の交恂社で部会をやっていた、機械部会長の元・海軍左官の荒井政太郎先生、組合の初代理事長の和田忠太先生、銀座の泰明小学校の隣のビルに事務所を構えていた本田尚士先輩など、若くて元気だけは有った私の独立志望に、色々教えてもらったし、話を聞いてもらった。

独立してからは、組合を作って技術士仲間の付き合いは、独立・自営の技術士の組合を拠点にしたので、あまり技術士会に出入りすることが無くなり、会が文科省管轄のPEの会ということになって以来、会費を払うだけの付き合いになっていた。

総会・パーティに出ていると、結構懐かしい知り合いの技術士から声をかけられ、時間が経つのを忘れました。
総会・パーティをとうして、政治家や役人が10人以上挨拶をしていたが、公益社団法人というのはこういうお付き合いの背景があるのかなあ、と不思議な感じがした。

技術コンサルタントの世界 2014.6.15.
13日は、組合が協賛する千葉工大での「微細気泡の応用技術」通称MNB(マイクロ・ナノ・バブル)の講演会があり、約70名が参加して大盛況、パーティでの開会の挨拶は、組合員で今回の講演の目玉の、超臨界塗装の機械を成功させた小野君いわく、「森田さんの挨拶は長すぎて良くないけど、面白かったので許せる」と言うことであった。

ショックだったのは、KO大の寺坂教授が、ファインバブル技術と国際標準化というテーマで話された時に、ナノという言葉は欧米では「癌化」と言うような意味があるので、MNBはスーパーファインバブルと言うことになります、サイズの1ミクロンは同じだと言うことでした。

14日は午前中新橋駅前で、役所の監査援助に特化している、NPOの技術フォーラムの年次総会、山口県から福富君、山形県から大岩君という、地方の熱心な技術士の参加もあり、業績も順調に伸びて、大いに盛り上がった。

午後は、王子のホクトピアで、藤田君の発注者のエンジニアリングと高堂君のニューシビル研究会があり、上智大学を定年になった清水さんが参加、腰痛で途中で帰った橋立君(機械メーカーからユーザー、独立)と自動車会社OBの藤田・渡部・渡辺・大久保達が、来月からステアリング会議を始めることになった、テーマは機械加工と言うことかな?
飲み会の話題は、大気汚染・農薬と病気・(アレルギーや癌、内臓疾患)の疫学的な関係、朝鮮・中国との付き合い方などでした。

技術コンサルタントの世界 2014.6.9.
7日の組合の総会・パーティは39名の参加だそうで、まあ盛会だったと言えるだろう。
組合を作ろうと考えていたのは40年位前のことだが、その頃からの仲間では、黒澤・尾崎・青葉・森田が参加したし、長年、組合と仲良く付き合ってくれる技術フォーラムの原田さんや、技術者連盟の井戸田さん、機械商社の増田社長も来てくれて、スピーチをしてくれました。

独立支援が組合の主たる活動だが、最近の新人の傾向として、相変わらず半分は定年後の人たちで、この人たちは、経済的に余裕があるので、心配していないが、ごく最近は3−50歳代の現役サラリーマンの希望者が増えてきて、世相の変化を感じると共に、先輩としての責任を感じてしまう。


彼らの技術コンサルタントへの『誤った思い込み」を、どうやって解きほぐすか、お説教じゃなくてどうしたら、彼らの「独立後の試行錯誤」を短くしてやれるか、私は折に触れて組合の若くして独立した諸君に、考えてくれとお願いしている。
 

技術コンサルタントの世界2014.6.6.

7日の組合総会とパーティ、特にパーティは私のようなシニアには「年に一度の」お楽しみで、古くからの技術士仲間と会えることと、最近組合の会合に参加し始めた、若い新人の諸君に一挙に紹介できることです。

昔アメリカのPEに教えてもらったことで、印象的だったのは、パーティと言うイベントを、何かにつけて開催することで、日本的には会合の後の飲み会が、それに代わる役割を果たしている面はあるが、パーティの方が参加しやすいし、これからの諸君にはパーティの方が好まれるだろう。

  5日には、最近組合員になったM君が、コーヒーを持ってお昼に来宅したので、私のパンを 食べながら、私の独立・自営の話を聞いてもらった。
私の本に独立前に、先輩宅を沢山訪問して、大いに参考になった、と書いてあったので、来たのだろうが、私は楽しかった、結構昔話を喋りたいものなんだね、年寄りは。
12月30日の我家の餅つきなんかも、後輩が現れて,がんがん搗いてくれるのを見ていると、世代交代だなあと思う。

技術コンサルタントの世界 2014.5.26.
23日のAPP・大気圧プラズマの研究会の見学会で、小田急の本厚木にある、ニップン・日本製粉の加工技術研究所を案内してもらいました。
私は大分前から自分でパン焼機で焼いて,朝はパンを食べているので、興味深々でした、腑に落ちることが色々ありました、小麦は乾燥地域の植物なので、日本では北海道の小麦が美味しいこと、粉の粒子サイズの何種類かを混ぜることが、製品の味・品質に大いにかかわっていること、なんと言ってもパンは焼きたてが美味しいこと、ご飯・米が日本料理の世界的な展開と一緒にパンを食べる地域で消費されてきたように、私の住んでいる郊外のシャッタ街でも、パン屋・粉ものの店だけは増えているんじゃないだろうか?
コンビニも加工食品販売の様相を呈してきているし、食品原材料メーカーとしては、新規参入がほぼ無い、安定した経営だそうです。

技術コンサルタントの世界 2014.5.19.

17日には、恒例の独立支援セミナーで、11名の諸君と一日お付き合いをしました。

目玉は、応募者・各人の考えている独立プランに、複数の先輩がコメントすると言うグループディスカッションの時間を十分とっていると言うことで、単なる先輩達の講演会ではない。

私は「諸君は、顧客である企業や役所の技術者の上司・先生・株主・市民・先輩ではない技術コンサルタントと言うサービス業者を目指してほしい」と言う話を、繰り返しました。

13,14,15日には妻の友人が住む京丹後市に出かけたついでに、京都駅でレンタカー・ヴィッツを借りて、丹後半島・三方五湖や琵琶湖の周りをドライブしてきました、妻の友人の夫・高見さんは私と同じ歳の桑沢出身の工業デザイナーで、青山の骨董通りに事務所を構えていたシティーボーイだったのだが、数年前に京丹後の市長から仕事を頼まれて地域振興のコンサルタントに入れこんで、東京の事務所をたたんで、奥さんと移り住んでいる元気なおじいさんです。

技術コンサルタントの世界2014.5.8.

議論の大前提として長年色んな論文の『まくらことば」になっていた「地球温暖化」というようなことが、怪しげになってきている、と言うような論文が現れた。

貼り付けー

【2014年4月7日】 学界自身、温暖化がプロパガンダであると露呈していく中で、態度を変えざるを得なくなっている。
米国の物理学会は、温暖化問題に対する組織としての姿勢を劇的に転換し、温暖化懐疑派として著名な3人の学者を、広報委員会の委員に加えた。
米国の物理学界では、人為的温暖化を確定的だと言う学者は、気候変動をめぐる不確定要素を過小評価しているという見方が広がり、その結果、学会を代弁する広報委員会に懐疑派が入ることになった。
学界における誇張派の「主流派」としての地位が揺らぎ出している。

貼り付け終わりー

もう一つ、エネルギー問題の話題の一つ、シェールガスに関しても、

貼り付けー

加州は、全米の既知のシェール石油の半分以上を埋蔵している大産出州だが、シェール採掘に対する規制が全くない。
州内の採掘地では水質悪化や異臭、地盤沈下などの環境破壊が起きており、反対運動や訴訟が始まっている。
だが、石油産業からの政治圧力や献金を受ける州知事や議員は、反対運動を無視している。
この事態を見て、議員ら党内の有力者の中からも、シェール採掘を規制すべきだとの声が出始め、反対運動が広がって党大会にも持ち込まれた。シェールの石油ガス採掘に対する反対運動は、全米各地でしだいに強まっている。
ペンシルバニアでは、シェールガス採掘に反対する住民が裁判を起こし、1500のガス井の採掘を止めさせた。

 シェールの採掘は、掘った井戸から化学物質を注入し、その圧力で石油やガスを採掘するが、石油会社はどんな化学物質を注入しているか、企業秘密を盾にほとんど公表していない。
地中に注入された化学物質は地下水に混じり、飲料水や農業用水を汚染する。多くのシェールガス田は数年で枯渇し、セメントでふたをされるが、その後もガスが漏れ出ることがあり、異臭や健康被害を引き起こす。
米国ではこの3年間で4万本のシェール石油ガス井が新たに掘られたが、その4分の3は乾燥地帯で、地下水が貴重な水資源なので、その水質悪化は深刻な問題だ。

貼り付け終わりー

と言ったネガティーヴな議論も起こっている、原子力発電所なんかも、今はとても新規に発電所を作るような状況には無いが、既存の発電所が残って、技術者さえ生き残っていれば、時代が変わるかも知れないなあ、と思わざるを得ない。

技術コンサルタントの世界 2014.4.26.

独立・自営を始めた諸君の一番の関心事は、どうやったら仕事が確保出来るかだと思う、一般的な営業というか市場開拓について一家言ある諸君も、自分のこととなると、案外頼りないもので、自己紹介や名刺・PRドキュメントを貰うと、いつもその努力に関しては、敬意を表している、ただこういう自己紹介を見て仕事を頼もうと言う人が居るんだろうか?、私なら専門家を探すとしたら、その道の知り合いに紹介してもらうやり方を採用するだろう。
新人諸君の参考になるのは、私のようなベテラン・年寄りの経験より、直近に独立を果たして、何とかなっている先輩の話が役に立つだろうと、第一土曜日の月例会には、なるべくそういうアレンジを用意して、新人の独立・自営に役に立てようと、心がけている。
経験的には、スタート時の準備していた仕事が無くなって、技術士仲間の付き合いから紹介してもらう仕事が増えてくると、安定した自営業に落ち着いてきたと言うものである。
新人諸君の一番役に立つ市場開拓・営業は、技術士仲間に自分のことを知ってもらうことじゃないかなあ。

技術コンサルタントの世界  2014.4.18.
遅ればせながら、cea・組合の年度末の支払いと挨拶で、御茶ノ水の大治弁護士の事務所に行きました、お互いの健康とまだ引退しないよねえ、という会話を一年ぶりに2分くらいやって、御茶ノ水界隈を3時間くらい散歩して帰宅しました。

軒並み本屋さんだった通りが、コーヒー屋や食べ物屋、若者の衣料品、自転車やスポーツ用品の店に変わり、若者の町になっています。

コンペックス・プラスティック業界の勉強会を作った時に、世話になった雑誌編集人の故・石坂さんがとぐろを巻いていた喫茶店で、パンケーキを食べながら、一時間くらい街行く人たちを呆然と眺めていました。

JEF・井戸田さんからの提案で、役所の補助金を取った中小企業の成果・製品の市場開拓(マーケッティング)用の技術動画サイトの評価に、最近組合・CEAの独立支援の会合に参加してきた新人諸君を優先的に審査員として推薦することになった、私が審査委員長を指名されたので、4月か5月の月末くらいからグループ活動をスタートします、自己申告されている専門分野の業界の会社とコンタクトできるので、新人諸君の自分の市場開拓だと思って、取り組んでください。

技術コンサルタントの世界 2014.4.8.

10人居る私の「甥・姪」の一番若いしんちゃんの結婚式が、飯田橋の日仏学院で、先週の土曜日の晩にあり、王子・ホクトピアの組合の会合を終えて参加しました。
しんちゃんは我家の年末の餅つきでの、ヒーローでもある元気な若者で、嫁さんはフィジーの語学・旅行会社の社員と言うこれまた元気なお嬢さんでした。
結婚式は多分最近流行の、レストランの庭に牧師さんらしき西洋人が仕切って執り行われ、集合写真を色々撮られ寒い思いをして、終了。
終わったのが遅かったので、ホテルに泊まり、久振りに裕之・馨之・譲之という3兄弟夫婦が、遅くまで、情報交換的な無駄話にふけって、翌日曜日のお昼に、新橋辺りを散歩してから、帰宅しました。

8日は今年の締めくくりの花見と言うことで、妻と公開最後の日の皇居の桜見物に出かけました、東京駅10時半から、延々と歩き待たされ、皇居内の乾通りを竹橋に抜けて、東京駅地下で「ガンボと牡蠣(ニューオーリンズ風)」を食べて、15時に帰宅しました。

技術コンサルタントの世界 2014.3.31.

年度末で独立以来、私の会社は40期の閉めくくりになる、考えてみれば、よくまあやってきたものだ、有難い事です。
今週も日韓技術士会、化学部会、グリーンウェイの新人歓迎パーティ、MNBステアリング委員会と技術士関連の会合があり、30年来の仲間や、最近参加して新人の技術士諸君と話す機会がありました。

印象的だったテーマは、技術者のグローバルな仕事の展開が進むに連れて、スポーツ選手や芸能人のような、スカウトされたり、首になったりするのが、当たり前に聞く話になってきたことである。

昨年来、JEF・日本技術者連盟の井戸田専務理事とのお付き合いから出てくる、外国からの日本の技術者への期待・要望も、単純に名簿の専門事項をチェックして、個人の技術者に仕事として紹介すればいいとは言えない時代になったと、私は判断している。

私は独立して10年くらいは、アメリカの会社と沢山、色々な仕事をした経験があるが、全部日本の会社とのつながりでコンサルタントをしたわけで、私の看板や名簿・PRに着目されて仕事に発展したことは、まったくない、このあたりは新人諸君にいつも説明することにしている。

アメリカのPEやCEの年次総会に参加して、アメリカの技術者の資格団体の成り立ちを勉強した時期があったが、大不況時代に企業が技術者を大量に雇用したり、首にしたり(会社が潰れたり)することが当たり前の時代があり、これに個人・技術者がグループで対抗する・生き延びるために、生まれた・結成された団体だ、と言うことである。

そういった原点を考えれば、最近のサムソンの事件の報道や理化学研究所の報道で、最初から技術者を悪者扱いにしているのは気分が悪い、そういった意味では死刑囚の元ボクサーがDNA検査の精度が上がったことで、無罪が確定したと言うニュースは、大いに気分がよろしい。

技術コンサルタントの世界 2014.3.22.
3月20日に梶・世話人による、セキュリティロボット研の見学会・講演会で、柏にある千葉大の植物工場を、暫くぶりに見てきました。

工場の部材・部品の関係会社がそれぞれリーダーシップを発揮して、特色あるハウスが何種類も建っていて、トマト・レタスという毎朝私が自分で焼いたパンと一緒に食べている野菜を作っていました。

2月の見学会では、大塚君のグリーンナウェイという野菜工場をみせてもらって、大規模に展開するので、会社を上場すると聞いたばかりだったので、とても興味ある見学会でした。

講演では、外国では砂漠や寒冷極地など、野菜の取れない所での事業の発展があるやにお話があったが、日本じゃ休耕地が沢山あるし、温暖な気候だから、あまりはやらないのじゃないかと、素人的な考察しか考えられないが、事業家の大塚君は大量な野菜の注文を受けて、沢山工場を作ることになったんだそうです、すごいね。

我家の妻は、大塚君が作るといっている、家庭用のレタス・トマト製造機を、大いに期待しています。

技術コンサルタントの世界 2014.3.15.
13日に、大田にある新潟鉄工所のエンジン工場の見学があり、久振りに見た、重厚長大で大きな工場が、景気よく稼動していて、嬉しくなりました。

このところの日本の20年くらいは、重厚長大から軽薄短小の時代と言われて来たが、どっこい最近は世界から日本の重厚長大な機械の需要が急増しているらしい、舶用のエンジン・発電機、ビル用のガス発電機、量産していたのは360度に推進力を出すZ-ペラというタグボートの部品で、世界中に出しているそうだ。

私が就職した50年前は、就職先は例外なくこういった重厚長大の会社だったので、今でも生き残って元気が良くなったということは、大いに嬉しいし、こっちも元気になる。

エンジンは見た所では、100年以上前から変わっていないが、説明を聞くと、結構色んな所に進歩があり、研究所のテーマの説明があったが、面白そうなことを色々考えている。

ガスエンジンというのも着目されているらしく、シェールガスやメタンハイドレードと言う燃料の変化にも、積極的に対応しているのも、頼もしい限りであった。

上智大の清水教授が定年で最終講義と祝賀パーティがありました、工作機械業界のリーダー的な存在の先生なので、今後は前以上に我々とのお付き合いを増やしてもらおうと、cea・組合にグループを作ることにしている。

技術コンサルタントの世界 2014.3.8.
副島隆彦さんとのお付き合いは長いが、副島さんは自分でも典型的な事務系だと言う割には、技術屋が発明を好むように、これまで誰も言わなかったテーマで説得力のある仮説を出すのが趣味じゃないかと思っている。

最近も赤ん坊・子供が言葉を覚える年齢の時(6-13歳)に、家では日本語、外へ出ると英語、と言うような、外交官やビジネスマンの子弟で、大人になって精神が分裂して、病気を発症するというケースがあるんだ、と講演していた、英語ではクリオールとかダングリング マン(振り子の人)と言って、小説の主題になっている。

我家の長男一家は、アメリカに移住して20数年になるが、昨年20歳と10歳の孫が我家に3ヶ月ほど遊びに来ていたが、今考えると副島仮説が正しいんじゃないかと、気が付いた、病気には至っていないけど、森田家の一員としては、情けないほど『気が弱いのである」。

閑話休題、会社を辞めてから、脳の勉強をしている技術士に教えてもらったのだが、脳は老化とともに、新しいことは直ぐ忘れるが、古いことは何時までも忘れないのだそうだ、ひどくなると認知症ということになるのだろうが、後期高齢者の運転免許の書き換えのテストは、露骨に直近の記憶を試すテストをやらされる、もっとも、試験管は「君には危険だから免許は取り上げます」とは言えないらしい、あまり意味ない試験だが、味わい深い。

と言うことは、シニアになると、「故郷に帰りたい」、などという誘惑に駆られることがあるが、どうやらこれは「脳の老化」の問題らしいので、あまり自分だけで考えないで、客観的な条件を色んな知り合いに相談してから、決断するのが正しい。

私の知り合いで、昔、通産省が奨励したシルバーコロンビア計画という、年金で海外暮らしをしよう、と言ううたい文句で出かけた3人が、ニュージーランド、カナダ、フィリッピンから、日本に帰ってきてしまった、楽園は無かったんだ、日本で死にたいのだそうだ。

技術コンサルタントの世界 2014.2.14.
外国在住の友人達に送るので、毎週週刊誌を買い求めるが、今週はオームの麻原彰晃以来の詐欺師・佐村河内の話で持ちきりである、私を含めて音楽の評価の出来ない普通の人たちは、作家の物語に惹かれてフアンになり、作品が好きになってしまうらしい。

技術士の先輩方でも、印象に残っているのはその先輩の物語・伝説である、私自身も、自己紹介するときに、自分自身の物語の一部を切り取って、話をしている。
満州で生まれて7歳から9歳の敗戦後2年間の帰国前の生活に関しては、まったく記憶がない、にもかかわらず、この頃に私の性格が形成されたらしいことは、息子共から何回か指摘されている。

1960年に就職した製鉄会社を1年2ヶ月で辞めた原因も、割と面白おかしく話すことにしているし、62−72年の10年間のサラリーマン生活は充実した私の青春時代で、子供が出来て、車を買って、6回仲人をして、アメリカの会社と仕事をして、73年に石油ショックで会社が倒産して、独立・自営をするにいたった自己紹介は、自分でも結構面白い話だと思う。

70年に取得した技術士のお陰で、独立・自営に興味を持つグループ活動の青年技術士懇談会に、毎月出かけて議論した頃の3年間の思い出は、楽しいことばかりで、お陰で独立した時に、直ちに自分のビジネスモデルが確立できて、振り返ると私は運が良かったんだとしか思えない。

技術コンサルタントの世界 2014.2.3.
あっという間に正月・1月が過ぎ去って、2月の1日(土曜日)は、ceaの定例会で2人の長い自己紹介と、私の感想と年来の持論を聞いてもらいました。

今回は、2人とも大企業定年の技術者で、橋本君は私の大学の後輩で、同じプラスティックの業界にいたので、大分前から組合の色々な会合に顔を出して居るものだから、「技術コンサルタントみたいな難しいことは,性に合わないので、地域(多摩ニュータウン)でのNPO・ボランティアやNPO・技術フォーラムの営業で、結構忙しく、楽しくやっていると言うことでした。

もう一人の上野君は日立のコンピューターのエンジニアで、これから独立・自営の試行錯誤に入ると言う話でした。

技術士会の中でも、協同組合に顔を出すような諸君は、真面目に独立・自営をやってみようかと、考えているとは思うが、実態は個人零細企業ですから、明日のこと・来年のことは判らない、と言うのが正直な所なのです。

私は1973年に独立して76年には組合を作り、沢山の先輩・後輩の技術士業を見たり聞いたりしてきたが、長く続けて全うされたと言う人はそんなに沢山居ないのです、私はこの商売が気に入って、非常に面白い仕事なので、なるべく若いうちに独立して、試行錯誤をやってみな、と長いこと主張してきました。

ほかの士商売には「定型業務」という仕事があり、エントリーしやすいと言う人が居ますが、私は定型業務がないことが、個性の発揮と工夫が生きる・稼ぐ自由度がたっぷりあると言う理屈を、後輩に繰り返し演説しています。

技術コンサルタントの世界 2−14.1.20.
18日には、有志による年に一度の技術士の独立支援のセミナー企画会議が、王子駅そばの北とぴあでありました。

貼り付けー

公益社団法人 日本技術士会登録 新規開業技術士支援研究会の年に一度のセミナーとして、

日時:平成26年5月17日(土)9:30〜17:00(懇親会17:20〜18:50)
場所:北とぴあ7階第2研修室B(王子駅そば)

貼り付け終わりー

月例会の第一土曜日午後1時ー3時には、独立した先輩2名の話を聞く会ということで、独立・支援を1976年の組合設立以来、休みなしで実施してきている。

年に一度のこの5月のセミナーでは、複数の先輩による独立希望者の個別の相談に乗るというやり方で、毎年やってきた。

例年、このセミナーの受講者から、独立する新人が輩出する実績があるものだから、先輩としてはやめる訳にはいかない、重要な年中行事になっている。

技術コンサルタントの世界  2014.1.13.
11日(土)は朝早くから、技術フォーラムの会合、午後は組合の会合・発注者エンジニアリングとニューシビル研究会で、夜の飲み会も含めて、正月気分を一掃して、気分を引き締めた。

昨年来、私より一回り若い、団塊の世代の諸君が、独立・自営の相談に来るようになったので、先輩としては、これらに対応するために、組織的にやれることはないか、今年は試行錯誤をやってみたい。

判りやすいアプローチは、定型業務のある技術フォーラムでの先輩の指導・陪席・報告書を、専門は違ってもいいから、勉強してもらうことが、案外近道なんじゃないかと、気がついた。

大学の学年担当だった斉藤先生の御通夜に出かけたり、若くして死んだ親友の家にお線香を上げに出かけたり、今年の正月は割りにしんみりした気分で過ごした。

今年も、午前中のプールと、ドライブには,ばんばん出かけるつもりです。

技術コンサルタントの世界 2014.1.1.

明けましておめでとうございます、森田裕之です、今年もよろしく。

年末30日の我が家の餅つきも無事に終わりました、45年もやってきたけど、家族が健康に一年を締めくくることが出来て、感謝です、組合関係の仲間が18名顔を出してくれました、本当に有難う、全部で70名くらいの参加者があり、20KGのもち米を多分半分くらいは、食べてしまいました。

昨年はアジアの各地に住んだ経験のある諸君に、マスコミや風評に毒されない経験談を意図的に沢山聞きましたが、80歳を過ぎてタイで缶詰工場(コンビーフの缶)の経営者をやっている、高橋宏太郎さんと年末29日に定例の昼飯会をやり、新聞では判らないタイの安定した平和な市民の生活と、親日の話をじっくり聞きました。
私を含めて、旅行者や短期滞在者には、なかなかわからないものだと思います。

今年は、これまでにまして、独立・自営を希望する諸君の役に立つ、組織的な対応が出来ないものか、試行錯誤をやってみようと思います。

技術コンサルタントの世界 2013.12.27.
50歳になる長男が、幼稚園生だった頃から、12月30日には、我が家では餅つきをやっている、今年もなんとかやれそうで、我が家も活気ずいてきた。

30日はいつも天気が良くて、一回だけ31日に延期したことがあるが、毎回20KGのもち米を一日で食べてしまう。
何人かの諸君から、今年はやりますか?との問い合わせを貰ったが、最近知り合った諸君も、遠慮なく来て下さい、北浦和駅を降りて、浦和高等学校の正門まで来たら、電話してくれれば、案内します。

今年、私が独立・自営を希望する諸君に繰り返し言っているのは、技術士は試験の性格から、技術の専門家であることは間違いないが、技術コンサルタントはサービス業者である、と言うごく当たり前の話である。

自らメーカーやったり、特許を持って開発したり、試作したり、経営者的な技術士も沢山居るので、暫く仲間付き合いをしてみないと、その人が何を志向しているのか、わからないことが多いが、私は組合に興味を持って寄って来るような技術士は、技術コンサルタントを志向したら、成功率が高い、と40数年前から信じてボランティアにいそしんでいる。

技術士には、弁護士のイソ弁や、建築家の設計手伝いのような、新人教育が出来にくい、定型業務が無いのが特徴だが、役所の監査業務に特化した、技術フォーラムでは、やや定型業務のごとき仕事をしているので、新人教育を意識してやっている。

先輩の仕事のやり方が判らない新人は、勉強のつもりで、技術フォーラムに参加してみることを、お勧めする。

技術コンサルタントの世界 2013.12.21.
化学部会の講演で、東工大の村木教授による「未来の車と燃料」のお話を聞いてきました、燃料消費とスタンドが半減するだろうということと、電気自動車はあまりぱっとしないみたいだ、と言う所が印象的なお話でした。

内燃機というメカが好きな私は、最近車を買い替えたのですが、もうすぐ死んでしまうので、関係ねえやとは言うものの、気になる近未来の予測です。

私の組合活動は、技術士は独立・自営しよう、という単純なテーマを40年も追求して来ましたが、最近気に入っているのは、技術フォーラムでの役所の技術監査業務での、原田君創見の「陪席」という新人教育です。

来年は、海外の業務開拓にも、新人の陪席のシステムを考えて、複数のメンバーで対応することにした。

技術コンサルタントの世界 2013.12.3.
技術士資格取得の受験生のための、技術士養成講座を、若い頃から独立・自営を経験している、技術士独立養成講座のステアリング・メンバーの諸君と、新たに始めることになった。

私が組合活動を始めて40年来、第一土曜日の午後一に続けている、独立支援の会では、私はくどいとは思うが「技術士資格は技術者が独立・自営をするための、最も優れた手段だから、これだけは取ったほうが良い」と、述べている。

つまり、独立養成の指導をする諸君こそが、技術士資格受験生のための、受験指導者にふさわしい、と言うのが私の意見なのである。

ceaのメンバー諸君は、宣伝・営業・事務局には向いていないので、今回の企画はJEF・日本技術者連盟の井戸田専務にも、仲間になってもらって,進めたいと考えている。

技術コンサルタントの世界 2013.11.26.
急に寒くなったと思っていたら、もう忘年会のスケジュールをやり取りする季節です、色んな世代での集まりがあるが、今年は私が10年(1962−1972)間勤め人をやった頃の部下だった連中と会うことになっているのが楽しみです。

私は、この松田製作所というプラスティック成形機械のメーカーで、エンジニアとして一人前にしてもらったお陰で、今日があることは忘れたことが無い。
入社した頃は4−50名の会社だったけど、辞めた頃は300人くらいで、私の技術部の部下が40名くらい居る、立派な会社になっていた。

私は、社長を説得して、早稲田の塑性加工の研究室(林教授)に成形機械を寄付してもらい、成形に関する卒業論文の手伝いをやり、10人くらいの後輩と知り合いになり、そのうちの3人が会社に就職してくれた。

私はここで、6組の仲人を経験したし、最初の車・スバル360を買い、スバル1000、本田のターボU、ワーゲンgolf等に乗り換え、長男が出来て上尾に家を買い、浦和の実家から独立した。

会社の一日は、おおむね昼休みに将棋の一勝負をやりながら、近所の蕎麦屋のカツどんを食べ、朝から晩まで2階の設計室と下の機械加工・組み立ての現場を、うろうろするという、楽しい日々だった。

後期高齢者になって、振り返ってみると、この頃が私の黄金の時代だったんだなあ、と小さい子供を連れて町を歩いていたり、車に乗っている若い夫婦を見るにつけ、頑張れよと声をかけたくなる。

技術コンサルタントの世界 2013.11.17.
15日に、千葉大の隣にある、重粒子線でがん治療する病院に、見舞いに出かけた。
往復高速を使わないで、ドライブしてきた。

重粒子線のがん治療については、大分前に稲門の畠山君・前技術士会事務局から聞いていたが、あの頃は研究所での治療と聞いていたが、今では大きな病院でがん専門の治療をしているらしい。

昼飯、晩飯を千葉と埼玉のイオンのフードマーケットで、妻と別々のものを選んで食べてきた。

感想は、今私が先輩方を訪ねて、研究しているスーパーシニアになったら、イオンの近くのマンションに住んで、巨大な売り場を歩き回れば、運動にもなるし、あらゆる食べ物やはあるし、本屋もあれば、喫茶店もあり、救急室もあって、案外良いかも知れない事に気がついた。

東京から故郷に帰郷した先輩方に話を聞いて、立ち読みできる本屋がないこと、図書館が近くに無いこと、喫茶店が無いこと、話し相手・友人が居ないこと、が切実な問題らしいことが、判ってきた、私のシニアの研究は続く。

技術コンサルタントの世界2013.11.12.
ミラノでアニメの作家をやっている、妻と女子美で同期の湯崎さんと7−10日箱根・湯河原の温泉宿と鎌倉大仏見物を回ってきました、帰郷・望郷の思いとかノスタルジー・ホームシックの話題になり、技術士先輩の本田さんや高嶋さんの実例を話しました、彼女の意見は、元気なら年に1−2回帰ってきて、温泉旅行をしたら良いと言うのが結論でした,この人はNHKの子供番組に長年使われていて、毎年契約更新のために、来日しています。

私が海外在住の4人に送っている週刊誌は、外国在住の人にはホームシックを癒す役に立つ情報だと、彼女は力説していました、ドイツ在住の私の同期の桜井君も似たようなことを言っています、寝る前には必ず読んでいるそうです。

私は9歳で満州から引き上げているので、故郷は満州のはずですが、記憶はないし、浦和に65年も住んでいるので、理解が出来ない話題です。
その代わりかどうか、最近TVでやっている「つるべの家族に乾杯」という田舎に突然つるべとゲストが、家族を求めて散歩すると言う番組と、火野正平が自転車で、投書された地方の風景を求めて走る、と言う番組は気に入っていて、ヴィデオに撮ってみているが、日本の田舎はいいなあと思う。

仲のよかった同期の友人で長崎在住のN君や、長野のA君には、たまに長電話をして、町の様子を聞くのが私のお楽しみで、イベントや天気予報なんかも気になる地方である。

技術コンサルタントの世界 2013.11.3
今週は28日から2日まで、フルに出歩いて会合が続き、いささかばて気味である、しかし31日に交恂社でお喋りをした、高校の同級生・上田君は、台湾の財閥に見込まれて彼の地に住み着き、今度蔵前に日本事務所・住居を開設して仕事をするとのこと、元気な男である。

1日には、コンペックス研究会の内田世話人のアレンジで、見学会が栗橋にある池上金型という、大手の金型メーカーにあり、その夜は羽生の駅前のグランビルと言う温泉ホテルに泊まった、プラスティック業界の技術者のグループ活動で、日本の業界の現状が一晩で大体判る,ありがたい見学会でした。

2日の菅野世話人の独立・支援研究会は、何回目かの人も入れて新人が6−7名来ていて、ここ3年位に始めた,50歳位の秋元君・プラスティックや山本君・表面処理の話を熱心に聞いていました。

私は、相変わらず、技術専門家と技術コンサルタントの仕事の違い、営業の違い、みたいな雑談を、繰り返して話しています。
実例として、池上金型の見学会に来ていた、橋立君(牧野フライス、双葉電子のOBで、工作機械の専門家・コンサルタント)の独立3年の話を披露しました。

月例の独立支援研究会では、4−50歳の沖津君、内田君、橋立君にぜひ喋ってもらいましょう。

技術コンサルタントの世界2013.10.26.
日本技術者連盟・JEFの井戸田さんの提案で、ミヤンマーのBOPビジネスへのJICA申請は、浄化槽システム・高堂君グループでトライしてみようという事になった。
もう一つ、日本・ミヤンマー文化・経済交流協会の井畑理事長にお願いして、渡邉君グループの中古コンクリートプラント・2次製品・ビジネスプランに関しては、ミヤンマーのゼネコンに直接提案してもらうようにしました。

こういう業務開拓のグループ活動を実際にやってみると、技術士諸君の専門の領域での凄いことは、直ぐわかるのだが、少し外れると、とたんに元気がなくなるのが、通例である。

独立前に会社では、専門家として縦に深いことが、チームの活動として良かったのだろうが、独立したら組合関連の色んなグループ活動に参加して、ぜひ横に広がる人脈や業界の活動に参加してもらいたい。

技術コンサルタントの活動は、技術専門家の中でも幅の広いテーマに、提案したり対応できることが望ましくて、私は独立を考えるような諸君には、それほど難しいことじゃないと思う。

技術コンサルタントの世界 2013.10.12.
11日には、コンペックス研究会のシニア連中で、昨年郷里の岐阜に引っ越された、98歳の高嶋直一さんと雑談するために、早起きして『岐阜のグランドホテル」に9人が12時に現地集合して、きっかり2時間お喋りをして、私は6時半に帰宅しました。

井の頭公園から岐阜への引越しは、あまり成功とはいえない、と言うことを正直に吐露された、何かに付けて不便であるうえに本屋がないし、友人との今日のようなおしゃべりの機会がないのも、予想はしていたものの、寂しいものだとのことでした。
井の頭公園の高級マンションの凄い所は、町には若者や若者の店が充満していて、年寄りに優しい町なんだそうです。

最近案内してもらった、錦糸町のポリフォニーホールから亀戸天神という町の真ん中の神社というのは、すばらしい組み合わせなんだと、改めて感心した次第です。
大阪の住吉神社へも、最近アメリカの孫を案内したけど、伊勢神宮や諏訪神社のような,山や森の神社もいいけど、街中の神社も凄いと言っていました。

高嶋さんは俳句をやっているけど、合唱や短歌、俳句、絵なんていうのも、シニアの打ち込める趣味としては、悪くないね。



技術コンサルタントの世界 2013.10.4
2日には午後から夜の飲み会まで、ナノ構造ポリマー研究会の講演会が、東京駅横のサピアタワーと言う、地方の大学の出先事務所の会議室でありました。
プラスティック業界の材料研究者の、現役・OBが半々くらいの会合で、今度11日には岐阜のホテルまで10名くらいで会いに行くことになっている、98歳の高嶋さんが70歳くらいで会社から出てきた時に、組合の有志で作ってあげた勉強会が、4日に定例会をやるコンペックスとこのナノ研に分かれて、それぞれ毎月何かイベントをやっている。
私はこういう会合で、会社員や研究所の諸君に「早いこと会社を辞めて独立したらどう?」というシニアとして知られています、今回私が出した話題は、「田舎の秀才が東京の大学を卒業して、大きな会社に就職して、定年になると何故か田舎に帰りたくなるらしいが、帰郷したあと旨くいっているのだろうか?」と言うテーマである。
周辺研の毎月の見学先も、この2つの研究会に負う所が多くて、新しい人が来ると捕まえて『見学」を頼むことにしている、私は講演会よりも工場見学の方が好きで楽しめる。

技術コンサルタントの世界 2013.9.28.
お彼岸が過ぎて涼しい日がやってきました、気分が良い。

私の住んでいるところでは、自治会は持ち回りの当番制なのだが、最近定年の人が大いに張り切って、パソコンを駆使して会報にエッセイまで連載して、顰蹙を買い、辞めてもらおうとしても、言うことを聞かず、困っています。
私は、ゴミを出す時に顔を合わせるくらいで、話をしたことがないのですが、最近顔が変わった(こわばって、表情がない)ので、かなり精神が病んでいると判断している。
月例の独立支援の会で、毎月初対面の定年前後の諸君と顔を合わせているので、団塊の世代のことは理解しているつもりだが、現実に付き合うのはなかなか難しい。

26日の化学部会の講演で、日石の研究者による「燃料電池・水素インフラ」の話を聞いてきました、自動車大好き人間として、最後の自動車に買い換えたばかりなので興味あったけど、まだまだみたいでした。

技術コンサルタントの世界 2013.9.18.
最近、プールで似たような年配のシニアに話しかけられることがある。
私は50分間黙々と往復して、シャワーをして着替えてコーヒーを飲んでいると、練習スクールの生徒が寄ってくるのだ。
彼らは大半が何かのリハビリで始めた人が多い、私のように子供の頃から泳ぎがすきで、クラブに入ったり学校の水泳部に属したこともない、プールで仲良しグループにも属さないジーさんは珍しいようだ。
足腰が痛たい人も多く、杖をついてよろよろしている人が、水の中で見違えるように、すいすいと泳いでいたり,歩っているのを見ると、重力は残酷だなあと思う。
技術コンサルタント業というのも、一番すきなのは自由であると言うことだ、「指図されない」、と言うのが、私の子供の頃からの好きな状況で、我ながらどうしてそういう性格になったのか、未だによくわかりません。

技術コンサルタントの世界 2013.9.8.
どうやら世界中が異常気象らしく、埼玉の竜巻がTVでうつしだされたお陰で、アメリカ・ドイツ・イタリーの知人から、我が家の心配のメールとついでに、それぞれの国でも異常な暑さや雨の日が多いと、嘆いていました。
5,6日には、本田OBの藤田君の世話で、パビーラ御殿場という本田の保養所でのMNB研究会のステアリングメンバー等の16名が集まりました。
私には介護人の妻が同行しましたが、岸君も奥さん同行でした、前回の旅行の時に、妻と岸夫人は女子美の同窓生と言うことがわかり、話し相手が居るので、気を使わなくて済み、有難いことでした、お陰で一年ぶりにカラオケを2曲歌うと言う、私にとっては前代未聞の出来事がありました。
往路は246号線で、帰路は1号線で、それぞれ5−6時間のドライブを楽しみました、車を取り替えてから最初の長距離ドライブで、全然疲れなかったので、車との相性も悪くなさそうで、安心しました。
7日は40年間毎月第一土曜日にやっている「独立・自営の先輩が語る会」に顔を出し、初めて参加した2人を入れて10人くらいの諸君に、組合の色んな自主的な活動について、外部との付き合い、グループとしての対応などを、いつものように正直に話しました。

技術コンサルタントの世界 2013.9.1.
8月31日の技術フォーラムの3ヶ月に一度の講演会(勉強会)に、東急の建設コンサルタント・石橋登さんの多摩田園都市と、住宅公団の多摩ニュータウン・港北ニュータウンとの比較の話を聞きました。

田舎の秀才で、東京の大学を出て、これらの町に住んでいる友人が10人くらい居るので、興味を持ってその50年くらいの歴史を思い出しながら、聞きました。
田舎の秀才達は、何が何でも田舎に帰りたいやつや、お墓の問題や両親の問題など、私のように満州帰りで故郷のない奴とは、ぜんぜん違うシニアの問題点を抱えている、今日の石橋さんの話を聞いて、役所と民間のデベロッパーの違いが良くわかり、私のような野次馬でさえ、年取ってからの自由度や損得が判ったくらいだから、当人は若かりし日の選択の正邪・良否・運不運を骨身にしみていることだろう。

午後からは、浦和のパルコで、梶君・世話人のセキュリティロボット研究会があり、次のステージの話で盛り上がった、常識的な人型でないロボットのテーマは、分野の関係なく面白い。

このところ話題になっている、BOPビジネスについても、私なんかは全く無知もいいところで、国民の底辺の人たちの仕事を作り出すための、国際援助と言うことなんだそうだ、まずはその国に出かけて、現場の実情を良く理解しないことには、そんなおおそれたアイデアが浮かぶわけはないでしょう。

技術コンサルタントの世界 2013.8.24.
お盆あけに、22日には化学部会での講演会・触媒の話を聞いてきました、トヨタ系のキャタラーという掛川にある会社のエンジニアが、色んな応用例を話してくれました。
汚染されている空気・水との接触面積を増やすために、ハニカム状の構造が利用されていて、どうやって作るのか不思議な構造のサンプルを、色々見せてくれました。
当分は自動車のマーケットだけど、先行きのことを考えて、水や空気の浄化装置としての触媒分野も色々やっているとのことでした。

23日には、周辺技術研究会の見学会で、厚木にある牧野フライスの工場見学をしてきました、機械のエンジニアだら誰でも知っている、マシニングセンターとワイヤ放電加工機では世界トップの会社です、見学後の雑談・名刺交換会で、私は、3つの話をしました。

まず、名刺交換した館山さんは、牧野の機械を使って牧野の機械部品を作っている貴重な会社の中のユーザー代表だから、説明がダントツに面白かったこと、お客は自動車会社・関連と言うけど、どうやら金型業界が主たるお客らしい、機械の温度コントロールが売りの技術で、精度を上げ、表面処理でのシボ加工(化学処理)や職人の仕上げ加工を「機械でできるようにして」合理化に寄与しているそうです、精密な仕上げが売りならば、女性のエンジニアを導入したらいいと思う、と言いました。
最後に、マシニングの主軸(刃物を回転させる軸)に非常なこだわりを見せているのであれば、カーボンファイバーで作ってみたら如何、上智大の坂本先生は工作機械の設計を講義しているけど、主軸がカーボンだったら、凄い性能になると,言っています。
見学に参加していた株・三協製作所の奥山君の話では、カーボンファイバーでの成形加工は色々経験あると言うことです、面白いことになるかもしれないね。

技術コンサルタントの世界 2013.8.20
まだまだ続きそうだが、今年のお盆は暑い、午前中はプールだけど、午後はクーラーをぎんぎんに効かせて、TVやパソコンで遊んでいる。
プールでは普段見かけない若いお父さんが、幼い子供を遊ばせている、なんとなく昔を思い出して「君らの時代が人生の花の時代だぜ、うらやましいなあ、頑張れ」と声をかけたくなる。
それも多分、「風たちぬ」と言うアニメを見て、堀越二郎というゼロ戦の設計者の青春を見たせいで、俺の花の時代は何時だったんだろうと、お盆の間考えていたからだ。
1960−62の最初の就職・川鉄時代は、結婚はしていたけど、職場はあまり思い出したくないくらいつまらなかった、62−72の松田製作所時代の一人前のエンジニアになってからの後半の6−7年が、私の花の時代だった。

この間に会社は30名位の小企業から400名の中小企業になり、私は40名の技術部の部長になっていた、6組の仲人の経験もその頃だった。
アメリカ・ミシガン州のプラスティック牛乳瓶(1ガロン)の事業家のW.ブリテンさんという天才経営者が、ブロー成形機の開発と量産発注をしてくれたおかげで、私以下5−6名のエンジニアが、5−6年の間に何十回もアメリカに出かける経験をさせてもらいました。

73年に松田が潰れて以来、私は技術コンサルタントに変身して今日に至っている、部下だった技術者はばらばらになったけど、プラスティックの関連業界で生き残っている、今年も少し涼しくなったら、消夏会で集まることになっている。

技術コンサルタントの世界 2013.8.6.
お盆が近いと、帰郷するので会合に欠席する人が増えてくる、東京近辺では、半分くらいの家族が田舎に出かけるのじゃなかろうか?
私のように、満州帰りであまり中国好きじゃないのは、東京の盛り場に出かけて、アジアの外人ばかりで腹が立ち、家で冷房をかけてごろごろするしかない。

月初めの土曜日午後の独立支援の会には、いつも3人くらいの様子見の新人が参加して、自己紹介してくれる、おおむね定年が数年後に来るので、その後の第2の人生をどうするか、準備のために勉強に来た、と言う諸君である。

我々はこういう諸君のために、最近独立・自営を始めてなんとかなっている先輩達に、体験を話してもらうことにしている、ついでに協同組合のグループ活動を説明して、参加してもらうと、組合も若返り・世代交代を必要としている時期なので、一挙両得ということで、私も必ず出席している。

技術コンサルタントの世界 2013.7.31.
周辺技術研究会・は、金属やプラスティックの加工の「周辺」を勉強しようと、月に一度の見学を計画実施しているグループ活動です。

最近見学のねた不足で世話人の伊藤君から相談を受けていたので、26日に千葉工大でMNB(マイクロナノバブル)研のステアリング委員会があるから、尾上先生にお願いして、MNBとAPP(大気圧プラズマ)の研究設備の見学会にしようと決めました。

当日、なんと20名の参加者がやってきて、一寸した騒ぎになりました、私は周辺研がいつの間にか、100名くらいの連絡メンバーに膨れ上がっているとは、夢にも思わず、尾上先生にはご迷惑をかけました、ごめんなさい。

27日には、JEFでミヤンマー対応の打ち合わせをしました、10名くらい参加者があり、BOP(base of pylamid)の名前にふさわしい、下水・浄化槽、バイク・自転車修理スタンド・木下商店、どこでもPC,道路基盤事業の中古設備(コンクリート2次製品工場、砕石工場、アスファルト工場)、保健所システム(水質検査、食品衛生)
等が議論されました。

食品関係の技術士と道路・トンネル・橋の技術士が参加して、提案書を書くのを協力してくれると有難い。

技術コンサルタントの世界 2013.7.20.
組合のシニアで、私が独立した頃にお世話になった高島さんが定年になったと言うことで、20年位前に私が提案して作ったプラスティック業界のグループ活動の一つである、ナノ構造ポリマー研究会で18日には、潟uリヂストン保養所 奥多摩園に一泊して講演会、19日にはBRIDGESTONE TODAY(ゴム、タイヤ、ブリヂストンの紹介をする展示館)の見学会がありました。

研究会を作った頃のことを知るシニアは、もう2−3人しか居ないけど、最近は現役の若い会社員・研究者や大学の研究者が参加して、20名くらいのメンバーが活発な議論をやっていました。

最近、私は本田OBの藤田君と、自動車屋の考えるタイヤとタイヤメーカーの考えるタイヤについて議論していたので、いろんな意味で興味深い2日間でした。

それにしてもブリジストンは世界的な巨大な会社なんだね、昔アクロンと言うゴムの町に飛行機で下りると、ゴムのにおいがした記憶があるけど、今は工場に入ってもぜんぜんゴムのにおいがしない、アクロンも最近は住みやすい町で復活しているし、ゴム産業も大いに変わったのです。

今TVでデトロイト市が破産したと報じている、シェールガスによる、産業の復活とメーカーのアメリカ回帰が報じられているが、日の出の前の暗い瞬間とでも言うべき出来事なんでしょう。

日本の政府も、メタンハイドレードという希望の資源に税金を大投入して、国民に夢を見てもらうなんてことが出来ないものだろうか?
国民はいやだとは言わないと思うんだけどね。

技術コンサルタントの世界 2013.07.15.
12日の消夏会は、演舞場別館の鴨料理でありました、帽子と丸善で買った本の袋を忘れて帰宅して、あわてて電話で確認して、来週取りに行くことにしました。

13日は技術フォーラムの例会と、午後の発注者エンジニアリング研では、研修会ビジネスでの教科書執筆の話題、ニューシビル研では浄化槽の解説と、光触媒の水処理応用の話があり、アジアへのBOP ビジネス提案の種も沢山出てきて、これも提案書を本にまとめても良い、今年はお楽しみである。

2−3の人から掲示板での組合設立以来の、私が思い出す「シニアの群像(ちょっとオーバーかな?)」が面白いと言ってくれた、私は繰り返すが、私がコンサルタントを商売に選択したのも、飯を食えるようになったのも、技術士の先輩方とお付き合いをしてきたおかげだと思っている。

これから独立したい、自営業をやってみたいと希望を持って、我々にアクセスしてきた諸君に、なるべく生きの良い先輩を提供したいと、色んな勉強会・グループ活動を運営している、遠慮なく顔を出して見て下さい。

技術コンサルタントの世界 2013.07.12.
9日には、アメリカの2人の孫、近所の孫を連れて、スカイツリーに昇って来ました、予約をして待たされて、半日がかりの大イベントでした。
私は敗戦後の小中学校の頃、おばの家が歌舞伎座の裏で薬屋だったので、いわゆる下町は歩き回っているので、記憶に残っていたのですが、500Mから展望すると、大都市東京の変貌振りに圧倒されました。

10日に孫が帰国するので、成田にドライブしてきたのですが、これまで空港の中をうろうろすることが無かったのですが、今回は早く着いてお土産屋や食べ物屋をぐるぐる回ってみて、これまた世の中変わったんだと、驚かされました。

マスコミを作っている人たちの年齢が、案外高年齢なんじゃないかと疑わしいのは、設備とか物作り的なところにスポットが当たっているけど、スカイツリーや成田空港は激しい大消費センターになっていて、スカイツリーに上るより、飛行機でアメリカに帰るよりも、お土産や装身具等にお金をかけているんじゃないだろうか?

11日は連休ごろから来ていた孫が居なくなったので、夫婦2人に戻り、気が抜けて、プールで泳いできた後、クーラーをきかせた部屋で、呆然としています。

技術コンサルタントの世界 2013.7.6.
妻と、長逗留しているアメリカの孫・洋子(20歳)・明(10歳)を連れて、大阪見物をしてきました。

難波の街中のホテルに泊まって、住吉神宮、大阪城、アメリカ村などを、歩き回りました、たこ焼きの立ち食いをしたり、本格的な大阪風の割烹で日本料理を食べたり、私自身も大いに楽しんできました。

行く先々では、韓国の高校生の修学旅行の団体や、アジアの若い男女のグループ旅行に行き会い、大阪は国際都市なんだと、改めて感心しました。

私は最近掲示板に技術士の先輩の思い出話を書いていますが、私の仕事のやり方は、結局色んな先輩の良いとこ取りで出来上がっていたのだと、あらためて伝統と言うのは、すごいなあと考え、私も後輩の諸君になにかを伝えなきゃいけないのだ、と自覚した次第です。

私はプラスティック機械のメーカーで設計の仕事をしていましたから、その分野では専門家ですが、最初からとてもその分野の専門家としては、飯を食っていけると思っていなかったので、コンサルタントになってやろうと決めました。

私は、素直でない自分の性格から言っても、問題解決型のコンサルタントではなく、問題拡散型というかオルタナティブ提案型という、へそ曲がりな対応で商売をやってきました。

組合員の諸君なら、私が組合の大抵のグループ活動のスタートから、色々試行錯誤をしてきたのを、見ていると思いますが、私はグループ活動が盛んになるまでが興味があり、なかなか人が集まらないなんていうのには、一生懸命に工夫してみます、へそ曲がりの性格と言うものでしょう。

技術コンサルタントの世界 2013.6.30.
28日には、半年に一度やっている、千葉工大の尾上研主催のMNB(マイクロ・ナノバブル)の講演会があり、100人近い参加者があり大盛況だった。
この会合は、世話人の佐々木君以下ステアリングのメンバーは、大方が技術士協同組合の諸君で占められており、文字どうり協賛しているイベントです。
ステアリング委員会は月例会で開催されていて、仲良しグループになっています。
MNB技術の応用は、我々の日常生活に密接なテーマばかりで、医学の血管造影剤の話や、土壌汚染の地下水の浄化の話など判り易くて、面白かった。
私は、最年長なものだから、パーティでの乾杯の話をしたが、「地下鉄の月島駅を降りて、勝鬨橋方面に歩くと500M位の道の両側が軒を並べて「もんじゃ焼き」の店があります、町並みの変身にびっくり、もんじゃ焼きは昔のモンジャとは似て非なる、野菜たっぷりでなかなか美味しい、いかにもヘルシーな食べ物に変身していた、小グループの会合にぜひ行ってみたら良いと思います、女性にも好評で我が家に長逗留しているアメリカの孫娘や、妻にも大好評でした。」と言う情報提供をしました。

技術コンサルタントの世界 2013.06.20.
6月4−12日、自治医大に入院して、右のひざの動脈に詰まった血栓を手術で取ってもらいました、18日には千葉工大・津田沼、19日には人形町の大塚君のオフィスに出かけて、さばの焼き魚定食をご馳走になり、社会復帰しました。

私は男の3兄弟ですが、皆似たような血管系の病気を抱えており、体質というのは逃れがたい宿命というしかないですね。
今鹿児島に帰郷されている、元気な本田尚士先輩が昔々出先で倒れて、首の血管に詰まった血栓を掃除してもらったと言う話を、思い出しました。

迷惑をかけた皆さんに、言い訳と顛末を報告しました、元気なつもりとはいえ、年齢には勝てないと自覚しましたので、私なりの世代交代を考えなきゃいけないなと、真面目に考えることにします。

それにしても、1970年以降、私が技術士をとって、青年技術士懇談会で、独立志向の仲間達とグループ活動を始めて以来の、技術士の先輩方のシニアとしての生き方を沢山思い出しました、皆個性的で魅力ある年寄りだったなあ。

技術コンサルタントの世界 2013.06.13.
5−12日自治医大の心臓血管センターの入院して、右足の動脈閉塞の手術をしてきました。
15年前にバイパス手術をしてもらった病院で、相変わらず若々しいお医者さんや看護婦さんが動き回っているし、大増設も建設中だし、病院とは思えない元気と賑やかな一週間でした。
原因で思い当たるのは、15年前から毎日飲んでいた「血液さらさらの薬」を連休中に切らして、医者に行かず3週間飲んでいなかったからかなあ、と反省しています。

さて、懸案のBOPビジネスへの提案が続々出てきたと聞いています、次回の22日の会合がたのしみですが、私も1.「小規模下水処理システム・浄化槽システムのコンサルタントと浄化槽製造システムのコンサルタント」2.「コンピューターの使える地域の拡大のコンサルタントとそのハードウェアのコンサルタント」3.「中古設備・機械の市場開拓・メンテナンスのコンサルタントと業者とのお付き合い」
という3つのテーマの提案者として、各分野の専門家・コンサルタント・業者とのグループ編成を目指します。

技術コンサルタントの世界 2013.06.03.

6月1日(土曜日)は組合の総会でした、参加できなかった諸君に、私が喋った骨子を、藤田君が書いてくれたので、以下に貼り付けます。

貼り付けー

従来、協同組合ではインキュベーション研究会などに代表される「技術士業務のための着眼点育成」や大学と連携した各種研究会に代表される「技術組織運営の実践」などについて活動を進めてきました。
色々な分野に渡る独立技術士集団だからこそできたことだと感じています。ものの見方がマルチです。自分だけの専門分野に片寄っていません。協同組合の特徴の一つです。
それらの経験により、会員の皆様は随分発想力が豊かになっていると感じています。

今年はそれらの能力をベースに、実際の業務展開に発展させてみるつもりです。
具体的には、協同組合で特定の業務を受けることを考えています。
ただしこれはチームで当たるのに最適な業務に絞ります。そのために「業務委員会」を作り、そこを司令塔にしようと思っています。

チーム構成で最も大切なことは専門分野ではありません。「発注者のエンジニアリング経験者」と「受注者のエンジニアリング経験者」で構成することです。これこそが最強のコンサル集団です。
コンサルというと「半導体」とか「エンジン技術」など専門分野を想像する人がいるかも知れません。しかしそれは退職後2年程度の寿命のものと心得、個人で行えば良いことです。
「発注者」の立場は「機能、性能要件あるいはそれを出すための尺度設定」です。
「受注者」の立場は「要件や尺度を実現するための製造技術」です。
現在の工業製品は建築物も含め、この2つのバランスの上に成り立っています。この両輪がチームコンサルには欠かせません。

日本技術士会が公益社団法人となりました。会員の業務に関する期待にはそえない団体にならざるを得ないと思います。
協同組合は独立・自営の技術士の民間組織です。いままで培ってきたものを有効活用し、また一歩先に進みたいと考えています。

総会に先んじて、3時からは王子駅前の北トピア701で、大久保世話人のインキュベーション研究会に出席しました、ここで私の大久保君への提案は、

貼り付けー

JEF・井戸田専務理事から、ミヤンマーでのBOPビジネスに関して、私が提案している「浄化槽システムの提案」をつめてくれと、依頼されています。

私の提案は、日本での村落単位の浄化槽システムによる下水技術コンサルタント、小規模の浄化槽製造ライン、パイプ・継ぎ手の製造ライン、の技術コンサルタント達の共同作業による「提案書」作りを始めたいので、大久保君世話人はまとめ役として、今回組合の理事にお願いした諸君に協力してもらって、井戸田さんに対応してください。

貼り付け終わりー

と言うわけで、39名の参加となりました、技術フォーラムの原田さんが挨拶をしてくれましたし、営業コンサルタントの河北君が、ケーブラッシュの増田社長とアートヒカリの古川社長を誘って参加してくれました。

古くからの会員で、最近では総会でしか会わない諸君も居て、私はひさし振りに楽しいひと時を過ごすことが出来ました、2名の若い新人が推薦されて組合員になり、少しずつでも世代の交代が動き出したのかなと、喜んでいます。

業務委員会は,第4週の1時−3時位でやろうと、総会後の飲み屋で決まりました、岡君が世話役をやってくれます、メンバーはしばらくの期間、組合員・理事に呼びかけて様子を見ることにします。

技術コンサルタントの世界 2013.05.20.
18日には「技術士独立開業セミナー」があり、これから独立する諸君と一日お付き合いをしました、2度目、3度目の人も居たし、それぞれの諸君の独立のプランも聞いて、夕方のパーティになった頃は、独立してうまくやってほしいなあと、思うようになりました、年齢的にも息子の世代ですし、韓国、九州、静岡、シンガポール等遠いところから出てきた人も居て、主催者側のほうが圧倒される思いでした。

反省会があり、実行委員会は年に一度のイベントだけでなく、来月あたりから月例会をスタートして、新人を含めた会員のための業務委員会という内容の活動を、模索してみようということになった。
岡君が世話人で呼びかけます、興味ある人は6月1日には組合の総会もあるので、その時にでも反応してください。

技術コンサルタントの世界 2013.05.16.
13日には4月に亡くなった和田忠太先生のお宅に、黒澤・青葉・菅野君とお線香をあげに行ってきました。
奥様から若い頃からの話や、つい最近のお元気な頃の先生の話を伺って、各人それぞれの懐かしい和田先輩の生涯のストーリーが繋がった様な気分になり、帰りに寄った喫茶店で盛り上がりました。

何しろ「颯爽としていた」ことだけは、皆の共通した思い出・印象で、調布の飛行場で、私は我が家の子供達と、3回、4人乗りの小さな飛行機に乗せてもらいましたし、赤坂のTBSラジオに出演されていた頃は、真っ赤なスポーツカーに乗っていて、TBSの地下の「ざくろ」でよくご馳走になりました。

40年以上やっている技術士協同組合は、和田先生にあこがれて、追っかけた「和田塾」の仲間が中心になって始めたグループ活動ですから、「独立・自営」がメンバーの参加条件になっているんです。
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技術士協同組合設立時の資料(組合員名簿等)

技術士会会報(創刊2号)

和田先生メモ

技術コンサルタントの世界 2013.04.29.
 cea・組合の創業時の先輩方が引退したり、亡くなったりしたニュースがあり、思い出すことが多いが、独立・自営業の先輩とのお付き合いは、気分の良い、役に立つものだったなあ、と改めて感心している。

我々も次の世代の独立志望の諸君と、どう付き合うかは、月例の第一土曜日の午後一に現れる諸君と、年に一回、技術士独立開業セミナーと称して、

貼り付けー
1.日時 平成25年5月18日(土) 9:30〜17:00 (懇親会 17:10〜18:40)
2.会場 品川中小企業センター小講習室 品川区西品川1-28-3
3.内容 定年前、定年後に独立開業するためのノウハウ・事例の紹介、及び講師も参加する少人数
貼り付け終わりー

参加する諸君との、その後の仲間付き合いが重要だなと、考えている。
新人諸君の背景が千差万別なので、色んなグループ活動に顔を出してもらわないと、組合は役に立たない。
新人諸君に直接会話をする先輩には、なるべく最近に独立・自営を開始して、軌道に乗ったばかりの直近の先輩方を選んで、担当してもらうことにしている。
私のようなシニアの話は、時代も違うし、どうしても自慢話に聞こえてしまうような話しか出来ないので、遠慮することにしている、

技術コンサルタントの世界 2013.04.22.

15日は周辺研の見学会で深谷にあるダイニックというビニルクロスのメーカーの見学に参加しました。
自動車のシートや本の表紙の素材を作っている成型加工メーカーで、日ごろ見慣れた製品の原材料から作られるプロセスは、なかなか面白い、結構奥の深い技術を垣間見た気がして気に入りました。

17日は妻の友人のおば様方2人が、銀座の交恂社を見たいという希望があり、お昼ごはんをご一緒しました、東京の歴史的クラブということで女性も興味を持つ時代なのかもしれない。

18日は古くからの技術士仲間の松本俊次君と、高橋宏太郎さんと新宿の京王プラザで、昼ごはんを食べました、40数年前の青年技術士懇談会での独立希望の仲間で、同じころに独立して、お互い後期高齢者になっても、たまに帰国するタイでコンビーフの缶詰工場を経営している高橋さんのスケジュールにあわせて、おしゃべりをすることになっています。

19日は組合の決算と今年の計画を、菅野君と御茶ノ水で打ち合わせました、初代理事長の和田先生がなくなったのはショックですが、40年以上経ったのですから、世代交代は必至だし、初心に帰って新人の為の業務の開拓については、組合の先輩達がグループでやるようなことを、考えることにしています。

技術コンサルタントの世界 2013.04.15.

年度末が無事に過ぎて、2013年度がスタートです、2度目の阿部首相は良いですね、自信満々に見受けます、景気というのは我々国民の気分に左右される要素が多いと言いますから、これから景気は良くなるんでしょう。

13日のニューシビル研では、福本君に世界のエネルギー事情、特にシェールガスに関して、ここ3回ぐらい続けてレクチャーをしてもらったが、アメリカが経済収支的にも、物作り産業的にも、大復活するだろうという根拠が良くわかった。

12日のコンペックス・(プラスチック技術者のOB会)でも、シェールガスの話題になり、シェールガスの成分からはPE・ポリエチレンの素材が、これまでの石油の5分の1のコストで出てくるので、日本の大手化学メーカーはこぞってアメリカに大投資を敢行しているとのことでした。

1973年の石油ショックで会社がこけたおかげで、独立コンサルタントという商売で後半生を送ることが出来た私にとって、今起きているアメリカでのエネルギー革命は大変興味があり、しっかりとウォッチングしておきたい。
原発問題もこの視点で見直す必要があるんじゃないだろうか?

技術コンサルタントの世界 2013.04.05.

初代の理事長・和田忠太先生が、4月1日にお亡くなりになったと、奥様から電話をいただきました。

和田先生は沢山の本を出されていますが、私が最初にお会いした1970年ごろは、TBSラジオの子供電話相談室の回答者として有名な方でした。

当時の青技懇の若い独立志向の技術士仲間が、勝手に「和田塾」なるものを作って、TBSや先生の蒲田の事務所・工場に押しかけて、話を聞いたものです。

科学技術館の展示コンサルタントもやっておられ、事業としては娯楽機械・アミューズメントマシンの製作や運営もてがけていました。

週に一度は、調布の飛行場から軽飛行機を運転する趣味もあり、私も我が家の子供達も、乗せていただき、富士山を一回りして箱根山を下に見ながら戻る、約一時間の寒いフライトを覚えています。

車は真っ赤なポルシェに乗られていた時期があり、以来私は影響を受けて色々な赤い車に40年位乗っていましたが、最近年齢を意識して黒い車に変えたばかりです。

技術士協同組合は当時の和田塾のメンバーが、和田先生にお願いして、独立・自営の諸先輩の回状を回してスタートしました。

今年は組合発足の初心に帰って、先輩・シニアは、新人のための業務開拓や業務斡旋の努力を惜しまない体制に協力してもらおうと思っています。

技術コンサルタントの世界 2013.03.22.

百姓がやりたくて、信州に農地を買って引っ越した友人から、元気の良いメールが来ました。

貼り付けー
森田さん
春めいてきましたね。岡崎です。ボツボツ農事の準備を始めています。南海トラフもアベクロ路線もTPPも関係ネーヤと愉快、愉快、爽快です。

貼り付け終わりー

我が家では3箇所の墓参りです、寒いし暖かいし、目鼻がかゆいし、色々気分が忙しい季節です、これから花見が2回あります。

ドイツ在住の友人からの情報でも、クリーンエネルギー・太陽光や風力への政治的な補助政策が見直されてきたらしいが、日本でも経済合理性で石炭やガスへのシフトが段々はっきりしてきた。
我々の仲間内でも、野本君や最近では伊藤君が自宅にソーラーを設置してデータを解説してくれた、技術者らしくて偉いなあと、評価したい。

発注者のエンジニアリングというテーマを、色んな角度から議論してみたい、物作りのエンジニアリングや保守・メンテナンスのエンジニアリングに対比すると、どういった基礎的な分野の勉強・知識が必要なのか、浮かび上がってくるのじゃなかろうか。
ユーザーとかオーナーサイドのエンジニアリングと言い換えてもいいのかもしれない。

50年前の日本では、技術系の学生はメーカーに就職するのが、当たり前の時代だった、最近までそうだったに違いないが、最近学生の意識が急に変わってきたと、大学の関係者が教えてくれた、この謎にも関係あるかもしれない、というのが私の仮説です。

技術コンサルタントの世界 2013.03.11.
今週印象的だったのは、稲門の機械のOB会での、塑性加工で有名なA教授の思い出話は、今の機械科の学生は現実社会での物作りに興味が無く、メーカーに行かなくなってしまった、という嘆きのところに重点があり、集められたメーカーOBの4−50人の60歳を過ぎた参加者を、がっかりさせていた。

役所に就職するのが今の学生諸君の流行のようで、私のような年寄りにはある種新鮮な驚きを与えてくれた、明治維新のあとや敗戦後にも、そんな時期があったんじゃなかろうか?、私はメーカーに居たのは40年前のことで、楽しかった思い出は沢山あるが、機械のエンジニアが物作り以外のところに就職するのは、悪くないと思う。

9日のニューシビルの会で、高堂君が御茶ノ水・水道橋の散歩と江戸の水道遺跡の見物をやってくれたが、知らないことばかりで非常に面白かった、最先端の工場見学も良いが、産業遺跡的な昔の技術も、あらためて解説してもらうと、なかなか含蓄があるし、先人の苦労や知恵が良くわかり、気分が良くなる、現在の世界一美味しい東京の水道水が(お土産にボトルをもらった)江戸時代に繋がっているというのも、面白いねえ。

技術コンサルタントの世界 2013.03.05.
2月23日の技術フォーラムの講演会では、海洋コンサルタントの広瀬宗一さんの津波や海洋土木の講演を聞きました、那珂湊や銚子の市場に魚を食べによくドライブするけど、たまに出かける我々は海辺が大好きだけど、住んでいる人は結構リスクあるんだねえ。

25日には、セキュリティロボット研究会の見学で、渡良瀬漁協の石井君の案内によって、那須塩原の養魚場に出かけました。
河鵜を追い払うロボットの実験をお願いする現場で、鶴や鷺(さぎ)、鵜なんていう動物園でしかよく見たことの無い動物を、しみじみと見物させてもらいました、面白いといえば面白いテーマでしょう?

28日は日本技術者連盟の井戸田さんから、ミヤンマーの技術者連盟との話の進展状況を聞きました、私はミヤンマーなら一度いってみたいという、はなはだ身勝手な興味で、この話に乗っています。

3月2日は第一土曜日の独立支援の会合と、研究会のインキュベーションの会合が、王子のホクトピアであり、独立したばかりで元気の良い、芳が原君(筑波)・化学と中村君(トーフプロジェクト)の話を聞きました、これから独立を考えようという諸君には、おおいに役に立ったと思います。

3月3日は、副島隆彦さんの講演会が田町の建築会館にあり、ひさし振りに技術屋の苦手な政治の大きな話を聞いてきました、私は副島さんが主催しているsnsiというグループ活動の会員で、弟子の一人であると自覚しています。
渡良瀬漁協の石井君や、放射線の出るペレットやブレスレットを売っている六城君は、弟子仲間の若い友人です、アメリカの作家アイン・ランドに魅せられてしまった藤森かよこさんが、前座で気合の入った講演をしたので、展示即売の本が売り切れちゃったと聞いています、面白かった。

技術コンサルタントの世界 2013.02.21.

1986年、政府は「シルバーコロンビア計画」を提唱した。定年退職者たちの海外居住を支援するプログラムである。
私の知り合いでも、ニュージーランドやカナダ、スペインに移住した人が何人か居るが、全員帰国している、旅行や下調べでは、住んでみることが案外想像つかなかったのか、その後の世界情勢が変化したのか、理由は案外単純で、日本人は外国に住むのが苦手なんじゃないだろうか?

今、我々日本人は各々自分の立場で、国際化に向かい合わざるを得ない状況にあると言っていいだろう。
私の親父は、農家の次男で上海にあった東亜同文書院という学校を卒業して、当時の満州中央銀行に就職し、敗戦後は地元の銀行に勤めていた、中国が大好きで寝言に中国語を喋ったり、銀行の関係のホテルに上海からコックさんを連れてくるとか、息子の私は不思議でしょうがなかった。

私は8−10歳の2年間避難民生活をしたおかげで、素直でないひねくれた性格になり、学生時代にはクラブ活動には入れず、会社員にもなじめず、若いころから独立・自営業できてしまった。

旅行は良いと思う、旅をすれば勿論楽しいし、帰ってからTVでの世界の情報が気になるし、理解も進むような気がするし、日本のよさがあらためて判るというものだ。

日本人のグローバル対応は、出て行くのではなく、外国人に来てもらって、日本国内で外国人に対応する状況を作ることじゃないだろうか、開国というのかなあ?

フルブライト奨学金のような補助金を、世界の若者に提案するなんてのは、日本のグローバル対応として良いアイデアだと思う、敗戦後に沢山の優秀な日本の若者達が、戦争に負けたアメリカびいきになった結果を、我々の周辺でも実感している。

技術コンサルタントの世界 2013.02.11. 森田裕之

8日には化学業界のOBの親睦会・コンペックスがあり、広島大の醸造の先生の「日本酒・江戸時代」のお話を聞きました。
飲み会では日ごろ何気なく、選択しているお酒の話は、広島や灘・神戸の地域や水、歴史の話が織り交ざって楽しいひと時でした。

講演の後の神谷町での飲み会では、早速神戸のお酒を選んで、話題は化学屋らしく「トンネル事故のケミカルアンカー」や「ロッキードのリチウムイオン電池」の話で盛り上がりました。

私は、最近自慢している「物心ついて以来、歯を磨いたことが無いが、歯医者の世話になったことが無い」ことを話したところ、醸造の先生は真面目に「昔から口の中に良い菌があれば、ありうるんだ、と自分も試してみたいと言っていました」、概ねの化学屋シニア共は、「特異体質じゃないの」とか「そのうちどかっと抜けるよ」と言ってました。

昨年、ライオンの研究所見学した時に、女性の博士・研究員の案内してくれた方が、洗剤・シャンプーの弱点を教えてくれたけど、最近作家の五木寛之さんが、頭を洗ったことが無いと、ふさふさした白髪交じりの長髪で、TVで話していました。

五木さんも私も、子供のころ外地からの引き揚げで、2年くらい、今の福島の被災者と同じような経験をしているわけです、私は精神的にもかなり普通の友人達と違う行動・判断をすることが多いのですが、元をただすとあの時の経験にあるのかなと、今頃になって気がついたしだいです。

広島で被爆して原爆手帳を持っているF君の元気なことなんかも考えると、人間の体も精神も、死なないくらいの苦労は、人間を強くするんじゃないだろうか?
神戸や福島の大震災の後から、元気のいい若者が輩出するかもしれないという仮説は、気分を良くすると思いませんか?

技術コンサルタントの世界 2013.02.03.

第一土曜日の午後いちで、組合創立以来やっている、開業支援の勉強会で、今月は秋元君、掛川君という組合のメンバーの中でも屈指の若手の二人が喋ってくれたので、これから開業しようと言う諸君は大いに役に立ったことでしょう。

私はあいかわらず、八方破れの論理を駆使して、独立自営業の面白さを,綿々と喋りました、世の人は「技術の専門家」に市場の開拓を期待することが大きいとか、会社の技術者の上司ではない、下請けでもない、利益相反の無い技術コンサルタントと言う人種が、如何に経営者にとって貴重な人材であるか、等等です。

最近の日本人の大テーマ、自分にとってのグローバル対応も議論したいテーマです、私は」日本に居ながらのグローバル対応が出来るなら、一番いいと思っています、外国に出かけることは、もうそれだけでリスクがあることは、最近の事件でも判ったでしょう。

余程の経験者以外は、個人でのグローバル対応はやめた方がいいでしょう、大手の会社でさえお金をとれずに、海外に大赤字を抱えていると言う話を聞きました。

特に会社を辞めたばかりの人が、外国に転職・働くと言うことは、どんなにいい条件でも、やめた方がいいと思います。

単身赴任に慣れた人は例外かも知れないけど、普通のシニアは外国に出かけて体を壊す人が、案外居るんです、そんなことより、住んでいる地域でおおむねボランティアだけど、人の役に立つことを求めて働き、奥方と仲良く,旅行でもすることを、本気で勧めています。

技術コンサルタントの世界 2013.01.30.

新年になって研究会のステアリング会合が続きます、新しいテーマも出てきて,我ながら散漫な性格だとは思うけど、上智の坂本さんが提案するような、複合化・シナジーを巻き起こすような動きには、私はいいポジションに立っていると自覚して、会合ではお喋りしています。
cea・会員の諸君は、MNB・マイクロバブル、APP・プラズマ、ロボット、複合化(微粒子研の次ステージ)、技術監査、周辺技術研・などの既存のグループ活動には、予定表を調べて、是非顔を出してみて下さい。

クラスメートとの新年会は、銀座で昼ごはんを食べました、自分のことを客観視するには、定期的に同年輩の友人の顔を見るのが一番で、今回誰かが、後期高齢者になった我々の世代は、日本の発展途上国段階に合わせるように働いて、落ち目の成熟国・日本の隠居・年金老人になっていると言うのは、まことに運のいい世代で、良かったなあ、と締めてくれた、同感である。

私が連中と意見の合わないのは、私以外が全員、日本の物作りの未来を悲観して、国の将来を憂い、心配していることである。
私は、シニアの態度として、楽しく余生を暮らして、余計なことをしないで現役世代の負担にならないよう、自立した老人になることじゃないかと言う、意見を述べました。

議論の終わりごろの本音のところでは、みんな私の意見に賛成でした、「憂い」なんていう高級な感情は、あまり我々には似合わないんだ。

技術コンサルタントの世界 2013.01.15.

12日のニューシビル研で、日本技術者連盟の井戸田さんから、ミヤンマーの話を聞きました。

議事録の一部を貼り付けー
以上のようにミャンマーではまず電力であるが、今後、途上国の貧困層を支援するためのビジネスとして、BOPビジネスがある。
BOPビジネスとは、世界人口の7割を占める貧困層(BOP層:Base of the Pyramid)を対象に、衛生的な水の供給など、BOP層のニーズを満たすための製品・サービスを、民間ビジネスの原理を活かして持続的に届けるビジネスである。
技術士がコンサルタントとして活躍できる分野が多いものと考える。
貼り付け終わりー

我々の世代では、ビルマの竪琴の「おーい水島あー」という映画で、親近感のある国だが、あまりこれまで出かけるチャンスも無く、知らない国だが、今年は井戸田さんに機会を作ってもらい、グループを組んで行って見ましょう。

井戸田さんには、私の場合はミヤンマーの、プラ業界と機械業界の人に会いたいと、お願いするつもりだ、勿論観光が楽しみだが、少しは仕事になりそうな楽しみも仕込んでみたい、同行希望の諸君も、自分の関係する分野の要人と会えるように、井戸田さんに頼んでおきましょう。

技術コンサルタントの世界 2013.01.06.
5日(土)にcea・組合としては月例会、技術士会の行事でもある新規開業支援研究会があり、17名出席者があり、若くして独立した、沖津・鐘ヶ江君がそれぞれの経験と意見を、話してくれました。

新しい人4名と名刺を交換しました、それぞれ大会社の定年の前後の諸君で、若くて独立を希望して行動した我々とは、人生観の違いがあるとは言うものの、同じような技術者の成れの果ての仲間として、付き合えそうな気分の会合でした。

沖津君が私からの宿題ということで、技術士登録した人が、「会社に居る時」「会社を辞めるとき」「会社を辞めた後」の身のふりかたを、2つの事例(フィクション)から、自分で考えるための例題を提案してくれた。
最近私が話題にしている「利益相反」や「倫理」に関しても、具体的に考えざるを得ないように作られている話なので、新人諸君はこのホームページの中に載せて貰うので、是非読んで考えてください。

技術コンサルタントの世界 2013.01.03.
明けましておめでとうございます、今年もよろしく。

沢山の賀状とメールをいただきました、組合発足当時のシニアの皆さんからも頂いています、年賀状だけのお付き合いになっては居ますが、当時の先輩方の颯爽とした姿を思い出しながら、読んでいます。

餅つきのときにも気がついたのですが、小さい子供ずれで来ている息子の友人夫婦達を見ていると、人生一番輝いているのは、このあたりの年だったんだと、感慨深いものを感じました。

賀状でも、独立して3年経ちました、10年になります、などなど輝いている時期があるんですね、「森田さんに言われたように、何とかなっています」と言う嬉しい賀状もありました。

地方に在住する技術士が、独立してやっていけているという情報は、一番嬉しく、喜ばしい話で、30年も前に私がアメリカに工場を作った会社の仕事をしたころに出会ったPEを思い出しました。
グローバルな仕事をするのは、都会のインターナショナルなPEですが、大方は地方のシビル周辺にPEが存在していました。

今年は、我々個人業者には苦手な、グローバル・国際的な仕事をグループで開拓してやろうと、色々考えています、興味ある人は声をかけてください。

技術コンサルタントの世界 2012.12.30.
プールは昨日でお終いで4日に始まりだし、図書館は閉まっているし、年末に買い込んだ楽観派、悲観派の未来予測の本を片っ端から斜め読みをしている、1973年の独立したころからの習慣で、石油ショックでの不景気に対応して始めた「餅つき」も40回目になり、天気が気になって仕方が無い、予測では30日は午後から雨らしいので、スタートを早めて昼には家に上がって、酒盛りにするしかないなと言う判断であったが、朝起きるとシトシト降っているし予報も一日雨なので、明日・31日に延期します。

その40年前の預言者では、長谷川慶太郎さんの予測がドンぴしゃりで、それ以降私は長谷川さんの信者として、今日まで大過なく生きてきたと、感謝している。
その長谷川さんがシェールガスに関する本を出したので、早速読んだが、アメリカの大復活を予想していて、わが意を得たりで、私もご機嫌いい、LAの息子やドイツ・カナダの友人達にも、本を贈りました。
楽観派の若い書き手も出てきて、楽しみです。

先週、15万キロ乗ったBMW・3をベンツ・Bに買い換えました、明日をも知れぬ年齢で、何時まで乗るつもりなんだと、冷やかされそうだが、ドライブが趣味なんでね、あきれてください、正月はドライブだ。

技術コンサルタントの世界 2012.12.21.
独立・自営を始めたばかりの諸君へのアドバイスで、一番意識してほしいのは「利益相反」という法律用語です。
諸君の周りの大人が君の事をどう見ているか、諸君は自分のことを世の中・潜在顧客に知ってもらいたい気分が横溢していて危なっかしいのを、先輩としては心配している。

大きな話では、今日の内田樹さんのブログに、

貼り付けー
大づかみに言うと、いま日本を含めて地球上のすべての人々は「国民国家とグローバル資本主義の利益相反」という前代未聞の状況を前にしている。
貼り付け終わりー

噛み砕いて言うと、個人も会社も国際的に働かないとやっていけない時代に突入したが、それが日本や日本人のためになるとは限らないのを、承知していないと、生きていけない、と言うことである。

大学の後輩で大手ゼネコンの現役の幹部が、先日の飲み会で恐ろしい話「外国で仕事をしてお金が払ってもらえず、目のくらむような大赤字が積み上がっている」をけろっと喋っていました。

アメリカのPE資格を持っているコンサルタント会社(アメリカ)の後輩は、本社からの新人教育の柱はやはり「利益相反」で、保険もあるらしい。

利益相反は法律用語だが、技術士のような資格の会・グループでは、これを倫理要綱として、会の看板としてPRをしている。
その意味は、法律違反の証拠・エビデンスが無くても、仲間内で明らかなケースでは、仲間はずれ(グループ追放)にするよ、と言うことになっている。

技術コンサルタントの世界 2012.12.15.
年末は結構忙しい、市役所に行ったり、会計士に書類を届けたり、今年は15万キロ乗った車を廃車にして,買ったので、警察に行って車庫証明をもらったり、印鑑証明を取りに行ったり、自転車で市内を走り回っています。
プールにも毎朝出かけるけど、日々空いてきて快適です、シニアが忙しいのが良くわかります。

年齢を考えると、いまさら車を買い替えるのもなあ、とは思うものの、色んな車を物色していると、わくわくして楽しいのは、1961年に最初に買ったスバル360の時とぜんぜん変わっていません、私が機械科に行ったのも自動車が好きだったからで、スバル1000、本田のシティターボ2、ワーゲンゴルフ、トヨタのRAV4、BMW3X2台、全部10万キロ以上乗っています。

私が独立したのは、1973年頃の第一次石油ショックの時代でしたが、時代の見通しは圧倒的に悲観論でしたが、技術者出身の長谷川慶太郎さんという評論家がデビューして、楽観的な日本の未来を論じて、そのとうりに推移したので、すっかりフアンになってしまいました。
その長谷川さんが最近「シェールガス革命で世界は激変する」という本を出したので、5冊買い込んで親しい人に送りました、長谷川さんは私より一回り上のシニアですが、凄い人ですね、尊敬しています。

年末行事では、30日の餅つきが出来る予定です、妻が元気なおかげで40年くらい休まず出来ています、不思議なことにこれまで天気にも恵まれてきました、今では私は「掛け声」だけですが、息子達の友人が実際の搗き手で活躍してくれます。

技術コンサルタントの世界 2012.12.05.

3日に同期の連中6名と浅草で「麦とろ」の昼飯を食べ、船で東京湾を眺めながら「浜離宮庭園」に着き、銀座まで歩いてコーヒーを飲んで散会しました、1万歩歩いたことになりました。

明日をも知れない後期高齢者の我々は、前の晩に飲んで頭を打って救急車で入院したので、行けなくなった奴とか、この2,3日足が痛くて歩けないので出られないとか、半分くらいの集まりですが、出てくればぺちゃくちゃおしゃべりをしながら、楽しい半日が過ごせるので、半年に一度くらいは召集をかけることにしています。

シニアの世界は,真面目な工場見学や講演会もお楽しみですが、神社・仏閣などのホットスポット・イヤシロチの見物も大いなる楽しみなんです、例外なく歴史好きになり、産業遺跡なんていうテーマにも興味がでてくるのが、共通しています。

シニアになりたての新米シニアの中には、日本の将来や子供達の将来に思いをはせて心配したり、産業や政治の先行きを憂いたりする時期があります、私のようにシニアのベテランになると、あまりそういうことが気にならなくなっています、案外シニアと言うのはラジカル・革新的な気分になっているもので、温厚で気働きがあり、思慮深いというのは、年寄りの属性ではないと言うことが、自分が後期高齢者になって良くわかりました。

技術コンサルタントの世界 2012.11.23.
師走である、車を変えようと決めたので、妻と展示場を回り始めた、日ごろは呆然と見ていた車だが、買うつもりで見ると、ずいぶん変わってきていることがわかり、結構楽しい。

恒例の、来年の予測にかかわる本を立ち読みしながら、気がついたが、著者の世代交代があり、楽観論・悲観論の何冊か買ってつんどくして溜め込んでいる、休みの季節のお楽しみである。

副島さんの話では、本が売れないらしい、わが町ではとっくに本屋が消えた、私は海外在住の5人の知人に雑誌・週刊誌を5−6冊溜め込んでは、送っている、彼らは例外なく愛国者になり、日本のことが気になるようだ。

cea・組合のグループ活動で、私の楽しみは工場見学とホットスポット(イヤシロチ)訪問のセットなんだけど、世話人諸君は色々苦労しているらいので、来年はグループ同士の横展開・情報交換を図ることを考えてみたい。

技術コンサルタントの世界 2012.11.12

10月30日はAPP(大気圧プラズマ研)のステアリングで、千葉工大の尾上研、31日は埼玉大の産学連携の見学会で久喜にあるエフテックと言う、自動車エンジンを載せるフレームを、板金プレスと溶接で作っている優良会社を見学しました。

11月2日はMNB(マイクロ・ナノバブル研)の分科会のテーマを、某エンジニアと議論しました、私は突拍子も無いが「シェールガス採掘現場で、MNB水を注入したら、効率も上がるし、地盤も安定する」と言う仮説を提案した。

11月3日には、近所の技術士グループ(渡辺・河面・高堂・大久保・森田)の飲み会があり、私は「技術士の倫理」が最近気になっているので、話題提供をしました。

7−8日は、妻の女子美の同級生で、イタリア在住のアニメ作家の湯崎芙紗子さんとアニェーゼさんをつれて、谷川岳の近くの法師湯という温泉に行ってきました、紅葉が盛りで天気に恵まれ、おおいにリラックスしました。

9−10日はコンペックスグループの富士フィルム見学と、箱根金型荘でのステアリングに参加しました、内田君が世話人で12名参加でした、10日は橋本孜君の案内で、公園を2つ、博物館にも行き、草臥れていたのですが、5時ごろ代々木駅前の会議室にnet・PEの会(髭の青木君が世話人)の総会のおしまいごろに参加し、飲み会に付き合って、若い企業内技術士諸君とおしゃべりしてきました。

技術コンサルタントの世界 2012.10.31.
23日に、SME主催の森精機の伊賀工場の見学に参加してきました、名古屋本社まえから高速で京都に向かう山の中に、忽然と巨大な工場群が現れて、まずびっくりしました。
世界に誇る日本の工作機械の代表の一社ですから、色々すごいなあと思うところがあり、楽しい気分になり、夜遅く日帰りの旅を楽しみました。

26日にはMNB・マイクロバブルの分科会があり、食品の排水処理に成果を出していると言う会社で、いろいろヒヤリングしました、次回の講演会でしゃべってもらいます、食品分野の諸君に聞いてもらうように呼びかけています。

27日はJEF・日本技術者連盟の井戸田さんと,ceaの8名が会合しました、事情の変化した中国派遣プロジェクト以外のテーマについても、相互に立場を理解して協力していこう、ということです。

29日は上智大学・清水研究室でMPEC・微粒子問題研究会のステアリングで、年末に微粒子本の続編の出版と講演会の企画を議論、砥粒加工学会の分科会としてのMPECは、一応今期限りで終了にするという、清水教授の意向を尊重して、有終の美を飾りたい。

30日は千葉工大・尾上研でのAPP・大気圧プラズマ研のステアリングと、29日に亡くなった堀武さんの御通夜で、朝霞の葬儀場に直行、野尻君、高堂君と一緒になりました。
堀さんとはつい3週間ばかり前に、電話で長話をしたばかりでした、内容はあまり覚えていないけど、足が弱って会合に出られないので,つまんないとこぼしていました。

31日は、埼玉大学の産学連携での見学会に参加しました、エフテックという、自動車のエンジンを載せるフレームのメーカーで、板金プレスと溶接の先端技術の会社と言う印象でした、ホンダとニッサンの仕事がメーンで、500億の売り上げの優良会社です、私は長年金属からプラスティックに材料変更する分野のコンサルタント仕事をしてきましたが、この会社でやっている部品のプラ化は当分無理だろうなと言う印象です。

技術コンサルタントの世界 2012.10.22.

日曜日の定点観測で、21日は新橋の地下駐車場に車を置いて、銀座を散歩しました、MACの店で家族電話の買い方を教えてもらい、松屋と伊東屋を冷やかし、木村屋のサンドウィッチを食べて、東京駅をグルグル回って帰りました、野次馬が沢山出ていて、お巡りさんが忙しそうでした、なにか国際会議があったみたいです。

何時ごろ技術士の倫理のことを意識したか、と思い起こしてみると、 技術士という肩書きを名刺に書いて、とりあえず仲間内に配った時のことだった。

会社の技術者仲間と何が同じで何が違うのか?、立ち居振る舞いに何か違いがあるのか、無いのか?

もちろん、会社を辞めた時も、大いに意識したことを覚えている、私がceaのホームページの中で、倫理のことに言及したとたんに、若くて独立・自営した3人の諸君からメールが来ました、日ごろ意識して生活しているんでしょう。

私は定年の経験が無いので、定年前後の諸君の話を聞いてみたい。

月例の会合で、私が出席した会合では、倫理に関する話題を議論したいと思っています、公益社団法人の話題もやりましょう。

技術コンサルタントの世界 2012.10.15.

「技術士の倫理」に関して、思いついたことを中の掲示板に何項目か書いたところ、若くして独立・自営をしている沖津・秋元・掛川の諸君から早速反応のメールがあった、若い諸君は倫理に敏感に仕事をしているんだね。

専門分野のエキスパート技術者は沢山いるけど、資格を名刺に表示して看板にしている技術士は、何が違うんだと、自問自答しているのです。

「機密の漏洩が無い」ことが顧客に対する技術士の売りであることは、言うまでも無いが、「利益相反に常に敏感に対応する」ことも、技術士の倫理要綱の重要なパートを占めているのです。

私は外国の技術者との付き合いは無いので、よく知らないが、アメリカのPEとは仕事で付き合ったことがある、就職・転職・独立など職業観がまったく違っていた、多分アジアのいろんな国の技術者とも、日本の技術者は違うんじゃないだろうか。

これは良いとか悪いとか、進んでいるとか遅れているとか、言うことじゃないので、個別のケースに自分が対応するしかないのだろう。
資格というのは、国が出すものだから、国を超える資格というのは無いと思います。

私は長年独立・自営の業者として飯を食ってきたので、技術士の看板を表示している、いろんな立場の諸君の倫理観に興味がわいてきたので、勉強会を始めたいと考えている。

技術コンサルタントの世界 2012.10.06.

ようやく秋らしい朝晩にはなってきたものの、暑い日が続きます、5日のコンペックス・プラ業界のOB会に、ノンフィクション作家の足立倫行さんの講演(2回目)「倭人伝と古事記の新解釈」がありました。
古代史の推理は、シニアの趣味として結構人気があり、私も神社好きなものだから、大体行ったことある九州や奈良の昔の話なので、楽しく聞きました。
余談のなかに、今で言うパワースポットに神社が作られたという話があり、納得です、いまでも神社にもうでると、気分が良くなるのは、誰でも経験している事実ですからね。

技術士という看板で、もうひと働きしようと考えている定年の技術者諸君と違い、業界の大手会社のOBの集まりであるコンペックスのメンバー諸君は、私のように若いころから突っ張っている自営業者と違って、ハッピーな引退生活を送っている連中が多く、私にいろいろな議論を吹っかけてくるので、これが楽しみで、飲み会にも付き合うことになっている。

この日のテーマは、シャープみたいないい会社が、どうしてつぶれそうになるんだろう、という技術屋には難しい話で、見学にでかけて立派な現場を見た何ヶ月か後に、会社が潰れたり、買収された話が新聞に出て、唖然とした経験が最近では、シャープ亀山工場、岡山の林原研究所、大田の荻原鉄工所(板金金型の世界的なメーカー)等がありました。

私は、ものずくりという分野で、日本が特に優れているという自己評価が、うぬぼれを生み戸惑っているというのが現状ではないか、という仮説を問いたい。
私の見聞では千葉の宇部興産の高圧ポリエチレンのプラントでの3000気圧のコンプレッサー(アメリカ製)が40年も動いているのは、日本の機械メンテナンスの優秀さを示していると評価するが、新製品の開発の分野は、あまり得意じゃないと思うし、技術者が特に優秀だとはとても思えない。

技術コンサルタントの世界 2012.09.12.
最近気になっていることは、知り合いのシニアの生き方で、移民したとばかり理解していた友人が、ニュージーランド、インドネシアから帰ってきてしまったり、生まれ育った故郷に帰っている先輩から、寂しい、東京が懐かしい、などという手紙をもらったりして、後期高齢者になりたての私としては、いささか動揺しています。

タイに毎月通っているカンズメコンサルタントの高橋さんは、80歳でも益々元気で「死ぬまで仕事をする」と意気盛んでした、趣味や仕事の無いご隠居さんが老人病?に侵されやすいのかねえ。

吉本隆明・「老いの流儀」によると、老人には肉体の衰えをゆっくり進行させる治療と、うつ病の治療がセットで必要だと述べています。

在ドイツの友人S君は、「本当に、私たちにはもう孫は恵まれないのではないかと、半分は諦めていたので、初孫の誕生を日に日に首を長くして待ってます。息子のハイコ(漫画家)は41だし、彼の彼女も38で(二人ともまだ籍を入れていません)、年が年なのでもう諦めていたのです。ですから、妻共々健康に生活して孫の成長を末永く楽しみたいと、Walking
やテニスをやって体を鍛えているわけ。
無事に生まれたら、お知らせします。」
というように、おめでたい話があると、急に元気なシニアになってしまうのも、面白いでしょう?

風力発電の現状のレクチャーを聴きました、九十九里に在るらしいので、機会を作って是非見学してみたい、地熱や潮力というのも現場を見てみたいね。

技術コンサルタントの世界 2012.09.03.
猛烈に暑い日が続きます、フェルメールの絵葉書の暑中見舞いを、気まぐれに最近会っていない同年輩の友人に送り、生きているのかどうか確認しています。

8月26日(日)には、1970年台の初め頃、独立・自営を始めた仲間の、高橋宏太郎(生産管理)、松本俊次(電気)の両君と京王プラザで昼飯を食いました。

高橋さんは、タイで缶詰工場・コーンビーフ缶の工場を経営して居て、水害の話をしてくれました、タイに惚れていて、死ぬまで日本と往復する覚悟と言っています、単純に年金で暮らせるからと10年くらい前に出かけた、ニュージーランドやインドネシアに居を構えた友人が、最近日本に引き上げてきていますが、高橋さんは仕事を現役でやっているので、ご隠居さんとは違うのかもしれません。

28日は千葉の長生村にある双葉電子の工場見学がありました、10年ぶりくらいでした、この会社には技術士仲間が居て、優良会社で評判のいい会社です、鋼の素材会社から仕入れた材料を、金型部品にして、板金・プラスティックの金型メーカーを顧客にしています、アジアでの市場が激変する中で、この先どうなるのか、私には判らないけど、1970年台にアメリカのDMEという双葉のビジネスモデルになった金型素材メーカーの顛末は、大いに参考になることでしょう。

9月1,2日には近所に住む次男一家と、水上の奥にある宝川温泉に、鉄道とバスで行ってきました、車を使わない旅行も悪くないな,というのが印象的でした。

最近気になっていることで、アメリカのシェールガス革命の話、日大国際関係学部・大学院教授の円居総一さんが、きわめて明確にシェールガス革命の巨大な影響を論じた。(週刊エコノミスト2012年2月7日号)
 新しい安価で大量のエネルギーの発見は、時代も変えてしまう。エネルギーこそ産業の基盤インフラだからで、たとえば1800年前後の英国の産業革命は木炭から石炭への転換期に起きた。次に米国は石油が20世紀初頭の大好況を生み、自動車とハイウエイ、電力などの現代文明につながった。
 円居さんによると「新エネルギーの台頭はそれまでの停滞は打ち破られ、生産性の向上と相まって新たな成長期が導かれる」。エネルギーの収穫逓増の法則が働くからだ。
 シェールガスは米エネルギー情報局(EIA)によると、世界のシェールガスの可採埋蔵量は既存ガス田の累計量と同規模で、可採年数は73年から一挙に400年に。使用料の急増を見込んでも250年で、原油の46年、天然ウランの100年(BP推計)をはるかにしのぐ。

こうなると、自然エネルギー、太陽光・風力から原子力まで、関係なくなってくる、次回LAの長男の所に遊びに行く時には、シェールガスの現場見学をしてこようと思っている。

技術コンサルタントの世界 2012.08.27.
24,25日は、25回目の「微粒子問題研究会」が、富山の滑川市にある株・スギノマシンの見学と、深谷温泉泊、金沢大学機械科の見学と講演会という盛り沢山に行われて35名が参加した。

工作機械の業界の諸君が多く、cea・組合では、大久保くんが世話人・幹事、中村くん・滝沢くん・運営委員、私・森田が副委員長と言うことで、上智大の清水・坂本両教授と一緒にステアリングしている、グループ活動です。

このグループ活動は、年内に2冊目の微粒子問題の本を出版すること、清水教授の定年・引退というイベントを契機に、一段落・終了することに、最初から決まっていた。
今度の旅行で、3−4名のメンバーから、継続を希望されているので、次回のステアリングで議論することに成るでしょう。

26日は、cea創立メンバーの一人の、缶詰の高橋宏太郎さん(生産管理)が、タイ国からお盆で一時帰国しているので、新宿でめしを食うことになっています。

技術コンサルタントの世界 2012.08.22.
20,21日とMNB・マイクロナノバブル研究会のステアリングが、世話人の佐々木くんのアレンジで、伊豆高原のライオンの研修所で開催されて、私と岸君が夫婦で参加、尾上・松本の両先生、藤田・岡・高堂・金川・滝沢の諸君と今年の予定や、雑談に花が咲きました。

出会いの面白さは、我が家の奥さんが女子美なんだと話していたら、岸くんの奥さんが私も女子美なんです、と言ったのには、少々びっくりした、それから2人で急に仲良く話し込んでいました。

伊豆半島は、子供が小さい頃は隅々までドライブし尽くした所で、海あり山あり川あり温泉ありの大リゾート地帯で、帰路は山の中を箱根まで走り、ホテルでクラブハウスサンドを食べて、高速を避けてゆっくりと帰宅しました。

20日の出がけに、最近の副島隆彦著の『隠された歴史:そもそも仏教とは何ものか?』(PHP研究所)を読了して、色んな感慨があり副島さんにメールした所、直ちに電話があり40分ぐらいお喋りをしました。
私より少し若い師匠は、ざっくばらんになんでも話をしてくれるので、私も数少ない私淑している先生に、技術屋の弱みをさらけ出して、教えを請うています。

技術コンサルタントの世界 2012.08.15.
今日はお盆の休み入りと言うことだし、オリンピックの最終日でもあり、世の中は静かになった気分だが、私と菅野君、高堂君3人で、JEFの井戸田さんとcea・組合にとって重要なテーマを話し合いました。

井戸田さんとは、30年来の付き合いで、アメリカのPEの制度をよく知っている立場の上で、「日本の独立・自営の技術士はどうしたら良いか?」、に色々提案してくれた。

井戸田さんは、原子力の技術者を世界に派遣するビジネスに取り組んでいるが、グローバルな世界に会社・個人が出ていく時に、何を身につけなくてはいけないか、かなり先行した情報を、我々に教えてくれた。
話を聞いてみると、私の国内での経験も、実は同じ事で、会社から独立して個人で仕事をする諸君は、自分の仕事の・営業・市場開拓が最優先だが、色々なリスクをどうヘッジするかという勉強も、重要なアイテムです。

井戸田さんの提案の具体化は、今年中にはスタートしたいと決めました、その内役員諸君の会合をスタートします。

技術コンサルタントの世界 2012.08.04.
8月31日に埼玉大の異業種交流の見学会で訪問した、日特エンジニアリングの福島工場は、モーターの巻線機のメーカーなんですが、社長が世界オンリーワンを目指してると、豪語するくらい立派な会社でした。

何ヶ月か前に訪問した、ソディックという機械メーカーの、営業のトップの方が話されたのと共通しているのは、「顧客のお客サンの仕事を開拓することが、営業の仕事です」ということです。

私は知らなかったのですが、近接スイッチやカード、アンテナ、受発信機の類には必ずコイルがあるんですね、こういう製品開発の試作を、どんどん営業して居るんだそうです、そのスピードが世界ナンバーワンだとのことでした。

顧客の客の心配をすることは、我々技術コンサルタントの「主要な業務」の一つです、最近気がついたのですが、新しく独立・自営を希望する諸君の弱点の一つは、こういうことは自分に関係ない、と思い込んでいるのです。

シニアの楽しみは、工場見学だね。

技術コンサルタントの世界 2012.07.22.
このところの気候変動、なかんずく気温の上下の激しさは、ただごとでなく、30度の真夏日から15度の肌寒い日が続いて体調がついていけない。

cea・組合や稲門会のステアリング委員会に出かける日が多い、これは近年自分の年齢を意識して、いろんな意味で「後進の育成」が役割だと、思い込んだせいである。

私は、35歳くらいまでの勤め人だった頃は、小さな会社だったお陰で、管理職だったし、サッカー部を作って部長だったし、実質的な仲人も何組かやり、楽しい会社員生活をやったが、独立してからは、あまりグループ活動はやらずに、仕事も付き合いも一匹オウカミ的な独立自営の生活を40年近くやってきた。

最近、後輩連中の動向が気になりだして、機会があれば彼らの自己紹介を沢山聞いているが、気に喰わないのです、私の若いころの技術士の先輩年寄りは、兵隊帰り、満州帰り、組合崩れ、のサムライが沢山いて、私は技術士グループの会合・飲み会が大好きで、何にも優先してお付き合いをしてきた。

私にとって「後進の育成」は、始まったばかりなので、実際何をしたらいいのか、正直判っていないが、しばらくは、技術士業は技術コンサルタント業だという、私の長年の思い込みを、後輩どもに教えてやろうと考えている。

技術コンサルタントの世界 2012.07.08.
7月7日(土)294回目の「新規開業技術士支援研究会」が王子の北(ホク)トピアで開催され、20名参加者が出てきたのには、驚いた。

組合発足以来、第一土曜日の月例会的な、ベテラン・シニアと新人・独立希望者の自己紹介が主な内容だが、最近「後進の育成」に目覚めた私は、独立・自営業を長年続けるには技術コンサルタントを意識して仕事をやってくれ、と説教することにしている。

今回も、日本技術者連盟の井戸田さんから、40案件・中国側のリクエストリストが来たので、出席者諸君にFSに中国に出かけてもいいテーマがあったら、自己申告してくれと、お願いした。

私は、複数の案件を複数(ベテランと新人)のメンバーでFSをやってくれれば、監査のNPOでやっている「陪席」や、弁護士のイソ弁のような、新人教育が技術コンサルタントの世界にも実現するんじゃないかと、期待している。

もう一つ今日の参加者への提案は、こちらから、こういうテーマならメーカー・ユーザー、ソフト・ハードなど業界の横断的なコーディネーター(技術コンサルタント)が出来るという、自分の売り込みの提案を出してくれ、というお願いをしました。

先方からの情報は、今月のステアリング会合・MPECの大久保くん、MNBの佐々木くん、APPの山本くん、ニューシビルの高堂くん、セキュリティの梶くんには、渡しておきますので、cea関係者は是非見てもらいたい。

技術コンサルタントの世界 2012.06.30.
「中国へのグループ・コンサルタントプロジェクトの会合」

28日に、JEF・日本技術者連盟とceaの何回目かの会合がありました、帰国したばかりの井戸田専務,担当の小野君、こちらは菅野・藤田・渡邊・田原・高堂・坂本・谷口の諸君が参加しました。

決まったことは、400件以上の案件が来ているが、これをceaの諸君が選ぶよりは、こちらが出来るテーマ「個人が得意とする」を出して先方に選んでもらい、フィージビリティ・スタディをやってみる、という逆提案をすることになった。
提案のフォームを、菅野くんがまとめます、アイデアある人(出来れば登録した人は全員)出して欲しいねえ。

橋の設計と中古製造プラントの提案は坂本くんが世話役で、中古機やの後藤くんや設計の橋本くんとグループを組んでもらいましょう、先方に伝わったらしいので返事待ち、車載のエアコンの制御というテーマは、私から河村君に話してみます。

菅野君7月半ばくらいに、会合することにしましょう。

O2・酸素富化膜フィルターのテーマがあったので、後輩の鈴木真君が専門なので、ヒヤリングをしてみます。

技術コンサルタントの世界 2012.06.18.
総会を終えて,ほっとしているところへ、以下の様なシニアからのメールをもらい、そういえば新しい世代の諸君も顔を出してくれるようになったなあと、気分が良くなった。

貼り付けー

先日(2012.06.02)“技術士協同組合,総会”へ,
突然,出席させて頂きました。
森田さんを始め,皆さん,元気で活躍の様子,何よりです。
また,新しい世代の方々も出席されており,心強い限りです。

小生,入院後,弱気になりがちでしたが,
元気を頂き,これからも,頑張って行こうと思っております。
元気を頂き,有難う御座いました。

遅くなりましたが,これからも,よろしくお願い致します。

貼り付け終わりー

最近気に入っているスピーチは、「営業の達人は、お客の客先に営業する」という急成長会社見学の時に、営業のトップの方の挨拶で、腑に落ちました、コンサルタント業もこれを意識してできるかどうか、新人諸君はよく考えてみてください。

MPEC・微粒子問題研やMNB・マイクロナノバブル研のイベント・(講演会、見学会)には、随分人が集まるようになりました、世話人やステアリング委員の諸君の努力の賜物です、人集めというのは案外難しいことで、世の中の流行を後から追っかけるしか脳のない人には、出来ないことです。

技術コンサルタントの世界 2012.06.11.
ある新入会員への返事メールを貼り付けます。

貼り付けー

森田裕之です、情報有り難う、本件は中国の会社で、珪藻土の山を買って事業化したいという会社があり、松田君(キリンOB)がフィージビリティスタディをして、報告書・提案書をまとめてもらっているところです。

今後松田君のコンサルティングの仕事につながるかどうか、お楽しみな案件で、昨日・土曜日には高堂君のニューシビル・研究会で松田君に話をしてもらいました。

cea・組合では、案外難しい技術コンサルタントの育成・後進の育成という活動をメーンのテーマとしています、基本は先輩と付き合い・観察しながら、自分のやり方をつくり上げるという、古臭いやり方しか無いと、続けてきています、技術士会では少数派なんだよ。

又どっかで会いましょう。

貼り付け終わりー

「後進の育成」を意識したのは、協同組合を作ろうと提案した70年代の半ば頃で、独立してようやく食える見通しのたった頃です。
以来、私は技術士の中では「独立・自営」を自分の看板にするだけでなく、希望する諸君の話を聞く定例会を、毎月始めの土曜日に開催してきました。

長いこと先輩・後輩の生き方を見てきましたが、独立・自営業は個性がむき出しになりますから、それこそ千差万別で定型的・典型的な方法論には纏められないというのが、偽らざる事実です。

そうは言うものの、最近日本技術者連盟・JEFの井戸田さんとの付き合いから、中国の会社からのコンサルティングの仕事・要請が色々なテーマで来始めたので、フィージビリティ・スタディの2−3日のコストを負担してもらい、その後は契約によって仕事をするという、ビジネスモデルをスタートしました。

私は、・潜在顧客・ポテンシャルカストマーの要請という内容の確認・把握ということが、コンサルタントの一番大事なことなので、FSというプロセスを必須条件として、提示しています。

それに国内外の区別は無いのですが、外国のこともあり、お金のとり方や専門技術者との違い、顧客からの取り込まれ方などに関して、先輩として忌憚のない意見を述べるつもりである。

「俺れは自分でやっているぜ」と思っているベテランの諸君は、私同様に「後進の育成」という年頃でもあるので、気分よく協力をして下さい。

技術コンサルタントの世界 2012.06.04.
6月2日の5時半から8時ごろまで、cea・組合の総会・パーティが、早稲田の竹内ラウンジで開催、40数名の参加者があり、古くからの会員が沢山、元気に顔を出してくれて、私は嬉しかった。
組合のスタート時からの相棒の青葉君が、例年のように飄々、淡々と総会・パーティを仕切ってくれました。

外部から技術フォーラムの原田君の(私が誤解していた)フルブライトの話や、ケーブラッシュの増田君の日本人と違うドイツ人の発想の話、技術士業を休業して福祉のNPO・理事長に専念して、生きがいになっていると言い切った河面君の話、最近始まったcea・組合のグループ派遣プロジェクトの最初のFS(フィジビリティスタディ)に行ってきた、松田君(新人)と坂部君(ベテラン)の報告も面白かった。

始めて総会に参加した新人諸君も、独立・自営をしている40名の技術士の先輩達の、和気藹々たるパーティの雰囲気から、色々考えることが出てきたに違いない、月例会が色々あるので、とにかく先輩達と、付き合ってみてください、諸君のやってみたいことは、先輩が大抵は「教師・反面教師として」経験済みです。

グループ派遣のテーマが多岐にわたっており、対応するためにステアリング委員会を発足します、テーマについては、ホームページや毎月の研究会の世話人(ステアリング委員になってもらう)を通じて、会員諸君に説明します。
どんなテーマもFSの短期派遣からスタートする原則を決めました、グループ活動の威力を発揮してやろうと、私は張り切っています。

技術コンサルタントの世界 2012.05.31.
この技術士協同組合・CEAのホームページを読んでくれる皆さん、6月2日(土)17.30−「早稲田大学西早稲田55号館2階竹内ラウンジ」にて、総会・パーティを開催します。

設立以来の古くからの組合員諸君に何人逢えるかなと、楽しみにしています、最近新しく参加した諸君は、先輩が沢山来てくれますから、是非顔を出して仲良くなって下さい。

総会は例年手際よくいけば、5分ぐらいでパーティに移行します、元気な顔を見せてください。

技術コンサルタントの世界 2012.05.25.
22日のイヤシロチ研究会・金谷世話人は大雨の中を10名が、10時に蔵前の国技館跡地に出来た、下水処理場に集合して、下水道を見学しました、昔とだいぶ違って、あまり臭くないし、縦方向に下水を流すドロップシャフトなんていう装置も観て、なかなか面白いところでした。

昼飯は御徒町のトンカツ屋で全員黒豚のとんかつを食べ(最近はなんで黒豚とか黒牛の肉が珍重されるのかね、不思議です)、上野の科学博物館でボランティアのおばさんガイドに、個性的なガイドをしてもらい、大いに感心しました、子供が小さい頃来た記憶はあったけど、全く新鮮でした。

上野大仏と谷中の墓地散歩は、大雨のため中止して解散になりました、金谷世話人は予習をして参加者に情報提供してくれるので、盛り沢山な一日散歩がお楽しみです。

その内温泉一泊のも企画してほしいね、というのが参加者の声でした。

技術コンサルタントの世界 2012.05.17.
13日(日)の早朝に出発して、鹿児島空港でプリウスのレンタカーを借り、来日中のイタリー・ミラノ在住の友人・粘土アニメ作家の湯崎さん達2人と合流して、鹿児島をうろうろして、温泉割烹旅館の石原荘に2泊、イヤシロチ間違い無しの霧島神宮に参拝、帰る日の朝に「国分」という地名に、2−3年前に郷里に帰った本田尚士先輩の所だと気がついて、電話した所在宅ということで、ナビに住所を入れて、空港に向かう途中にお尋ねしてきました。

帰宅後に、以下のメールを差し上げました。

貼り付けー

森田裕之です、今日はイタリアからの友人2人と4名で、石原荘という宿に2泊して、鹿児島市や霧島神社など近隣をレンタカーでドライブしていた所、地図で本田先生の国分というところが、すぐそばだということに気が付き、突然訪問しまして、お昼ごはんまでご馳走になり、誠にありがとうございました、奥様も本当にびっくりされたろうと反省しております。

相変わらずお元気そうで安心しました、折角近隣に素敵な温泉地があるようですから、奥様と一緒にお出かけになったらと、余計なお世話のおすすめをしておきます。

私は今年後期高齢者ですから、どう考えても自分の能力は人並み以下に落ちてきているので、「後進の育成」あたりが、適切な進路と考えて、色々考えています。

最近、井戸田さんと交流が復活しまして、グループ・コンサルタントのアジア派遣事業というテーマをスタートさせ、今中国に2人のフィジビリティスタディ(ゴミ袋フィルムと珪藻土)を、送り出しました。

稲門会などで、上京される機会がありましたら、お茶とかお酒をご一緒させて下さい、お待ちします。

貼り付け終わりー

本田先輩とは、1970年代の初め頃からのお付き合いで、当時は銀座の泰明小学校のそばに事務所を構えておられ、我々独立希望の青年技術士グループの、憧れの的の先輩だった。

敗戦の時に17歳で三島由紀夫と同じ年齢ですし、加えて士官学校の学生だったというキャリアから言っても、満州引き揚げで散々な目にあった私とは、話が合うはずもなく、とは言うものの独立・自営の先輩としては光り輝いていたので、色々接点がありました、反面教師的な面を含めて、影響を受けた先輩の一人です。

湯崎さんの粘土アニメは、NHKの子供番組で毎週放映されている人気のアニメで、ヨーロッパでも有名な日本人の一人です、私の妻と女子美の同級生で、卒業以来毎年どちらかの国で旅行を共にする親友です。
このところ、日本のイヤシロチに興味があり、伊勢神宮、出雲大社、奈良・和歌山、京都、日光・草津等に行きました、私が読み終わった週刊誌を送っている海外在住の一人なので、日本の事情に詳しくて、日本が大好きだそうです、海外に住む日本人は例外なく、愛国者に成るみたいです。

技術コンサルタントの世界 2012.05.10.
 連休明けに、日本技術者連盟のお世話で、組合員の坂部君と、ネット会員の松田君が、中国の同じ会社の2つのテーマに関して、フィジビリティ・スタディとして2−3日の短期の出張で行くことになった。

私は、特に松田君に以下のメールを先ほど送っておきました、

貼り付けー

森田裕之です、松田君、君は運良く独立希望してすぐに、面白いテーマでコンサルタントの実技を演じる事になりました。

役所の監査をやっている「技術フォーラム」では、新人に2−3回ベテランの役所での監査業務を「陪席」と言って、傍で黙って見物させてもらうやり方を、役所にも認めてもらい、「後進の育成」を組織的にやっています。

今回は、坂部君というベテランとテーマは違っても、一緒に仕事が出来るので、私は安心しているところです、坂部君のコンサルタントとしての「立ち居振る舞い」に「陪席」させてもらっている気分で、今回のFSを楽しんで下さい、勉強になると思います。

貼り付け終わりー

JEF・日本技術者連盟の井戸田専務理事によると、先方から大部のりクエストが翻訳中とのことで、私もこの件・グループコンサルティングは技術士協同組合の面目にかけて、うまく対応してやろうと、張り切っている。

技術コンサルタントの世界 2012.05.07.
連休前の土曜日に、cea恒例の「独立支援セミナー」で10名の受講者と一日付き合いました。
受講者の話を聞いたり、アンケートを読んでの感想を、述べておきます。

大きなことから言うと、今の60歳、65歳のシニアは若い、日本のこれからは、定年制度の延長が給料を含めて、修正されるべきなんだと思う、会社を辞めたい人なんていない事がわかった。

役所や大きな会社の技術士諸君は、先進国の役所や大企業のPEの活動ぶりを、調べて教えて欲しい、組織の中でどういう立場がとれるのか、管理職なのか技師なのか、定年後はどうしているのか、どうやら日本が特殊らしい。

業界や学会での技術者同士が、プライベートな付き合いになっていない、慣れていないのか、務めている会社の心理的な束縛が強いのか、私なんかには良くわからない人たちです。

10名の受講者に、10名の若い先輩が真面目に話を聞いて、懸命にアドバイスをしていました、私はなるべく年齢差がなくて、最近独立した諸君の話が新人には役に立つと、自分の昔の話をしないように、気をつけています。

私は、コンサルティングの仕事でも、指導する・教育するというやり方は嫌いなので、セミナーでも受講者諸君には、面白くなかったかもしれません、受講者諸君はなるべくたくさんの先輩と付き合いながら、自分の商売を確立していって下さい。

技術コンサルタントの世界 2012.04.22.

朝晩は寒い日が続きます、20日の夜、日本技術者連盟・http://www.jef-site.or.jp
専務理事の井戸田さんと、グループ派遣研究会の6名の諸君と会合会食をしました。
テーマは、アジア諸国への技術コンサルタント業務の営業展開です、私はこの件では、グループで対応する、短期派遣のFS(フィジビリティ・スタディ)からスタートする、と言う基本方針でやることにしました。

我々技術者に欠けている営業的なセンスについては、営業のコンサルタントの河北くんや上記の井戸田さんと話していると、目からうろこが度々落ちて、感心させられます、立場の違いということもあるだろうね。

19日のセキュリティロボット研の中嶋先生は、4本足に車のついたロボットで、一本足を持ち上げて、凸凹した所でも走れるというアイデアが着目されてTVで放映されたし、メンバーの五十嵐くんの会社では、リハビリ機能付きの車椅子で、やはりTVで放映されました。
今、川鵜や猪を釣り堀や田畑から追い払うロボットの構想を議論中です、面白いけど難問です。

我々のグループ活動である研究会は、微粒子問題研もMNB(マイクロナノバブル)研、APP(大気圧プラズマ)研、ニューシビル研も全部技術コンサルタント業務の開拓が目的で、最近は分科会も色々出てきているので、新人諸君はグループ世話人に、よくヒヤリングをした上で、参加して下さい。

役所の監査事務局の技術分野の調査仕事を短期間1−2日で行なっている「技術フォーラム」のグループ諸君も、3年を経過して役所の信用も得てきたので、これから本格的な技術コンサルタント業務の受注を目指そうじゃないかと、方針を定めたところです。

技術コンサルタントの世界 2012.04.11.
4月にしては、涼しいというか、寒い日が続く、桜の満開時期が延長されて、今年は花見を何回もやりました。
今頃になって,染井吉野という種類が、我々日本人好みに改造された桜なんだと気が付きました、植物というのもなかなか奥が深いね。
酔っぱらいやブルーシートの宴会の無いところばかり見たので、花見もいいものだと、実感しています、外国人は、花見なんてやるものだろうか?、ドイツの友人に問い合わせています。

未来予測というのは、本当に難しいことで、自分のこと、家族のこと、社会のこと、世界のこと、ほんの一寸先のことも案外わからないというのが、誰でも正直なところでしょう。

それでも、長く生きていると、世界や社会の予測を見通してくれる賢い人の本を、読む楽しみがあるんです、私には一回り上の日下公人・長谷川慶太郎さんが出す、今年はどうなる、という本や副島隆彦さんの世界覇権がアメリカから中国へ移行する時代に入った論などが、興味津々です。

友人・仲間の外国の印象は、仕事でも旅行でも、ミクロなローカルな話ばかりで、あまり一般的なその国の社会や国民の話と結び付けないほうが無難です。

つい最近まで、折角色々教えてもすく転職して居なくなってしまうので、技術の移転が難しいという話だったのに、教えなくてもどんどん真似をされて、技術移転してしまい、日本企業が負けてしまう、という正反対のストーリーになっている。

日本の技術が世界一だとか、日本の部品が無いと高品質の製品ができない、とばかり思っていたが、どうやら希望的観則だったらしい、グローバル人材はむしろ日本が非常に少なくて、今は優秀な若者ほど国内志向だと言われている、10年くらいで全く正反対の理屈付けがまかり通るというのは、私なんかは「面白いなあ」と片付けてしまう。

今月の月初めの土曜日・定例の「独立・支援の会」には、新人が4名参加していた、本気かどうかは不明だが、様子見でも良いから、本当に商売として、技術コンサルタント業を自覚して、飯を食っているcea・組合の諸君と、しばらく付き合ってみたら良いと思うよ、と締めくくりのお喋りをしておきました。

数ある技術士関連のグループ活動で、我々CEA・協同組合は「独立・自営」のスローガンで40年活動してきたが、様子見とは言え毎月3−4名の新人が参加するようになったことは、時代の流れを感じている。

技術コンサルタントの世界 2012.04.01.

  年度末である、今週は会合が毎日有り、自分の会社と組合の期末の〆を2つやったお陰で、泳ぎにも行けず大忙しであった。
この巻頭文を読んでくれる諸君は、菅野くんが作った・:キャリア登録参照コーナー、「自己紹介」の登録リスト・名簿に是非参加して下さい、外部からの検索に関しては、名前や電話・メールなど、知られたくない人にはイニシャルだけにするなど、神経を使って対応・公表することになっています、安心して下さい。
私のように、今更新しい顧客の開拓や、外国に出かけるつもりの無い諸君も、組合員・ネット会員と言うことで、仲間のために、PR効果のある「立派な名簿作り(なんか名義貸しみたいだな)に協力」という意味で、参加して下さい。
実質的に組合の仲間がリーダーシップをとっている研究会・NPOグループが、今年度は10以上になり、相乗効果がで始めている、私はなるべくステアリング委員会に顔を出すので、忙しくて嬉しい悲鳴を上げている、なるべく早く世代交代の実を世間に見せられるように努力するつもりです、技術士の諸先輩で上手に後釜にグループ活動を、譲った人ってあまり聞いたこと無いんだよね、反面教師ばっかりなんです。

技術コンサルタントの世界 2012.03.23.
 グループ活動の役割が終わった後の始末については、特に法則があるわけではないが、世話人の個性で決まるようだ。
我が家の近くの技術士仲間で作った埼玉技術士ネットワークが、解散することになった、いざとなると名残惜しい気分になるが、これも自分が年をとった当然の流れであり、淡々と受け入れることにしている。
新しいグループ活動を作ることが好きで、これまで沢山作ってきたと自負しているが、これからは整理することが増えてくるんでしょう。

19日には、MNB研究会の分科会が月島の会社・ケーブラッシュ商会の会議室であり、帰りにモンジャ焼きを食べました、これがなかなか好評で、中身も軽いヘルシーな食べ物に変身していて、昔を知る諸君がびっくりするぐらいの違いがあるようでした、若い女性か若いカップルで満員で、街おこしの成功例として報じられるだけのことがある、と全員納得。

21日のイヤシロチ見学会・金谷世話人は、八王子・高尾にある、昭和・大正天皇のお墓・御陵に10時に集合して、東京富士美術館ーサイボクハム(昼飯・とんかつ)ー高麗神社の見学をして、解散した。
11名の参加者は、大いに楽しんで満足したと言っていました。

技術コンサルタントの世界 2012.03.13.
  福島の震災一年目という追悼のテーマが世間を覆うているが、私は今さら新しい物語を作り出せるわけもない年齢なので、俺の物語は敗戦から始まっていたんだなあと、今さらながら感慨を新たにしている。

1995年の東住吉事件
の再審が決まったと報道された、技術士のPLグループが弁護士に協力して、事件の機序・仮説を提供したので、当時のメンバー間でメールがありました。

私の見解は、大阪の検察の村木事件や小沢事件のでっち上げがバレたことや、橋下さんの圧勝による政治情勢に敏感な、司法官僚組織である警察が、冤罪を主張する刑務所の中の人の話を洗いなおした、ということだろうと思います。

4月28日(土)には、丸一日かけて恒例の「独立支援研究会」をやります、参加する人より多いくらいの先輩諸君が、てぐすねひいて独立したい諸君の話をよく聞いて、色んなアドバイスをするイベントです。
私は、例年、技術専門家から技術コンサルタント業(サービス業)への道についての考察を述べるつもりです。

技術コンサルタントの世界 2012.03.05.

  このところ名だたる半導体のエルピーダ(オールジャパン)倒産が象徴する、日本の大企業の不調が報じられているが、私の関係先はそれぞれ(あまり大きい声では言えない理由で)好調だと知り、世の中わからないもんだなあ、とほっとしている。

士・サムライ商売の友人達と話しあう機会があり、弁護士も会計士も業界としては、厳しい時代に突入しており、新規開業の機会が縮小しているとのことであった。

我々は「新規開業支援研究会」と言う活動を、30年くらい続けてきているが、昔から資格者(技術士)で独立志向を持つ人のパーセンテージが、他の資格者とは比較にならないほど低いので、特に最近変化した兆候は認められないが、団塊の世代が定年でどっと失業者として社会に出てき始めたので、これから独立志望の技術者が増えてくるかもしれない。

技術士はある分野を極めた専門家でもあるので、世の潜在的顧客(potencial
customer)は、独立・自営の技術士を、自社に不足している分野の臨時・日(月・年)雇いの技術者として雇ってくれる、というのが、新人の仕事の始まりである。

技術士の看板を出しているグループ活動、役所の監査・ISO・PL・なんとか式生産管理等もまた、新人の仕事として、良く聞く技術士自営業者の仕事らしい。

「らしい」と私が書いたのは、私はこういう仕事から技術コンサルタント業を始めたわけでも無いし、コンサルタント業というのは、あまりそれらの内容に関係ないと、思っているからである。

私は、 開業支援研究会に出てきた人には、技術コンサルタント業について、お話ししたいと思っている。

シニアのコラム 2012.02.25.
仕事と工場見学で、久しぶりに福島のいわきー群山ー仙台の、冬の東北風景を、電車ーバスでゆっくりと眺められ、懐かしい気分になった。
私は、ドライブ好きで、若い頃から、宛もなく車で走り回った時期があり、葉の落ちた雑木林の黒い土、何もない畑の濃い茶色の延々と続く風景が大好きで、とくに晴れた日の黄昏時が良いのです。

イワキの地元の人に教えてもらったけど、イワキの海は黒潮の日本列島最後の寄るところで、冬でも暖かくゴルフができるので、北国の金持ちシニア連中が別荘を持ったり、引っ越してくる街なんだそうです。
今度の震災でも、疎開してきた人たちが、帰りたがらない問題が起きるんじゃないか心配していました。

北からの冷たい親潮もイワキの沖で黒潮と混ざり、アンコウみたいな美味い魚の宝庫ということで、色々恵まれた地域らしい、ハワイアンセンターも冗談じゃなく本気で作ったとのことでした。

仙台では、石巻で家が流された後輩一家がホテルに来たので飯を食いました、これからのことが何も決まらず、「途方にくれている」みたいでした、日本の敗戦後のしばらくは、私は子供だったけど、誰もが途方にくれていたと、記憶しています。
仙台の奥さんの実家で、「毎日、一日が楽しく暮らせれば良し」と、一家揃って腹をくくっていくしか無いだろう,というのが、私の意見です。
毎週送っている、私の焼いた2斤のパンは、好評で、当分いらないよとは言わないそうです。

技術コンサルタントの世界 2012.02.21.
天皇陛下のバイパス手術のニュースで、私は自分の1999年の今頃のバイパス手術のことを思い出した。
私は自治医大の大宮病院の心臓ドックに初めて出かけて、その日に入院して3日後に手術、3日後に退院というスピーディな経過を経たので、あまり人に知られず済んでいるのが、少し悔しいので、機会があると赤い手帳(障害者)をみせて、自慢することにしている。
リハビリは運動で、私はもっぱら得意の水泳を、出来る限り午前中に、桜区のパブリックプールに出かけている。

工場見学や講演会はなるべく出かけることにしているが、我ながら見る目がないなと悲観的にならざるを得ないのは、見学した工場の現場が立派で、業績も言うことないという会社が、見学してそんなに時間が経たないの、倒産したり、外国の会社に身売りしたり、してしまうケースが何回かあり、反省している。
(大田市にある世界一の板金金型メーカーの荻原鉄工所、岡山市の株式会社 林原生物化学研究所など)

昨年来の見学で判って来たことは、大手の会社や中小でも元気で儲かっている会社は、グローバル展開・世界のあちこちに営業拠点を設けて、国際人材も雇ったり育成出来ているが、これができない会社は「ジリ貧」傾向になってきているのが、今の日本の現状じゃなかろうか?
私の仮設は、同じ業界の国内・国外先進国の同業者が、緩やかな提携・グループをはかって「発展途上国のユーザー」に対応・営業することが、今始めなくてはいけない対応だ、と言うことです。

私は、この方向で今年動いて見ることにします。

技術コンサルタントの世界 2012.02.06.
第一土曜日・午後一番には、cea・組合の定例会でもある「独立・支援研究会」を40年近く続けています。
直近の会合には、5名の初めて参加した人、2−3回目の諸君を含めて10数名の参加者がありました。

最近では、独立後数年のベテランの話と、これから独立する人の話を聞く流れになっています、遠いところから出かけてくる諸君もいて、参考になりましたと挨拶をされると、ほっとするが、我々には反省することがある、それはベテランの諸君に話をお願いするときに、「これから独立する諸君の役に立つ話を、良く考えて話してくれ」と依頼しなくてはならない。

独立の話を聞くだけではなく、色々やっている研究会や関連グループの活動に参加を奨めるのも、この独立支援の会の役割である。
世間には沢山の「結果としてシニアの暇つぶし」運動があり、技術士資格者諸君の選択肢は沢山有りそうな錯覚に陥るが、独立・自営の道は案外厳しいことが、私の組合活動での実感である。

技術コンサルタントの世界 2012.01.30.
  26日の周辺技術研究会での機械メーカーS社の見学での、営業の責任者の方のミニレクチャーには「感激」しました。

ユーザーである顧客さんの営業・稼ぎの心配をしているのです、さすがにここ数十年で、世界的な機械メーカーに発展しただけのことがあるね。
工場インフラ・水、空気、電気等の機械・投資とは違って、私の出身・分野の成形機や工作機は稼ぐ機械である、機械のユーザーには当然同業他社との間に、熾烈な稼ぎ高の競争がある。

私の知る欧米の機械メーカーは、「いい機械を作ったから買ったら得だよ」と言う態度が常識だ、日本でも大手の会社に納める機械メーカーの技術者は、ユーザーの生産・保全技術者に色々教えてもらい、機械の改良・開発をするが、ユーザーが中小企業の場合は、ユーザーの商売・お客のことまでが、営業の領域なんです。

実は、私のコンサルタント商売の原点も同じで、私は最初から顧客の技術者に「指導」とか、「張り合う」ことは一切やらないことにしていて、顧客の客先の心配が私のテーマでした。
40年もこの商売やって来れたのも、基本方針が間違っていなかったんだろうな。

60年経たないと、結論がわからなかったことに、最近ドイツの友人のメールで、歯医者の話があり、気がついたのですが、「私は物心ついて以来、歯磨きをしたことがありません」、多分戦後の満州での2年間「8−10歳」の日本人ゲットーでの生活で、習慣を失い、そのまま今日まで来てしまったのでしょう。
結婚した頃は、妻に笑われていましたが、今では私が「親知らず4本抜いた」以外の歯が健全なのに対して、妻は歯医者さんによく出かけています。

技術コンサルタントの世界 2012.01.16.
新年第2週は、新年会のオンパレードで、まずは大学の卒論の仲間とのおしゃべり会、卒後52年の生き残りの爺さんたちは、大いに元気で、相変わらずの病気・薬・サプリメント・旅行・の話ばっかりだが、なにしろ生きて元気であることに意義ある年齢なので、半年後にも相変わらずに顔が見たいところです。

有機野菜の昼飯を食べて、銀座の真ん中のオープンテラスの喫茶店に座って、歩いている人を見ていると、中国人が圧倒的な存在感で通りを闊歩しているのが判る、時代は変わった。

プラ業界のコンペックス研、千葉工大でのMNB研、技術監査人の技術フォ−ラム、早稲田でのニューシビル研の月例会・新年会がスタート、何処へ行っても最年長になりシニアを意識せざるをえない、今年は私が関係した色んな会合の次世代の諸君を、グループに仕立てた会合を企画したので、私自身の世代交代の年にするつもりである。

14日の藤田くん提唱の「発注者のエンジニアリング」の勉強会で、技術士資格とアメリカのPE・ライセンスの違いの問題に、話が進んできたので、次回から「公共の福祉に寄与する・奉仕する仕事」としての技術者資格の勉強をしようという話になりました。

興味ある諸君の参加を期待します。

技術コンサルタントの世界 2012.01.08.
三ヶ日は恒例の親族との交流で過ごし、四日からプールがオープンなのでしばらくぶりに、腹ごなしの2KM泳ぎ、昼寝をしたお陰で、すっきりして年賀状の返事を書きました、年賀状の付き合いというのも、味のある淡い付き合いで、悪くない。

五日は、昨年来のお札や破魔矢を返しに、今年は相模の国の一宮・寒川神社に出かけました、帰りは高速に乗らずに、延々と下の道をドライブしました、途中に気がついて高尾山の近くにある、大正天皇・皇后と昭和天皇・皇后のお墓である多摩御陵に寄りました、がらすきで誰もいない、手入れの行き届いた神式の、四つの「前方後円墳」を見てきました。

六日は、cea・組合に関係する別法人の諸君、大塚・青葉・井戸田・菅野・原田君と私の六人で、交詢社に集まって雑談し、ライオンで一杯飲んでミニ新年会と言う事になりました。

七日は、cea・組合定例の独立・支援研究会があり、四人の新人が参加してくれました、後半はceaの色んな研究会・グループの紹介と、組合ではこれまでなかった、食品関係の研究会の話題が、議論されました。
十四日の午後三時から、早稲田の会議室でのニュウシビル研・高堂君で、私が自宅の風呂と寝床で愛用している「ラジウム・ペレット」を商売している六城君に、今度の原発の放射線にひっかけて、話をしてもらうことにしました、お楽しみです。

技術コンサルタントの世界 2011.12.27.

明けましておめでとうございます、2011年は日本人にとって,あまり良い年じゃなかったですねえ、我が家でも親戚・友人に被災者があり、人生の不条理を見せつけられ、元気が無かったのですが、気分を一新するという意味でも、年末恒例の我が家の餅つき(記憶では1968年12月30日から始めた)はいつものように、一日快晴でぽかぽかした天気に恵まれ、70名を超える人達が次々に現れて、無事に終了しました。

あとで数えてみたら、大雑把に言って私の関係者が25名、妻が15名、親戚が15名、息子達の関係者が20名来てくれました、年々増えてきて、今年は20KG搗いたのですが、ほとんど食べてしまいました。

始めた頃は幼稚園児や赤ん坊だった子供たちの友達連中や、親戚も私の世代から、子供たちが結婚して子供を連れて来たのを見ると、月並みだけど「月日のたつのは早いなあ、世代交代だね、続けてきてよかった」と思いました、一度も休まず出来たのは、天候に恵まれたこともあるけど、家族の健康にも恵まれてきたことや、色んな幸運に恵まれてきたことに、感謝する気分です。

時代の変わり目だなと言う事は、我が町北浦和から本屋が無くなったこと、商店街の半分がチェーンストアの出店に変わり、昔からある店も開けたり閉めたりで、セミシャッター街になってしまった。
世代交代とか、相続に関係有る変化なのかもしれない。

cea・技術士協同組合の活動は、主として内部的な研究会活動や、組合員以外の人達を巻き込んだ別法人のグループ活動、親睦の会合等であるが、設立時の理事長の和田先生に言わせると、「なかなか面白くなってきたねえ」との御託宣である、独立・自営業者としての技術士のグループ活動では、日本でも有数のサイズになってきた。

今年もあまり新しいことを考えるより、これまでやってきたことを、充実させるような世代交代を、進めるように手綱を取りたいと、初詣でお願いしてきた。

技術コンサルタントの世界 2011.12.27.
家の掃除をしたり、買い物に付き合いながら、今年は世の中は大変だったなあ、とは思いつつ、俺は例年のごとく無事に年末を迎えて、良かった良かった、という気分が錯綜しています。

最近、大連(満州)での幼稚園同級生と、銀座で昼ごはんを食べましたが、銀座を闊歩する中国人ファミリーが沢山いるのに驚き、我々の親の世代が元気で生きていたら、面白がるだろうねと、6,70年サイクルという「コンドラチェフの波」なんていうのは、案外こう言う人間の一生と言う間隔のことを、理屈付けしただけなのかもしれない。

「継続が力」なんだということも、今年は色々なことで、思い知らされました、順不同に書くと、私は独立した当初は暇で時間を持て余していたので、近所のプールに泳ぎに出かけ始めたのですが、お陰かどうか、今でもほぼ毎日、元気に午前中は泳いでいます。

最近見学した、宇部興産の千葉工場で見た、高圧法ポリエチレンのプラントで、1965年に設置したという3000気圧のコンプレッサー(インガソールランド製)が動いていました、世界的には生き残っているプラントが少なくなり、マーケットで十分役を果たしているとのこと、「日本のメンテナンス技術者の凄さ」の象徴と言っていいだろう。

私は1960−61年に川鉄・千葉の圧延部・整備課に居て、機械のユーザーの過酷なメンテナンス環境を骨身にしみて経験しているので、世の中では先端技術・新製品開発しか着目されないが、実は「メンテナンス力」が企業の技術力・競争力であるケースが案外たくさんあるはずだ。

我が家では、長男が幼稚園の頃だから、1969年から年末の30日に「餅つき」をやっている、不思議に何時も晴れで、休まず続けている、最近は子供らが友人を連れてきて手伝ってくれるので、私は号令をかける役割だ。

毎年、今年でお終いかなと思いながら、案外続けられるのも「継続は力」と言うことなんでしょう。

技術コンサルタントの?世界 2011.12.19.
9日のAPP・大気圧プラズマ研の千葉工大での講演会・展示会は、ミニ・見本市みたいで面白かったが、反省としては、「メーカーばかりが集まって、吠えてもしょうないな」と、私がパーティの時に挨拶したが、ユーザーを集める努力が不足していた。

16日は、MPEC・微粒子研のステアリングと忘年会、17日は稲門会・技術フォーラム共催の、大森駅集合で、大田清掃工場の見学会と、忘年会がありました。

車検に出していた車が帰ってきたので、東京の高速をグルグル回って調子を見てきました、免許の書き換えの高齢者の講習会で、認知症のテストをされ気分が滅入っていたのですが、40年来の気晴らしをしたら、さっぱりしました。

正月まで、と言うより、30日の餅つきまで、今しばらく忙しい日が続きます。

技術コンサルタントの?世界 2011.12?.08.
 運転免許の更新の為に、高齢者講習会に行ってきました、運転は日常的にやっているので、意識していなかったけど、老化というのは脳のことなんだと、思い知らされました。

2日の千葉工大でのMNB・講演会は大盛況で、100名位の参加者があり、講演もバラエティ「応用分野が広い」に富んでいて、面白かったが、実は研究と言うか理屈の方があまり進んでいなくて、何故・どうしてそうなるのかということが、判らないテーマがあって、それはそれで展開の仕方も考えなくてはならず、分科会を色々作る段階に来ている。
超臨界をやっている産総研の小野くんも、MNBという隣接領域に興味を持って、参加するようになった。
私は独立以来、ずいぶん色々研究会を作ってきたが、MNBは考えどころに来ている。

3日の独立・支援の会は、シニアの金川君と、これから始める松田君の自己紹介があった、独立・支援ということは、「誰かに教えてもらう・指導してもらうということが出来ない」と言うことを、若い新人もシニアの新人もなるべく早く気が付かなければ駄目だ。

そういった意味で、毎月若くして独立したメンバーと、定年後独立したシニアが、ミニ講演をしてくれることになっている。
新人(若い人もシニアも)は、先輩と付き合いながら、自分で考えて「自分なりの独立・自営をやってみる」しかないのが、技術コンサルタントの業界なのです

技術コンサルタントの世界 2011.11.26.
周辺技術研の見学会で、千葉・五井の宇部興産のポリエチレン・合成ゴムの工場に行って来ました。
50年くらい前に作られた工場で、インガソール
ランドなんていう、私が若い頃の世界的に有名なメーカーの3000KG/CM2と言う超高圧コンプレッサーが元気に稼働していました、感激です。

私が大学卒業して入社した川鉄が、ここの近くにありますが、この頃に設備投資をした日本の基幹産業の経営者の先見の明は素晴らしく、改良を重ねては居ますが、今では世界的に見て、日本の素材メーカーは圧倒的な競争力を保持しており、当分の間日本を支えてくれることでしょう。

昔を思い出したついでに、最近の会合での話題の一つに、子供らの世代が結婚しないとか、離婚して子供と一緒に親の所に同居していると言う話を、良く聞きます。
私は、PTAの会長を6年間やったので、近隣の子供は顔見知りですが、子連れの離婚・実家住み娘を5人も知っています。
私の持論は、結婚も就職もあまり諸条件などを深刻に考えないで、エイヤッと突っ走るのが正解で、大体はうまくいくのが人類の知恵というものです。

独立・自営への展開も、ある種運命的な流れというものがあり、私なんかも振り返って、今と違うコースは想像できないくらいに、必然的な運命だったんだとしか、考えられません、先のことを心配したことはなかったなあ。

技術コンサルタントの世界 2011.11.21.
若いころドイツに移民したS君へのメールです、福島大震災以来、彼は日本の愛国者になり、色々心配してくれます。
私は長男一家がアメリカに移民しており、日本人の海外移民に関しては、大いに関心があります。

以下貼付けー

国論を2分する議論があると、いつも昔のことを思い出す、終戦から2年近く奉天というところの、日本人ゲットーに住んでいた頃、学校は教育機関と言うよりも、近所のお兄さんたちが遊び(麻雀・花札)を教えてくれる楽しい場所だった。

そのお兄さんたちの出来のいい人達の中に、毛沢東の八路軍(共産党の指導者の元の軍隊)に大勢志願して,入隊していなくなっていた人が居ました。

60年安保の時、浦高の同級生で、東大の物理にいた木村くんという友人が、中国に亡命したのも、私には大事件だった、農村の現場に真実があると、北海道に行き、ヤマギシ会と言う団体に入った従兄弟は今何をしているのだろうか?

北朝鮮は天国だと、言い残していなくなった近所の友だちも、思い出すよ。

20年くらい前に、通産省がシルバー・コロンビア計画と称して、定年後の年金生活者を、カナダやオーストラリア・ニュージーランドに補助金をつけて送り出したことがありました。

稲門の知り合いでも、宮島くん(インドネシア)や金属の伊庭くん(ニュージーランド)が移民しましたが、最近帰ってきています、中老人は良いけど、最後のところは日本になるのかねえ?
現地の家を売っても、円安なので損はしていないらしい。

私が、雑誌を海外の知人の送るようになったのは、アルゼンチンで世話になった、マルハの元船長さんの豪邸で1週間泊めてもらったときに、毎朝居間でラジオを聞いていたので、何しているのか質問したら、NHKの相撲の国際放送を聞いていて、ほろっとしていました。
浅草の出身で、アルゼンチン沖で、メルルーサと言う魚を大量にとって政府に寄付して勲章や年金をもらい移住していたのです。

居間には沢山の日本の雑誌が置いてあり、旅行者が置いていく習わしなのだそうです、そのジーさんいわく「日本に行くとアルゼンチンに帰りたくなり、アルゼンチンに暮らしていると、日本に帰りたくなる。
魂がさまよっているんだ」とのことでした。
「それでも、寝る前には必ず日本の雑誌を5分も読むと、寝付きがいいのさ」、と言われたので、私は知り合いの海外移民に「寝付きを良くするために、読み終わった雑誌を2KG以内の船便で、送ることに決めたのです。」

話は変わるけど、日本では急速に本が売れなくなっています、我が町の3軒有った本屋は、この2年で全部無くなりました、寂しいね。

技術コンサルタントの世界 2011.11.14.
7日の午後は、微粒子研究会による、千葉のライオン工場見学会に行きました、洗剤の性能は粉石けんが液体よりいいのだと、技術者に説明され納得、長年の思い込みが間違いで、帰宅したら妻に説明しようという参加者が多数を占めました。

9日のMNB研の見学会も千葉の大網というまちの、鶏をさばいている工場の水処理システムを見学しました、数年前に広島のシャープの山嵜君のやっていたシステムと同じで、マイクロナノバブルの威力・効力は、実際に凄いが、研究者(大学)に分析・理論立てをお願いしてから、市場開拓を考えてみようという結論になりました。

12日(土)はceaの諸君が沢山(50名くらい)参加している、技術フォーラムの定例会がありました、監査の仕事が順調に増え続けていて、組織としてもしっかり結束しないと、これまでの技術士グループの歴史のでの悪しき分裂・内部抗争の徹を踏まないよう、ガバナンスを徹底するのは、シニア・先輩の役割であると自覚する時期になった。

12日の午後のニューシビルの会は、高堂君のキャラクターのお陰で、毎回多彩な分野のスピーカーが面白い話を聞かせてくれる、今回も若いITベンチャーの上津原さん、u-style.coの話、藁科君のMRI・強力磁場のビデオ、福本君のガスパイプラインの話がありました。
29日には、ガスパイプライン関連のイヤシロチ見学会で、高崎のゴミ発電所見学があります、10数名集まり締め切りになりました。

10日には、石巻の後輩浅野君夫妻が来宅、家が流されちゃたが元気で、仙台の奥さんの実家で暮らしています、私のオープン・クラブハウス・サンドを食べて、本田のハイブリットの新車に乗って、さっそうと帰って行きました。

技術コンサルタントの世界 2011.11.06.
季節の変わり目は、出かけるときの服装が難しい、たいていは着すぎて汗をかいてしまう、肉付きの良い若者は、寒くないのかねえと、不思議に思うことがあります。

31日には、藤田くんのアレンジで信州上田の機械加工メーカーの見学と相談に出かけました、私の車の燃費が15KM/L
ということがわかり、まんざら悪くないんだと、ご機嫌で帰宅しました。

3日には、奥多摩・御嶽駅前の河鹿園と言う割烹旅館で、42歳の厄年で死んだ卒論仲間の33回忌ということで7名集まり、墓参りをしました。

4日のコンペクス(高分子材料の勉強会)では、廃プラ団体に在籍しているメンバーが、プラスティック廃棄物処理の日本の現状をレクチャーしてくれました、役所の技術監査の仕事をやっているNPO・技術フォーラムでも、喋ってもらおうと頼みました。

5日の独立支援研究会と研究会インキュベーションの会は、独立をサポートするグループの作り方や、実際に活動中の研究会の状況報告をやっています、私はなるべく全部の研究会のステアリングには参加して、状況を把握するようにしているが、別々にやっている研究会に接点が生まれたり、応用・市場開拓先が共通していたり、面白い複合効果が生まれてくる予感がして、私自身大いに楽しんでいる。

独立に興味のある技術士諸君は、準備期間が必要だから、早めに色んな研究会に野次馬として参加して、準備期間を十分に取ることをアドバイスしたい。

技術コンサルタントの世界 2011.10.27.
紅葉のタータンチェックが見たくなり、ついでに福島の親戚・三瓶君一家を励ましてやろうと、差し入れのパン・2斤を焼いて、24日(月)早起きして、東北自動車道を北上しました。

稲門の後輩でもある三瓶君は、去年までは県の役人だったのですが、昨年末に定年で富岡町と言う原発に近い町に、副町長で再就職しました、今は郡山のビック・パレットhttp://www.big-palette.jp/という、コンベンションセンターに、町ごと避難して半年以上たっています。

久し振りで会ったら、15KG痩せたとひょろひょろしていましたが、責任感の強い、人の良い奴ですから、「これからさだまさしが、寄付を持ってきてくれるので、セレモニーやるんだ」と、すぐどっかへ行ってしまいました。
奥さんによると、毎朝「森田のおやじのパンはうまいなあ」と、私が送料600円払って、毎週2斤送っているパンを朝飯にして、車で1時間かけてビックパレットの富岡町避難対策本部に通っているそうです。

そこから裏磐梯にある「諸橋近代美術館」・http://dali.jp/に出かけました、ここは2度目ですが、株式を上場した諸橋さんと言う実業家が、ダリの世界的なコレクターでもあったそうで、沢山の面白い作品が展示されています、美術館同士は作品の貸し借りをやっているらしく、前に来た時と違う展示があり、何しろ国立公園の中にあるので、窓から見える借景も素晴らしくて、夕方までのんびり過ごしました。

25−29日はIPF・3年に一度のプラスティック見本市が幕張メッセで始まり、3−40年来の付き合いの親しい連中と、銀座で晩飯を食べたり、会場で立ち話をしたり、何しろ私が飯を食ってきた業界のイベントなものだから、色々忙しくてくたびれる日が続きます。

技術コンサルタントの世界 2011.10.19.
このところ、営業コンサルタントの河北くんには、色んな所で世話になっている、昔プラスティックの表面前処理の機械屋さんの営業マンだと思っていたら、我が家の餅つきには来るし、ceaの研究会(APP研や周辺技術研)にも顔を出して、適切なアドバイスもしてくれるので、有難い。

13−16日は、イタリアから里帰りの妻の友人の湯崎さん(粘土アニメの世界的作家・NHKの子供番組)達を連れて、出雲大社に行って来ました。

松江は、日韓会議で地元の藤井さんご夫妻に、何回もご案内いただいているので、お城のお堀巡りや武家屋敷歩きを一日楽しみ、出雲大社と近くの岬の神社を一日、プリウスのレンタカーで廻り、玉造温泉で泊まりました。

帰路は、博多に行く彼女らと別れて、岡山に途中下車して、又レンタカーを借りて、後楽園・お城と、備中・備前・備後の吉備津(彦)神社(3つもあるのです)を廻りました、何しろ神社好きですから、面白いねえ。

17日は上智大でのCFRP研究会、18日は周辺技術研究会の大島電気(太田市)の見学会と、大忙しの日々が戻って来ました。

技術コンサルタントの世界 2011.10.13.
 衣替えの季節になり、空気の透明感を感じる気分のいい日が続く、最近の研究会APPから、何十年も続いているコンペックス、世話人の高堂君のキャラクター通り、中身が変幻自在なニューシビル研究会と、忙しい月の初めの週が過ぎて、3連休は東京盛り場の定点観測と、近所の孫と遊び暮らしました。

今週はイタリア在住の妻の友人・湯崎さん(アニメ作家)が来日するので、出雲大社に連れていく予定です。
恐山に行く予定だったのですが、寒くて交通不便なので、来年時期を選んでいくことにしています。
イヤシロチ研究会も、先日の諏訪大社、分杭峠のツアーに参加した諸君から、「面白かったですねえ」と話しかけられ、気を良くしている、世話人の金谷君が私の趣旨を完全に理解してくれ、次回も上野一宮(こうずけ)・貫前神社と、高浜発電所のツアーを考えてくれています。

私が中学一年から住んでいる北浦和には、ここ数年前まで3軒の本屋がありました、近くに浦和高校・埼玉大学のある文教都市と言われたこともあります、昨年来全部潰れてしまいました、ショックです。
本屋のない街は情けないね、日本人は本を読まなくなってしまったのだろうか?

私は朝の6時半頃、TVー2でやっているラジオ体操を体の目覚ましにしています、その前の番組で「日本文学」をテーマにしているスピーカーで、東京大学の教授のロバート・キャンベルさんの話に引きつけられています。
いまは、太宰治の解説をやっています、私は嫌いで読んだことがなかったけど、キャンベル先生に日本人の本質的なところを、目からウロコの解説で教えてもらいました。

文学がわからないと、政治も経済も判らないというのが、副島さんを見ていて気がついてはいたけど、遅かりしという気がしないわけではないが、ボチボチと勉強してみよう。

今週は、組合の弁護士・大治さんの仲間の弁護士からの依頼で、訴訟の鑑定書の仕事で頭が一杯です、我ながら技術屋の頭は単純だなあと、情けなくなります。
訴訟なんかになる前に、コンサルタントの仕事で受けたかったなあと、ブツブツ独り言を言っています。

技術コンサルタントの世界 2011.10.02.
技術士と言う資格を看板にして飯を食っている先輩として、後輩・業界の育成に関心がある。
独立して3年くらいたったとき、なんとかやっていけると自信がついた頃に、仲間と組合をつくろうと話し合って、独立・自営の諸先輩を口説いて、組合を作った。

後輩に出来ることは、大きく分けて「受験の勧めと対策」と「独立・自営の勧めと対策」である、受験に関しては最近では大学OB・技術士グループや企業内の技術士グループで活発に後輩に呼びかけているので、我々のような資格取得の古いシニアの出る幕は無いと判断している。

独立・自営に関しては、我々の組合が日本では最大のグループだろう、専門・経験の違いや分野の違いがあり、あまり一般的な独立・自営の経験則は無いと言っていいだろう、経験者が居るだけだから、経験者の話を聞くしか後輩としては勉強の方法はない。

組合発足以来、第一土曜日には独立している先輩の話を聞く会を運営している、会議室の確保が難しい時代になり、世話人は大いに苦労しているが、感心なことに、一度も欠かさずスピーカーを確保して、新人の参加を待っている。

技術コンサルタントの世界 2011.09.27.
3連休が2回あり、私は何時もの、休日の定点観測・東京散歩をまとめていろんな所に、車で出かけました。

私が車を駐車するのは、日本橋あたりは東京駅地下、銀座は数寄屋橋の地下、アメ横は最近出来た上野の公共駐車場、六本木ー麻布十番は公共駐車場、新宿は南口に近い東急ホテル、浅草は道路のパーキング、お茶の水は山の上ホテル、です。

私は、消費の最先端に興味があり、ここ10年の日本の消費デフレを実感してきた、床屋、寿司屋は明らかに技術革新で値下げに対応している、銀座の昼飯も1000円から、最近は500円に移行してきている、サービス業も大変だなと感じています。

首相も変わったということで、巷には災害対策の提案が満ちあふれています、私の経験では自分に降り掛かった災難は、自分でなんとかするしか復活の道はないと思います、知り合いや後輩達の健気な話を色々聞いていて、日本は大丈夫だと確信するに至っています。

技術コンサルタントの世界 2011.09.19
「暑さ寒さも彼岸まで」とは言え日差しの厳しい連休です、私には100歳の母方の叔母が健在なので、気分は最長老ではありません、でもこのところのトピックスは、アメリカ在住の孫(女)が大学生になったり、アメリカの下の孫(男)が遊びに来たり、近所の赤ん坊の孫(男)が晩飯を食いに来たり、家庭ではほとんど「爺さん生活」をしています。

13,14日には「ナノ構造ポリマー研究協会」の合宿が、逗子の(会社の)保養所であり、目玉の講演は東北大の西先生の「免震装置(ゴムと鉄板を複数重ねる)の話」でした。
このグループも発足当時のメンバーはほぼ居なくなり、企業の若い人が増えて、交流会的な役割が強くてなかなか感じのいいグループ活動になってきました、世話人の田代くんのキャラクターのおかげでしょう。

長年技術士のグループ活動に関して見てきた私の意見は、テーマはあまり最近の話題や、大きなテーマに挑戦するより、気心の知れた3−4名の専門の違う諸君の、自然発生的なテーマで始めたら良いと思う。
ミニ講演とか、見学が毎月続けられるようになれば、学会とか業界団体に参加することになるだろう。
あとは続けることです、これには執念・習慣・付き合い・人柄が重要で、おかしな人や嫌われる人を、おん出す荒業も必要な時があります。

10月の末には、プラ業界の見本市があります、業界での古くからの付き合いは、この期間中に一気に会うことにしています、去年作った「周辺技術研究会」の諸君とネタの仕入れと、私の新ネタの披露と、忙しいけど楽しいイベントです。

技術コンサルタントの世界 2011.09.11.
5日のコンペックス(高分子の技術者のグループ)の講演は、メンバーの定年後の趣味の「日本刀・出雲大社」の話でした、世界の歴史・ヒッタイト族から始まる、鉄の歴史や首狩り族・日本人の話は、薀蓄があり面白かった。

7日の周辺技術研究会は、品川にある松浦機械(福井が本社)のショウルームに、見学に行きました、マシニングセンターと光造形機械を組み合わせた、8000万円もする機械の紹介でした、プラスティック成形金型の冷却水孔を曲線で作るというのが売りの、優れものでした。

9日の千葉工大でのMNB(マイクロナノバブル)研究会のステアリングでは、この暮の講演会企画の議論をやりました、私はあらためて水耕栽培の勉強を始めるグループ構想を提案しました、梶君が世話人をやってくれます。

10日は、朝の9時から監査人の技術フォーラムの定例会、1時から藤田世話人提案の、発注者エンジニアリングの議論、3時からは高堂世話人のニューシビルのテーマの数々・分杭峠ドライブ計画・省エネパイプライン計画などで、一日中会合でした。

技術コンサルタントの世界 2011.09.04.
T君、森田裕之です、微粒子問題研の見学旅行で、9月2日に角館の武家屋敷のオプショナルツアーに参加して8000歩くらい歩きまわってきました。

車や電車のない昔の僻地に、結構立派な街作り、町人街と武家街が息が詰まるくらい身分差による細目に作られているのを見て、私の性は合わないけど、日本人の不思議な秩序感・細目のこだわり・美的感覚に満ちあふれていました。(見学先のガラスの研磨工場の内部も、角館の街づくりと、まったく相似形なんだ)

ガイドさんを頼んだのは正解で、平安時代から後の、どこの誰に支配されていたかの複雑な話は「もうすっかり忘れちゃったけど)すごく面白い話でした、支配者がどんどん変わるけど、街は変わらなかったようです。
笑ったのは、勘定奉行の家が一番立派だったことです、今で言う経理担当重役ですね、町人街では材木商、酒屋、味噌醤油メーカーなんかが、立派な蔵を作って威勢を誇っていました。

現代で言うと、大企業の地方工場の趣があり、最先端の文化・京都から仕入れてきて、沢山の文化の香りが今でも、お祭りなんかに残っているようです。

閑話休題、私は色んな研究会での工場見学会が好きで、最優先で参加していますが、地方の工場見学では、その前後に自分でオプショナルツアーをすることにしています。
見学会では、乾杯の音頭を頼まれますが、最近は「年をとると工場見学が好きになります、若い人には、技術者の成れの果ての爺が、元気に見学して楽しんでいる姿を見せて、自分も年取ったら、ああいう趣味も悪くないなあ」と思ってもらえば良いんじゃないかと自負しています。

今日は独立支援の会と、研究会・インキュベーションの会があり、20人近い出席者がありました、研究会に関しては「私は一貫して多産多死でOK」と言う方針です、今ある研究会は生き延びて参加者が数十人から100名近い会もありますが、参加者が集まらない会を後講釈して何かのせいにしても、意味がありません、分科会が沢山出てきているので、研究会の種は心配していません。

君は体を壊したけど、頭の方はしっかりしているようだから、提案をまとめて、メールして下さい、私が人集めやグループ運営を考えてみます。

技術コンサルタントの世界 2011.08.25.
アメリカの息子・孫が里帰りで滞在してあちこちに顔見せに出かけているので、賑やかな日々を送っている、
今の日本は、消費の世界でも最先端をいっているので、面白いらしい、新宿・四谷・秋葉原、銀座・新橋・品川、上野・浅草、渋谷・神宮・六本木、を歩きまわる。

息子・孫が、私の焼くパンの作りたてを食べさせたら、非常にうまいと感激している、お土産にこの松下の機械を買ってやろうと思う、粉も日本では、日清製粉の粉の技術が、多分かなり細かい微粒子が分級されて入っているらしく、美味いんです。
微粒子研究会・MPECで、研究者を呼んで話が聞いてみたい。

私が今取り組んでいるcea・組合の研究会は、メーカー・ユーザー・研究者のグループ化を原則にしているので、いろいろ面白いテーマが派生しつつある、一年ぐらい経つと顕在化してくると、楽しみにしている。

私は、今で言うと、震災とかエネルギーとか危機管理といった流行りのテーマにあまり興味がない、「誰も言わないが、私は興味がある」という提案は、良いと思う。

我が家の近所は、何故か建築ブームで、すぐ近くに4本のビルが建設中で80世帯の賃貸マンションもできるし、幼稚園や老人ホームがどんどん出来つつあります。
新聞が、人口減・ゴーストタウンの話をよく記事にしますが、こういう地区もあるんです、日本は広いよ。

技術コンサルタントの世界 2011.08.14.

技術フォーラムの月例会のあとで、イヤシロチ研究会のステアリング委員会を、銀座の交詢社で議論しました。

再開一回目の31日(日)の両毛3悪人コース(佐野薬師・栗田美術館・大塚水耕園)が好評で、16人も来てしまったので、次回の分杭峠にいろいろな意見が出ました。

私は、文化の匂いのする美術館や神社仏閣を入れた一日コースを、イヤシロチ研究会の骨子にしたいと考えています。

12日に上野を高堂君と歩いていたら、秋葉神社がありました、秋葉神社・本山はイヤシロチ研究会でも行ってみたい候補地だったので、ビックリしました。
上野の秋葉神社は、あまり本山の火の神様とは関係なく、秋葉原の語源のローカルな神様のようです。

分杭峠は、パワースポットで有名ですが、我々はどうしても地学的な理解をしっかりしてから、現地に行きたいので、世話人の金谷君がコースを考えてくれることになっています、お楽しみです。

年配は問わず、独立・自営に踏み切った新人の諸君は、先輩の活動ぶりをよく観察して、早く「専門家からコンサルタントへ」と志向して下さい、自分の得意のテーマで「ユーザー・メーカー・研究者」のセットを作って月例会まで出来るようになれば、もうすぐ一人前です、私もできるだけ、相談に乗ってやろうと、思っています。

技術コンサルタントの世界 2011.08.03.

7月31日(日)の イヤシロチ研究会の再開・第一回は、栗田美術館・佐野の薬師・大塚くんの水耕栽培を一日で回りましたが、大好評で16名参加して、4人から楽しかったという感謝のメールを貰いました。

次回の計画は、1. 分杭峠・駒ヶ根高原美術館・秋葉神社

          2.東京富士美術館(創価学会系)・高麗神社・サイボクハム

を、金谷・世話人に提案しています、ホームページを見ている諸君の参加と提案を、待っています。

28日のセキュリティ・ロボット研は、参加者10名、29日のMNB/APP研は12名の参加者でした、ステアリング委員と世話人のチームが、それぞれの会でうまく回り始めたと、私は喜んでいます。

30日には、技術監査人の認定講習会が朝から晩まで千代田プラットフォームで開催、13人の参加者が全国から集まりました、出来れば全員、今後はNPOに参加して、役所の監査の仕事をやってもらえればいいなあと、挨拶をしました。

技術コンサルタントの世界。2011.07.30.ー稲門技術士会・会報の巻頭言ー

私は、1937年に満州で生まれ、1947年に帰国、1960年に機械科を卒業、1970年に技術士に合格、1973年に独立・自営を開始しました。

当時の技術士会には、旧軍人の先生方が沢山いて、確か「暁に祈る」というタイトルの著書のある、有名な化学の辻薦先生や、機械部門の部会長は、新井政太郎先生という左官級の方で、銀座の交詢社で部会をやっていました。

この頃の先輩方は、10数名家庭訪問をやりましたが、皆さん余裕があって、親切に若造だった我々独立希望者に、色々教えてくれました、私は独立してから、交詢社に入れてもらったり、3年後に組合を作りたいと協力をお願いしたら、30数名の先輩方が出資金を出してくれました。

独立の先輩で、一番年齢が近いのが、稲門の先輩の本田尚士さんで、私は特に教えを乞うたことはありませんが、反面教師という面も含めて、一番影響を受けました。

私は早稲田大学には特に思い入れはありません、それどころか最近私の卒業した研究室の後輩の、橋詰教授が筑波市に風車発電機の件で、早稲田が訴訟に負け、9000万円支払うことになったという新聞記事を読み、腸が煮えくり返る思いです、周辺から聞こえてくる言い訳の風評が又しゃくにさわるのですが、あまり考えないことにしました。

私が独立した40年近い前の諸先輩に比べると、今の私を含めた年配者(シニア)達は、余裕が無いせいか、あまり後輩に親切じゃないですね。
後輩にも問題があり、独立・自営をやってみたいという若い諸君に、最近めぐり合うことがありません、私はどうして皆そんなに会社が好きなのか?、不思議でたまりません。

技術コンサルタントの世界 2011.07.19.
先週は健康チェックの週で、白内障オペ以降の目のチェック、10数年前のバイパス以降の心臓チェック、歯の歯石落とし等で今しばらく、体はいけるらしいので、一安心です。

14日には、周辺技術研究会の油研工業(綾瀬市)見学に参加しました、古い友人の大場くんが役員になっていて、案内してくれました。
油圧機器は、インジェクション成形機を2分する要素技術で、新しい電動式(ボールねじ)に対抗して、ユーザーにしぶとい需要を持っている、面白い技術です、電気自動車に対抗するガソリンエンジンみたいな立場で、私は勿論油圧式のフアンであり、エンジン自動車に乗り続ける覚悟をしています。

15日は、上智大清水研でのCFRPと工作機械の回転・可動部分の応用に関する打ち合わせ、ユーザーの技術士仲間がほしい。

17日には、副島隆彦さんの学問道場の年中行事の講演会がありました、福島の災害がテーマで、我々のセキュリティロボット研究会に参加している、石井くんが学問道場の福島支部が決まるまでの、弟子たちと副島さんの現地での行動を、レポートしていました。

副島さんは、今流行の「放射能怖い怖い運動」を批判して、実測値をもとに、冷静な・自己判断で、住みたいところに住むと良いと、リバタリアン振りを発揮していました。

31日(日)には、久しぶりにイヤシロチ研究会の見学会をやります、足利の栗田美術館・佐野の薬師・大塚くんの水耕栽培を見学します、それぞれに関する、私の薀蓄を披露します、金谷君が世話人をするので、いける人は連絡してください。

技術コンサルタントの世界 2011.07.06.
 今回始めて羽田からのデルタ航空のLA便、22日の深夜=23日の早朝発に乗りました、満席でした、なんとなく夜行といった雰囲気です。
私の息子夫婦は、ニューポートというLAでも一番先端的な市に住んでいて、ゴルフで有名なペリカンヒルに歩いていけるところに居ます。
今回は、孫娘がハイスクールを卒業するので、式を見たいということや、9月から入る大学・UCLAも見てみたいので、2週間ばかりLAの中をうろうろしてきました、その印象を書きます。

日本の落ち目がはっきり見えてきたという感じです、車が韓国勢に、電気品が韓国・中国製に圧倒されています、息子夫婦はそれぞれ大手の日系メーカーの現地採用ですが、かなりの危機感を持って自体をハラハラしてみている様子です。

反面、孫娘が最近始めたがってん寿司のバイト先に食べに行きましたが、なかなかの繁盛ぶりで、これからの日本のホープは、日本の食文化絡みかなあ、などと考えてしまいます。
大学キャンパス周辺の中華料理の店も、インド料理の店も、有機野菜や「トーフによる肉もどき」を売りにしていて、強敵です。

我が家の私が始めた伝統は、プールで泳ぐことです、今回も近くのプールに毎朝歩いて出かけ、50分かけて2000M泳いでいました、塩水プールのせいか、体が軽く感じられて、疲れないのが不思議です。

息子も、数年前の失業中も毎日泳いでいたし、嫁さんもよく泳いでいます。
10歳の男の孫はクラブに属していて,3日間大会がありバタフライで優勝しました、17歳の孫娘は水球選手で、今年から車を持って、あちこち連れていってくれます、私は今回は運転しませんでした、すこし悔しいけど、いまさらながらアメリカ人は車をビュンビュン飛ばすねえ。

LACMA・美術館で、TIM BURTON
という水木しげるみたいな芸術家の展覧会があり、見てきました、ハリウッド映画に怪奇映画のジャンルがありますが、今はこの人が一世を風靡していて、「不思議な国のアリス」という映画も、この人にかかると、「おっかな可愛い」というような映画になっていました。

今回は、人間は老人になったらーー、という関連の識者の本を10冊買い込んで、毎日読んできました、孫の成長を見ていると、俺達は年寄りなんだねえと、妻と話すことはありますが、あまり今までは自覚してこなかったけど、そろそろ自覚しなきゃいけないんでしょうね。

技術コンサルタントの世界 2011.06.22.
多分34回目だと思うが、役所に提出する組合の決算報告書を、青葉さんと打ち合わせた後、よもやま話になりました。

我々が年をとったということは、お互い自覚していますが、「技術者の独立・自営」というテーマに関しては、設立以来しつこくやってきたよなあ、という自信と感慨があります。

人数も、案外増えていないし、日本社会の構造というのは、変わらないと言っていいのでしょう、会社の定年も実質的には、大幅に延長されているんです。

22日からLAの孫娘の高校卒業式に出席するため、7月5日まで出かけてきます、さっき土浦の叔母(99歳)から突然の電話があり、何事かと思ったら、どうやら暫く振りに、私の顔が見たい、ということのようでした。

早稲田・本庄の産学連携の仕事を紹介した久重君が、従兄弟の堀越明と同級生という縁があり、叔母も久重君の奥さんと同じ合唱グループだと言っていました。

私は立場上もあり、ceaの研究会にはすべて出席しています、最近ようやく研究会同士の相互の関わりあるテーマが生まれつつあります、ずいぶん時間がかかったけど、私の構想が実現しつつあります。
ceaの関係者諸君も、なるべく複数の研究会に顔を出して、面白いテーマを見つけてください、自分の仕事に結びつけるのが、お楽しみになります。

技術コンサルタントの世界 2011.06.15.

 「技術監査人」のグループを運営しているメンバーとして、老朽化する道路・橋、学校、水道管などなど、を指摘する本「朽ちるインフラ」根本祐二著を読んでいます、いやあこの分野は、技術者がやることたくさんあるなあ。
第2土曜日・11日は、朝から晩まで監査人の会合、藤田くんの発注者のエンジニアリング、高堂君のニューシビル研究会、とフルのお勉強です。

私が最近、繰り返し若い諸君に言うように、「メーカー・ユーザー・研究者・コンサルタント」というセットが出来ないうちは、研究会として認めないよ、と言うことが、まだまだ理解されていない。
分かりやすいダメな例は、テーマをネットで調べ上げて、2次情報だけで纏めようとする安易な態度である。

研究会は、レクチャーだけではダメで、見学会が必須なのは、現場感覚が重要だからだし、メンバーが仲良くなるのも、同じ講義を聞いただけではなく、一緒に飯を食ったり、酒を飲んだりすることが大切です。

イヤシロチ研究会は、これまで単発的に高堂君のニューシビルの中でやって来ましたが、若い金谷君に世話人をやってもらい、森田・高木・高堂・岡・根本の諸君がステアリングメンバーで援助しようということになりました、とりあえずは、もう一度磁場ゼロという、分杭峠に出かけようと、提案しています。

六城君のラジウムペレット(放射線)の効用の話も聞いてみたい。

技術コンサルタントの世界 2011.06.08.
時間のたつのが加速しているような気がしてならない、6月1日には、右目も白内障手術で1.2になり、良く見える、有難いことです。

3日には、MPEC(微粒子問題研)の講演・筑波産総研があり、久しぶりで筑波の町を歩きました、昔の西部劇まがいの街だった頃を知る爺とすれば、街路樹も大通りのビルも貫禄が出てきていて、立派な街になっているのが、印象的でした。

私は、水耕の研究会を始めます、宇都宮・沖津・根本・高堂・野本・星野・田原の諸君からとりあえず情報を得て、月例見学会をスタート出来れば良いなと思っています。

私は、素人が漢方薬や薬膳料理の野菜や、ハーブやブルベリー(これは私が作りたい)、宇都宮くんならにんにくとかゴマというような、あまり汎用性のあることには関わらない研究会にしようと思っています。

興味ある人は、連絡下さい、見学先が決まったら連絡します。

技術コンサルタントの世界 2011.05.30.
土曜日はcea・組合の総会でした、早稲田の55号館・竹内ラウンジで、30名くらい参加して、楽しいひとときを過ごしました。

何しろ35年前の初代の和田忠太理事長が出席されて、乾杯の音頭をとってくれるし、最近独立を希望して、様子を見に色々な研究会に顔を出している伊藤君のような初心者まで、立食パーティーで色んな人と立ち話をしていました。

毎月やっている、独立・支援の研究会も、3月に一度くらいは、竹内ラウンジで立食パーティの形式でやってみようぜと、菅野くんと相談しています、先輩・後輩が交流するには、講演会ばかりじゃなく、立食パーティーが、効果的なんじゃないだろうか。

私の今年の楽しみは、APP、MNB、MPEC、セキュリティロボット等の技術の研究会、少し広い分野のイヤシロチ研究会、それらにまつわる見学会です。

6月の後半には、アメリカの孫と遊ぶために出かけることになりました。

技術コンサルタントの世界 2011.05.19.

この季節は忙しい、団体も自分の会社も決算の時期である、つつがなく例年並みであることが、嬉しい。

3.11以来の月例会合が、復活して平常通りになってきたことも、喜ばしい、被災地の皆さんのご苦労ぶりをTVで見ていて、何時ものような生活が、いかに大切で貴重なものか、しみじみと判ったような気がしている。

車の冷却水システムがいかれて、修理屋さんに入っている、12万キロ乗っているので、取り替えたほうがいいというのが常識かもしれないが、私は今の車がすごく気に入っている、最近はトコトン部品を替えてでも、出来る限り乗ってやろうという気分である。

午前中のプールは、ほぼ毎日欠かしていない、我ながらしつこい性格だとは思うが、朝のクラブハウスサンドもやめられない朝飯になっている、去年からはパンを自分で焼くことになっている。
このパンを、被災地の2家族に、週一回、送ることにしているが、最近ナッツやクランベリー類を入れるのに工夫を凝らしている。

近所に住む孫が晩飯に来るのも楽しみである、8KGもあるので、だっこして一回り散歩してくると、良いトレーニングになっている。
6月には、L.A の孫が高校卒業するので、そのセレモニーに参加するために、出かけてきます。

技術コンサルタントの世界 2011.05.09.

7日は、一日中「独立養成講座」があり、講師・独立している先輩、生徒・独立希望者,
合わせて20名くらいの諸君と、自己紹介や議論をやりました、しっかりお金を払ったうえに、遠い所からやってきた人もいて、元がとれた気分で帰ったかどうか心配です。

我々としては、本気で独立・自営を始めたい後輩どもには、一日で詰め込めるだけの情報発信はしたと、自負している、あとは、個々の諸君が以後、cea・組合とどう付き合うかにかかっている。

独立・自営業というジャンルは、誠に千差万別である、あまりパターン化していないことが特徴で、個性がむき出しになる。

横文字のISOだとか、supply chainとかいう看板で始めた諸君は、いつの間にか消えている。
外国のコンサルタント会社の社員が独立して、続いているという人は,会ったことがありません。

私は、cea・組合のスケジュールを最優先にしていますから、他に用があって欠席することは、まず有りませんが、これでもまだ何件かのお客があり、ちゃんとコンサルタント・サービスを果たしていると、自負しています。

技術コンサルタントの世界 2011.04.11.
一ヶ月たちました、停電も無く、会合も予定できるようになり、有り難いかぎりです。
福島の親戚や石巻の友人に、私の焼いたパン・チーズ・ジャムなどを、送っています。

6日には、秋葉原の鐘ヶ江君の事務所で、山本君のAPP・大気圧プラズマ研究会のステアリングをやりました、我々組合・ceaの原則にしている、「メーカー・ユーザー・研究者・コンサルタント」のメンバーの内のユーザーがまだ定まっていないので、私としてはメンバー諸君を、叱咤激励しました。

9日は午前中は、原田敬美君の技術フォーラムの月例会があり、監査の仕事は頭打ちなので、コンサルタントの仕事への展開を、色々考えなくてはならない時期にさしかかっている、ベテランの我々がリーダーシップを発揮しなきゃいけない。

人数だけは大分増えてきたが、初心者が多いわりには、マーケットが小さいので、当分苦労するね。
市場の開発と言うテーマでの能力発揮が、技術コンサルタントが、独立・自営を続けられる大きな要素ですから、新人は先輩のやり方を十分観察して、身につけて欲しい。

9日の午後には、高堂君のニューシビル研究会がありました、ここでWeb Knowledge Xpo(WKX)"と言う、U−TUBEの技術者版のデモがあり、読売広告の人に、私の技術士協同組合のPRと、高堂君の土壌汚染ネットワークのPRを撮って貰いました。

これが出来たら、ceaのHPにアップしますから、組合の諸君は、自分のPRを作って、投稿してください。

ニューシビル研は,今月は臨時のイベントで時間切れだったので、高木君提案のイヤシロチ研究会の提案は、来月になりました。

私は、今度また分杭峠に行こうということになっていますが、近くの高遠の桜見物や、火の神・秋葉神社(竈の神=料理人の守り神)への参詣もスケジュールに入れて欲しいと思います。

私は、今度の大地震でも出てきているが、イヤシロチと神社・仏閣、歴史・伝説(人間の想い)の関係なんかも、突っ込んでみると、面白いんじゃないかと、提案したい。

それにしても、この歳になって、毎日何時もの生活が続けられるということが、こんなに素晴らしい、ありがたいことなんだと、忘れていました。

技術コンサルタントの世界 2011.04.04.
「年度始めに」

4月2日(土)は、月例第一土曜日・278回目の新規開業支援の会が、早稲田大学の55号館でありました。

組合・ceaは発足当時から、若いころから独立・自営をしている技術士の先輩方がリーダーシップを握ってきたで、技術士資格者の沢山あるグループ活動の中では、多分日本では唯一定年技術者に占拠されていない珍しい存在である。

5月7日には、年に一度の拡大・独立支援の会を開催します、この時には個別の志望者に、先輩どもが話を聞いて、アドバイスすることになっています。
これまでの統計では、参加者の30%が独立して組合・ceaに参加して活動しています。

2日の午後には、研究会のインキュベーション・育成の提案をしている会・大久保世話人があり、APP・大気圧プラズマ研究会、MPEC・微粒子問題研究会、MNB・マイクロナノバブル研究会、セキュリティロボット研究会などに関して、私の知る限りの情報を説明しました。

初心者は、こういう先輩の活動に参加して、先輩に協力した上で、テーマに対応したメーカー・ユーザー・研究者の集め方・運営の仕方を勉強して、出来れば自前のテーマにより研究会を主催することを、目指してください、これが出来れば一人前の技術コンサルタントと言えるでしょう。

技術コンサルタントの世界 2011.03.30.
微粒子問題研究会(MPEC)で知り合った、ニュースダイジェスト社の堀井・編集長からインタビューの提案があり、29日に銀座・交詢社で、名古屋から来た堀井さんと、菅野君に立ち会ってもらい、お喋りをしました。

話題は東日本大災害から逃げるわけにいかず、ジャーナリストの堀井さんに、技術者としての私見だが、この災害を克服した暁には、日本の原子力関係技術は世界のトップに位置することになり、国内の設備投資はしばらく無くなるであろうが、世界は日本の技術を必要とすることになるだろうと、言いました。
最近の実例では、メキシコでの海底油田での油漏れ災害に見舞われたBPに、ロシアの海底油田開発が発注されたと言うニュースがあった。

次に、堀井さんから、日本の匠の技術の世界が今後生き延びていけるのか、と言う疑問・質問があり、私は、技術と言うのは、企画・設計・製造(施工)・営業技術(マーケッティング)・メンテナンスの各部門に必要とされているので、あまりジャーナリストがスポットを当てた部分だけの技術は、長い目で見て意味あることとは思っていない、と返事をしました。

最近技術フォーラムと言うグループで、役所の業務監査の仕事を始めたが、近年役所では、企画からメンテナンスまで、全部外部に委託していることが判った。
私は、お金を出す発注者のエンジニアリング、という技術者の分野があるのじゃないかという仮説をたてて、勉強会を始めた所です。
ゼネコンや大手メーカーのOB諸君も、若干の危機感を持っていることがわかりました。

私の経験では、市場開拓・マーケッティングに関する技術コンサルタントの役割は非常に大きく、独立・自営のスタートは、技術の専門家・エキスパートのパートタイマーとして始まるが、業界での「メーカー・ユーザー・研究者」のグループ活動を主導出来るようになって、一人前の技術コンサルタントと言える。

技術コンサルタントの世界 2011.03.19.
突然襲ってきた国難に、闘っている当事者の皆さんに感謝と励ましのエールを送りたい。

私は、満州からの引揚者で、2年近い難民生活や、帰国後のどん底生活を経験しているが、今回は平穏で暢気な日常生活を過ごしていて、TVで状況をはらはら見ているものの、傍観者に過ぎない、ガソリンや食べ物の買占めや停電なんていうのは、どうってことない些細なことである。

と言うわけで、ここしばらくは、出かけることをセーブして、溜まっている本を読むこと、街中散歩と、孫と遊ぶことに専念することにします。

「追記」
暇に任せてパソコンの前に座り込んでいる、こういうときに人間は本性を現すなあ、と感心する、世の中には「裏読み」の好きな人が沢山いるんだねえ、66年前より情報が溢れているようで、人間には変わりが無いことが、良くわかる。

私が出来ることは何だろう、間違っても流言飛語の類をバラマキたくはない。あるいは不満を述べたり、誰かを罵ったりもしたくない。

そういえば、満州引き揚げ時に、日本に帰らず八路軍(共産党)に参加した元気な若者達、現地に残った人達はどういう生涯を送ったのかなあ、北朝鮮が良い国だと移民した人達のことも、思い出す。

交通インフラさえ回復すれば、cea・組合の関係している技術士仲間の、研究会・勉強会を中断することなく継続することが、私の役割だろう。

状況判断が分かれるので、仲良くやっていける人と、そうで無い人のことが「顕在化」するのも、こういう国家的な危機状況に良くあることだ。

技術コンサルタントの世界 2011.03.16.
突然襲ってきた国難に、闘っている当事者の皆さんに感謝と励ましのエールを送りたい。

私は、満州からの引揚者で、2年近い難民生活や、帰国後のどん底生活を経験しているが、今回は平穏で暢気な日常生活を過ごしていて、TVで状況をはらはら見ているものの、傍観者に過ぎない、ガソリンや食べ物の買占めや停電なんていうのは、どうってことない些細なことである。

と言うわけで、ここしばらくは、出かけることをセーブして、溜まっている本を読むこと、街中散歩と、孫と遊ぶことに専念することにします。

技術コンサルタントの世界 2011.03.06
同じ保険や車を売る人で沢山売る人は、どういう人かと興味を持ったことがある。
今の私の車は3台目のBMWだが、最初の時にワーゲンゴルフから乗り換えた時のセールスは女性で、あまり買うつもりも無かった出会いから、2度目に会った時には、契約していた。
この方は、故郷に戻って独立して、実業家として成功している。

保険も担当は女性の方で、ここ数十年同じ人にお世話になっている。

こういう営業力抜群と言う人の特徴は、コンサルタント能力が抜群なんじゃないかと、思っている。
会計士でも弁護士でも、本来の業務は、案外そっけない淡々としたものだが、流行っている人とそうで無い人の差は、矢張りコンサルタント能力だろう、人柄と言ってもいいかもしれない。

コンサルタントの仕事は、信頼されないと出てこない、人間が出会いから、信頼し信頼されるまでの期間・時間は、それこそケースバイケースで、一般論というのは無いのかもしれない。

営業とかマーケッティングに関して、勉強すれば能力がつくとか、ツールがあるかのごとき意見があるが、私は賛成できない。

我々の独立技術者の仕事で言えば、専門家のパート仕事は技術コンサルタントの仕事の入り口である。

技術コンサルタントの世界 2011.02.25.
右目の白内障の手術が無事に終わり、両目が1.2になり気分が良い、21日には卒業以来50年ぶりに早稲田のイモ研こと材料研の見学に出かけました。
金属・無機材料の先端研究所に変身していました、研究者はテーマ選択というのが、一番重要なことなんだな、と当たり前のことを確認したしだいです、我々の仕事でもテーマの選定が肝心であることは、判っちゃいるんだが、難しい。

22日に、突然昔の知り合いの畔上さんから電話がありました、畔上さんは80−90年代には分別式のごみ処理方法の主導者として、文芸春秋に論文が寄稿されたのを、凄いシビルの技術士が居るんだなあ、と大いに感心した想い出があります。
数年前に脳梗塞で倒れた、という話を伝え聞いていたのですが、電話では復活・復帰されたとのことでした。

23日には、これまた昔の知り合いの井戸田さんに会いました、井戸田さんは先代のJTTASの専務理事で、一時代を画したJTTASの全盛時代を経営した人です。
私が、今ceaで色々な研究会を運営していますが、基本は井戸田さんに教えてもらったのです、勿論時代が違って、日本が発展途上国で、諸外国に勉強に出かけた頃の研究会でした。
相変わらず元気で、話題は共通の知人の消息が主でしたが、又会いましょうとわかれました。

ニュージーランドの地震のニュースは驚きです、友人の伊庭君は09年の暮れに10年近くクライストチャーチに家を買って住んでいましたが、日本に引き揚げてきました。
ceaのホームページも最初の頃、伊庭君のニュージーランド便りを、連載した記録があります。
お見舞いをメールしたら、返事が来たので、ヤリトリに載せておきます。

技術コンサルタントの世界 2011.02.16.
久しぶりの大雪で、車で動けないのは情けない、雪見の温泉旅行なんていうのは、贅沢な都会の連中の楽しみなんだなあと、反省気分に浸っています。

世の中変わったんだなあと思うことに、政治では、エジプトのムバラクさんの顛末が、革命と言うには案外穏やかに、チャウセスクの頃と違うし、小沢一郎さんの件も田中角栄さんのケースと違うことになりそうだ。

技術フォーラムの主な仕事である、自治体のインフラ・施設の技術監査は、事前に発注エンジニアリング資料を借り出して調査した上で、一日かけて、書類上と現場での担当者・責任者と質疑応答をした上で、後日レポートを提出すると言う業務である。

私はこの業務の形式は、技術士業界の先輩達が創り上げた、優れたグループ活動の一つであると気がついたので、技術士資格を取って、「独立・自営を始める諸君の市場開拓のやり方」として試みてみます。

スタートは、「専門分野の一日監査」「専門分野の一日コンサルタント」の営業資料・A-4一枚を作ってみることです、前もって役所・企業からは技術資料を借り出すことが前提の話です。
この前提が成り立つには、相手から信用されなければ始まりません。
技術士資格には、厳しい機密保持が付加されているお陰で、この点は簡単にクリアーできます。

役所の部門別の一日監査の対象を、環境・情報でやってみようと、それぞれの部門の諸君と、話し合いを始めました。
続けて、公会計・BS/PLのグループの成果を利用しての、監査・コンサルタントの仕事のマーケッティングを始めます、この場合は役所も企業も、我々の専門家グループの力さえつけば、仕事を作り出すことになると信じています。

技術コンサルタントの世界 2011.02.05.

昨年故郷の鹿児島に転居した本田尚士先輩に、霧島噴火のお見舞いメールを出したら、

「霧島連峰の新燃岳は300年の夢から覚めて大活躍です。一日に数回「神の怒りと覚しき」ドーンという底力ある響きを上げ噴煙を数千米に噴き上げています。南西の風に乗って都城・宮崎方面は降灰処理に大変そうです。幸い当地は風向きから外れていますので、助かっています。」

と言う返事と、今後の地元での活動の意気込みを、元気一杯表現した返事を貰いました。

「神の怒りと覚しき」と言う表現は,本田先輩らしい受け止め方で、最近の日本の状況に不甲斐なさを感じているんだろうなと、不肖の後輩は忖度(そんたく)しています。

1日に、河北君に紹介された、館林のART-HIKARI・古川社長の研究所・工場を、溶接専門家・仲原君を連れて、見学してきました。
小型の電源による、性能の高い溶接機を開発したベンチャー企業です。

古川さんは工学博士で、溶接分野の業界にも詳しく、技術分野の協力はあまり必要としていないが、営業・市場開拓をどうやって構築するか、が重要課題だと、私は判断しました。

生産ラインの一部の機械や生産技術の専門家は、メーカーとしても、独立コンサルタントとしても、なかなか独立・自営を続けることが難しいことは、長年技術士の仲間を見てきた経験からも言えることである。

ceaの研究会は、専門分野の技術の追求や、業界の同業者の交流を目的とする活動を心がけているが、上記の古川さんのようなベンチャーの、市場開拓を援助する役割りを担えるように、業界横断的な組織・参加者を意識して活動しましょう。

技術コンサルタントの世界 2011.01.27.
先日、大学の同窓会があり15名集まりました、これまで定例的にはやってきてないのですが、何十年ぶりの出席者もあり、結構面白い会合でした。

多分、50年も昔を懐かしいというよりは、お互いの話し方や所作に、今の老いぼれた自分を鏡で見ているような、不思議な気分にさせてもらったからでしょう。

病気と孫の話は止めようぜ,とスタートしても、自分の健康・病気の話は自己紹介のメーンを占めてしまいます、一番の関心事なんです。

1960年安保騒動の時の就職で、全員大きな企業に就職して、日本の右肩上りの時代を懸命に働いてきた世代ですから、生き残って同窓会に出てくるような連中は、元気な年寄り生活を享受しています。
それでも、100名卒業して20%が死んでいますから、平均的な日本人です。

さて今年の私の関心事は、監査のグループ・技術フォーラムの監査以外の分野への展開、発注エンジニアリングという切り口で、新分野の開拓が可能かどうか?

セキュリティロボット研究会での、中嶋教授の野生動物・河鵜の追い払いロボットのアイデア実現にどの位貢献できるか?
私は、中嶋さんのオリジナリティに惚れ込んでしまいました。

微粒子問題研究会では、研究会テーマになるかどうか判らないが、橋立君提案のカーボンファイバーの成型品の製造方法について、懸命に調べています、アメリカでの武器製造あたりにシステムがありそうなんです。

マイクロ・ナノバブル研と大気圧プラズマ研では、循環水の腐敗防止というテーマが
今年は、何か成果が得られそうです。

グループ活動は、メーカー・ユーザー・研究者・コンサルタントの4グループ編成であることが不可欠であることは、言うまでもありません。

技術コンサルタントの世界 2011.01.17.

おおかたの正月イベントが無事に終わり、少しずつ2011年が始まりました、高校同期の上田君と久しぶりに飯を食いました、上田君は食品分野のブローカー・営業のコンサルタントで、あまり会社に勤めたことが無い、という点では、私と同類の自営業の仲間です。

何時までたっても、働いていると言うことでも、似たものなので、同年輩の連中が集まると、「自分の病気と日本の行く末、元気だった頃の自分と日本の話題」になるのが、面白くないと言う点でも、一致している貴重な友人です。

今年はどうなると言う関係の本を、何冊か読みました、歳とともに楽観的な本が好きになりました、悲観的な説は、これを克服しようと言う力が働きますから、警告としては役に立っているとは思います。

感銘を受けたのは、久しぶりに読んだ渡邊昇一さんの「知的余生の方法」と言う新潮新書の本で、「田舎・故郷に引っ込むのは辞めたほうが良い」論など、共感する話題が沢山ありました。

14日には上智大の清水研究室での、微粒子研究会がありました、2011年の講演会・見学会のラフスケッチが議論されたし、アイデア段階の研究テーマも出てきて、新年会が大いに盛り上がりました、私の「メーカー・ユーザー・研究者・コンサルタントのグループが、どんなテーマにも必須だ」論は、清水・坂本両先生にも、納得いただいたようです。

技術コンサルタントの世界 2011.01.09.
7日(金)8日(土)と、APP・プラズマ研、地域と行政を支える技術フォーラム、新規開業支援研、研究会インキュベーション会議、とたて続けに組合の仲間内の会合です、今年もまだまだ俺がガンバラにゃいかんなあ、と言うのが実感です。

何時の間にか、会合の世話人も。初めて会合に出てくる諸君も、団塊世代に交代していますね、しばらくはここのクラスター世代との付き合いになるでしょう。

正月中に考えた「発注エンジニアリングと、技術士取って役所に就職しよう」と言う研修会・受験セミナーについて、仲間内の反応は悪くないのだが、先進国・欧米のまともな技術コンサルタントは、計画・企画・市場調査・設計・試作と言う、施工・物作り・サービスの技術以前の分野の技術に強いのが特徴で、これを日本語に翻訳すると、私の造語である「発注エンジニアリング」と言うことになる。

藤田君が、今日話していて、森田さんの言っている意味が今日判った、と言うことなので、くどいようだが、書いておきます。

くどいついでに、我々の研究会は、如何なるテーマの研究会でも、「メーカー・ユーザー・研究者・コンサルタント」という4つのグループが必須です、これらを兼ね備える人材は、沢山居ると思うけど、兼ねてはいけません。
立場の問題なのです、立場を主張することで、アウフヘーベン・止揚することが、重要なのです。
くどいついでに、研究会は、如何なるテーマの研究会でも、「メーカー・ユーザー・研究者・コンサルタント」という4つのグループが必須です、これらを兼ね備える人材は、沢山居ると思うけど、兼ねてはいけません。

技術コンサルタントの世界。2011.01.01.

ネット会員・組合員の皆さん、明けましておめでとうございます、今年もよろしく。
先週、後輩の田巻君が、銀座で絵の個展をやっていると連絡もらったので、絵描きの妻を連れて見に行ってきました。
50歳の頃から、先生について始めたとのことで、写実のほのぼの系で、シルクロードやトルコといった外国の風景が多く、なかなかのものでした。
妻の意見は、定年後スタートの人はおおむね挫折して、辞める人が多いが、50歳前のスタートは、死ぬまでの楽しみになる、とのことでした。
独立・自営も似たようなもので、早ければ早いほど良いと、私は思います。
さて今年はどんな年になるんでしょうね、国内はデフレ進行で、右肩下がりでしょうから、稼ぎたい若い人は外国・グローバルな動きをせざるを得ないでしょう、ブラジルから一時帰国している後輩・技術コンサルタントが、ブラジルは日系人が沢山居るし、居心地が良く、発展途上国の醍醐味が味わえる状況だと、これから始めたい技術士・コンサルタントに着目してもらいたい、と言っていました。
私は、もうシニアですから、39回目の餅つきと同様に、昔からやってきたことを、又今年も継続すると言う事になりそうです。
それでも、相変わらずの「新しもの好き」の性格ですから、皆さんの面白い話を聞かせてください。

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